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「僕の想像以上に、求める人がたくさんいた。」BookBase代表・近藤雅斗さん
このマガジンではクラウドファンディングを成功させた方々に、プロジェクトへの情熱や人の心を動かせた理由をインタビューし、ご紹介しています。
今回ご紹介するのは、旧態依然の出版業界に革命をもたらそうとする先進気鋭の起業家である、近藤雅斗(@NovelPengin)さん。
「本を書く」ということ。それはつまるところ、「空想を具現化する」ということに尽きるのではないでしょうか。
空想はまさに創作の種。「こんなことをしてみたい、あんなことがあったらいいのに」という人々の想いが、万人を魅了する壮大な物語を生み出します。
しかし、出版不況が叫ばれて久しい現代、日本のフィクション作家を取り巻く環境は決して楽なものではありません。
たとえば、ライトノベル。もしもその作品が大ヒットを記録したとしても、それだけで生計を立てることのできる作家はごく一握り。この分野では、書き手は兼業であることが殆どです。
「ならば、出版業界を変革する出版プラットフォームを作ろう!」
誰しもが小説や漫画を投稿でき、また作家に対して十分な印税を約束する『BookBase』は、Twitterでも大きな話題になりました。その印税率は、最大87%!
クラウドファンディングで資金調達をしたBookBase(クラファン出資受付時点ではBOOKPORT)はプロジェクトページを公開してから僅か76時間で目標金額に到達したのです。
その成功の秘密は何だったのか、近藤さんに詳しいお話を尋ねてみました。
近藤雅斗さん / 合同会社BOOK PORT代表。20歳の頃に浪人を止めて起業家になることを決意。有機無農薬野菜の宅配サービスを始め、その後も就活支援サロンやイベント立ち上げなど行う。その後、出版業界の現状を知り、出版プラットフォーム「BookBase」の開発を開始。
小説家業界に夢を与える「BookBase」
――まずは近藤さんがクラウドファンディングに成功したプロジェクト「BookBase」とはどのようなものなのか教えてください。
近藤さん:「BookBase」は、誰でも自作の小説を投稿し、販売することのできる小説販売サイトです。「小説版メルカリ」みたいなイメージですね。
――「小説版メルカリ」ですか! 面白いですね。誰でも小説家デビューができるわけですね。「BookBase」をやろうと思ったきっかけは何だったんですか?
近藤さん:まあ、僕自身が昔からオタクだったというのがあるんですけど(笑)、その界隈の話をいろいろと聞いてはいたんです。アニメーターの年収が110万円しかないという話とか。
——えっ、110万円!? 本当ですか!
近藤さん:あと、イラスト執筆を頼まれたけれどその約束を反故にされたイラストレーターとか、作家さんが困ってるとか。そういうひどい環境の話を知って「何とかならないのかな」と思ったのがまず一つです。
——たしかに「クリエイターの苦境」の話は、Twitterでもしばしば目にしますね。
近藤さん:あとは、自分で小説を書こうとしたときに「小説の書き方」をネットで調べてみると、突き当たったページに「作家を目指すな」と書いてあって。「小説家に夢がなさすぎる」と思いました。
——ああ、ありますね! 実は私も小説家志望で……。作家になるためのハウツー本を開いたら、やはり「小説家になるな」って書いてありました(笑)
近藤さん:そうですよね。自分で小説を書いたことがあるから分かりますが、小説を書くのって難しいじゃないですか。「小説を書ける」ってすごいことなのに、なんでそんな状況になっているのかと。
――本当にそうですよね。
近藤さん:そう思って、自分で調べまして。そうすると、出版業界が古い体制のままで全く革新的でないということが分かりました。
専業の小説家として生きていく難しさ
——出版業界では、著者に発生する印税は10%程度が相場と言われていますよね。
近藤さん:小説家を目指す側からすれば、印税が10%程度というのは怖いですよね。
——だから「なろう系」のライトノベルなんか、あれは有名になって本が売れてアニメ化されなきゃ食っていけないのかなと思っていました。
なろう系・・・「小説家になろう」などの自作小説投稿サイトに掲載され、出版・メディアミックスされた作品のこと。
近藤さん:僕はアニメ化まで行った「なろう系」の作家さんに話を聞いたことがありますが「アニメ化しても食っていけない」って言ってました。
——えっ!? それじゃあ、その作家さんはアニメ化しているにもかかわらず、普段は兼業ですか?
近藤さん:そうです。出版社からも、「今やってる仕事を辞めるな」って言われるそうなんですよ。専業は本当に無理です。アニメ化まで行って本の部数をさらに重ねたら、2、3年はそれで食っていけます。けれど4年5年経った時に、もう1回何かしておかないと……。
——あ~……なるほど。
近藤さん:小説家というのは、著者の名前を読者に覚えてもらえないらしいんですよ。だからラノベのシリーズが終わると、次のシリーズからまた無名作家になってしまいます。十何巻も重ねているラノベ分野の作品もありますが、それで一生やっていけるわけではないんです。かなり辛い現実があるんだなぁと……。
——漫画週刊誌の悪い面を引き継いでしまった感じですね。連載作品が終わってしまったら忘れ去られてしまう、ということでしょうか。
近藤さん:そうですね。ヒットを打ち続けるのが難しいんだと思います。一発で一生食っていける見返りにならない、そういう業界になってしまってるんですね。
BookBaseの最大印税率は87%
――出版業界では10%程度が印税の相場という中で、BookBaseで販売すれば最大印税率87%ということでした。10%と比べるとすごい印税率ですが、どういう仕組みなんですか?
近藤さん:システム手数料が13%なので、87%が基本の印税率となっています。そこから、オプション分を差し引くという仕組みです。たとえば、自分の小説にイラストをつけたいとか。その場合は87%からイラストレーターに割り当てを回すというものです。
——なるほど! 販売額からシステム手数料とオプション料が引かれるという仕組みなんですね。作品の著作権や出版権についてはどうなるんでしょう?
近藤さん:作品の著作権や出版権について「BookBase」は所有していませんね。
――ということは「BookBase」で公開した作品を他の出版社で書籍化しても問題はないということですか?
近藤さん:はい、他の出版社で書籍化しても何も問題はありません。
想像以上に作品を出す場を求めている人がいた
――CAMPFIREでプロジェクトページを公開してから僅か76時間で目標金額を調達しました。ここまで評判を呼んだ要因は何ですか?
近藤さん:BookBaseの資金調達を実行する直前に、Twitterでプロジェクトのことをつぶやきました。それがバズって、4万いいね!ほどに達したんですよ。そのバズッたツイートにプロジェクトページのURLを載せた、という流れです。
意外と知られてないっぽいので呟く。
— オタクペンギン(社長) (@NovelPengin) August 26, 2019
「小説家になろう」ってすごいんだよ。
2018年10月段階で月間PV数14億。
日本の全サイト中21番目に見られているサイトになる。
投稿系(ユーザーが投稿できるサイト)では上位4番目。Instagramよりも上なんやで。
小説がコンテンツとして弱いとか嘘やで。
——当初は日本政策金融公庫へ足を運んだそうですね。
近藤さん:クラウドファンディングはかなり難しいという話を聞いていたので、なるべくやりたくなかったんです。だから日本政策金融公庫に行ったのですが、IT関連の事業は「モノがない」ので、お金を貸しにくいという返答で……。
——えーっ!! IT系は難しいんですか? このインターネット全盛時代にIT関連がお金を借りにくいっていうのは、本当に大変だと……。だからこそ、クラウドファンディングは重要ですね。
近藤さん:今回クラウドファンディングをさせてもらったのですが、正直こんなに支援してもらえるとは思っていませんでした。目標金額は200万円と設定してたんですけど、その半分集まればいい方だろうなと。
――えっ。それはどうしてですか?
近藤さん:僕が出資者だったら「このプロジェクトにお金を出すのか?」とも思いました。プロジェクトページを見てもらえれば分かるんですが、一番安い出資枠が5000円ですから。これは結構大きい額です。
クラウドファンディングページのアイキャッチ
――たしかに。気軽に出せる額ではないですよね。
近藤さん:けれど、僕の想像以上に、求める人がたくさんいたということなんでしょうね。作品を出す場を求めている人が大勢いたんです。「このプロジェクトに騙されたとしても、それでいい!」と振り切っていた人もいたんですよ。
——おおっ! それほどまでに、プロジェクトの意義が伝わったんですね。
近藤さん:僕らのクラウドファンディングのプロジェクトで、初めて「クラウドファンディング」というものを知った人がすごく多かったですね。本当、僕の周囲はTwitterばっかりなんですよ。
――CAMPFIREのサイト上で知った人は少なかったですか?
近藤さん:ほとんどいなかったですね。だから、「もしこんなプラットフォームがもう少し前にあったら、自分の人生変わってただろうな」「これから違う人生を送れるだろうな」と思ってる人がたくさんいました。
――なるほど。それはとても意義深いクラウドファンディングでしたね。
近藤さん:クラウドファンディングをやる前はBookBaseの構想を話しても、誰も「うん、いいね」とは言わないんですよ。でも、クラウドファンディングをすれば、ユーザーが「自分たちがそれを使いたい」と言ってお金を出してくれます。これは、すごい力です。
「空想民族」日本人の誇り
――近藤さんは「BookBase」で小説を発表するという行為について、どんな魅力を感じてらっしゃるのでしょうか。
近藤さん:僕は日本を中心に湧き出る空想を形にしていくことで、世界へと波及させ、空想が空想を生んでいく連鎖を起こしていきたいと考えています。
――空想が空想を生んでいく連鎖……ですか。
近藤さん:小説を書いている人で、小説を読まずに小説を書いている人っていないと思うんですよ。誰しも、何かしらの作品に触れて「自分もこんなの書きたい」って思ってるじゃないですか。
――たしかに。そうだと思います。
近藤さん:すごい物語というのは、それを読んだ人が「自分が与えられた感動を他の人にも与えてあげたい」と思うものです。その辺は「日本人だから」というのは関係ないと思うんですよね。アニメやコスプレなども、言語の壁がなかったら割とみんなで楽しめるものだと思いますし。
——実際に言語の壁を越えて、楽しまれていますよね。
近藤さん:日本発の作品を、僕らプラットフォーマーが頑張って世界に波及させていく。そしてその作品が海外の人々に影響を与えて、その結果創作されたものが日本に戻ってくる……。作品が影響を与えるサイクルの中心になる国は、日本しかないと僕は思います。
——たしかに!! 面白いですね。そうだと思います!
近藤さん:僕は「メイド・イン・ジャパンとは妄想だ」とずっと言ってます(笑)。日本人ほど妄想逞しい、空想の中に生きている民族はないなと。ちょっと前まで「日本の産業」は工業とか機械分野とか言われてましたけど。日本は妄想や空想を輸出してカネを稼ぐ国であってほしい。
——それはすごく理解できます! たとえば、江戸時代の文化なんかも空想の塊ですよね。日本人の空想力は確かにすごい。
近藤さん:小説や創作に浸っていない人は、「たかがフィクションでしょ?」という物言いをします。ですが僕は、その「たかがフィクション」に人生や哲学を教わりました。
――そうですね。フィクションに学ばされることは多い。
近藤さん:実社会で必要な事柄を、現実よりも劇的で面白い形で教えてもらえます。
——分かります! フィクションって、人間にとってとても大切なものなんですよね。
近藤さん:フィクションがないと面白くないし、人生で必要な諸々を後輩に伝えるのも大変じゃない? と思うんですよ。
――なるほど。そう考えると、人が抱えている空想を形にでき、なおかつそれが生きていけるだけの収益になるプラットフォームは、なくてはならないものですね。
書くことや小説家になることが肯定される世界へ
——「YouTuberになりたい」という子どもは多いと思いますけど、「小説家になりたい」と思う子どもはあまりいないですよね。
近藤さん:そもそも、大人でも「小説書いてる」なんて周りに言えなくないですか?
——ああ、なるほど(笑)。たしかにそうかも。
近藤さん:「馬鹿にされそう」っていうのもありますし、やっぱり「作家は食っていけない」って言われていた時期が長過ぎたというのもあると思います。
――なりたい職業として選択肢になりにくいんでしょうかね。
近藤さん:子供が小説を書いて親に読ませたところで、「いいね!」と言われないんですよ。「食っていけないんだからやめなさい」と言われるのが当たり前で。
――たしかに。小説に対し、否定から入る親は多そうですね。
近藤さん:僕は、それが良くないなと思ってます。とくに今は、他人の作品を読むと同時に自分の事柄を発信する時代なので。だから書くことや小説家になることが肯定される世界でないと、いつかみんな書くのをやめてしまいます。
——なるほど。本当にそうですね。これからの「BookBase」は何を目指すつもりでいらっしゃいますか?
近藤さん:僕らに出版社の経験がない点を心配されるだろうと思っていますが、ひとつだけ安心してほしいことがあります。それは、そもそも僕自身がオタクで、表現の場がなくなっていくことを僕が一番嫌がっているということです。「BookBase」は僕らが予想し得ないような作品が生まれる場であってほしいし、そのために皆さんにちゃんと稼いでもらいたい。
――表現の場を残すためには、小説家がきちんと稼げる職業であることは大切なことですね。
近藤さん:僕はこれからももっといい作品を読んでいきたいし、僕の子供にも人生の指標になるような物語を見つけてほしい。そのような作品がこれからも生まれ続けて、みんなではしゃげるような作品が登場することを僕自身が心から願っています。
――本日は貴重なお話をたくさん聞けました。ありがとうございました。
執筆/澤田真一