卵感強めの
ここのレストランは当たりです。ポークソテーもロースステーキも、かつての肉たちの持っていた肉として最低限必要な肉々しさをしっかりと感じることが出来るから。きっと、このレストランはプリンも当たりなはず。昨今のプリンとは名ばかりのただのトロトロクリームではなくて、あの頃の卵感強めのプリンを出してくれるはずだから。
「お待たせいたしました。プリン・ア・ラ・モードでございます」
見るからに卵感が強い。スプーンを入れたらちゃんとそこがひび割れて、クリームに沈み込むようなことは無さそうだ。期待が出来る。都心の名店で修行をしてようやく自分の城を持ったにもかかわらず、カリカリ部分の無い冷たいクレームブリュレみたいになった似非プリンをウリにするようなお店ではないというのが分かる。友達のお母さん、お父さんが料理ベタなりに我が子とその友達のために独学で作り上げた手作りプリンに近い。
心の中、超早口で目の前のプリンに対する想いをべらべら語っていると、厨房のほうから「失礼いたしました~!」という従業員たちの声とパリーーンと高い音が聴こえてきた。誰かがお皿を割ったらしい。
何か今おかしかったな。明らかに、お皿を割るよりも早く謝罪の声が複数聴こえてきた気がする。明らかにパリーーン!の音に先駆けて声が聴こえた気がしてならない。
お皿を落とした人が、お皿を落とし切る前に声が発せられた。何か予備動作のような仕草があったか、うぉわっとっと!みたいな声を本人があげたか、にしても、落とすと判断し謝るのがちょっと早いと思う。
そこで私は考えた。あの従業員たちは能力持ちだ。特殊能力の類いを持っている。彼彼女らが「失礼いたしました~!」と発すると、その近くにいる人間は手に持っているものを謎の不可抗力によって落としてしまう。何と恐ろしい事か。これはマズい。実は、ポークソテーと一緒に提供されたコンソメスープをまだ私は飲んでいない。運ばれてきたばかりの時、頭おかしいんじゃないのかなぐらいの熱々ぶりで、持ち手すら持てなかったからだ。
もうプリンどころではない。プリンに対して、テーブル上斜め右上に置かれたスープをどう消費するかが問題だ。もしも、私がスープの持ち手に指をかけて飲もうと試みているときに、あの能力持ち従業員たちが集団でバァっと近づいてきて
「失礼いたしました~!!!!(大合唱)」
なんて言われた瞬間、私の服はスープにまみれ、お店の床はスープとカップの破片にまみれてしまう。奴等、一体何が目的なのか。もしかしたら人間ですらないかもしれない。噂のレプティリアン的な何かか、人間版ロイコクロリディウムの類いか。どちらにしてもとてもとても恐ろしい。
ソーサーだ!
スープが運ばれた時、温度を確かめるために一度持ち上げて、熱すぎてテーブルに置きなおしたがその際にカップとソーサーが分離している。このソーサーを奴等に向けてフリスビーよろしく投げつけて怯ませておき、その間にスープを飲めば万事OKじゃなかろうか。
待って。
あの従業員たちの能力は、既に手を離れたものに対しても効力を持つのだろうか。だとすればソーサーフリスビー作戦は無駄になりかねない。私が今まさにソーサーを投げようとする動作を目ざとく察知して、先んじてお馴染みのフレーズを叫ばれてしまったならば、ソーサーは空中から一気に真っ逆さまに床に叩きつけられるに違いない。
それでも構わないか。ここで私がソーサーを投げることでこの地球の運命が少しでも動かせるかもしれない。よし投げよう。そう思ってお皿を持とうとした時、
「もしあれでしたらもうお下げしましょうか?」
そう言って一人の店員さんが近づいてきたので、ハイお願いしますと言うとソーサーもポークソテーの乗っていたお皿も、まだ飲んでいない冷めたスープも下げられてしまって、残ったのは卵感強めそうなプリンだけ。
スプーンで割り掬おうとするとスプーンの先がプリンにうずもれてしまって、そのプリンが見た目だけのなんちゃって卵感強めプリンで、実際にはプリンと名の付いたただのクリームの塊であることが発覚した。横にはさくらんぼと生クリームが付いている。クリームに添えられたクリーム。
特殊能力がどうとかもうどうでも良くなった。