短歌誌「うたそら」第1号を読む②
前回の続きです。
どんどんいきましょう。
ものすごいスピードで追いかけてくる夕日に噛みつかれた踵が/橘高なつめ
この「踵」、誰のなんだろう。誰かのだとは思うけどそうすると「噛みつかれた」の把握が怖いし、自分の踵だったら自分に追われることになるし、どう読みに行ってもこわいなあというのと、夕日があたったのを「噛みつく」と書くのか、すごいな、というのと。
走ってる人が急いでいる顔をしていてこれがよく合うんだよ/工藤吉生
「よく合う」と言ったことによって、本来「走る人」と「急ぐ顔」は別物なんだよということに深く気付かされる。このことってこういう肯定をすればするほど離れていく気がする。「合う」って思ってしまったら終わりで、そういう語りの魔術みたいなのがある。
空想の街の名前を呼び合ってそのいくつもが雪解けのころ/古閑弓子
ずるいけどいい、みたいな良さが確かにあって、空想の街を複数あげてそれを「雪解け」でくくったら詩情あふれるよね、って斜に構えたくなるんだけど、これを「呼び合う」共有まで踏み込んでいるんならすごくしっかりしたところなんだなあと好きな歌。
水面の上のひかりを目指しても目指さなくてもいい泳ぎかた/佐藤氷魚
この歌読み切れてないんだけど「泳ぎかた」なんだ、が、強く心に残った。そういう泳ぐもの、ならわかるしちょっと陳腐なんだけど、方法にグッとフォーカスすることで、ほんとに「どちらでもなるな」っていう感じが強くて、言い切れないけど心が動いた。
十年をきみと過ごして春に死ぬそういう生まれ変わりをしたい/嶋田さくらこ
上句のそれが「生まれ変わったあと」なんだろうけど、初読、死んでから生まれ変わりたいみたいに逆で読んじゃって、欲張りだな面白いっておもってしまった。でもたぶんこの「死ぬ」の後も生まれ変わりたい感じはあって、この出し方がおもしろかった。
片付けず出したまんまのあのパズル分かってくれる貴方でよかった/鈴原ゆり
「分かってくれる」で止めたのがよかった。分かった結果どうしたのか、は、読者が勝手に考えることな気がして。この解像度だと、歌を自分のものとしても読める感じ。そういう言わなさってコミュニケーションのよい類型として確かにうまく読めていいな。
かゆいところはないですか はい でも少し 恥ずかしい過去は少しある/竹林ミ來
「少し」なんかいというツッコミはおいておいて、この時に「言い出す」テンションと恥ずかしい過去を切り出すテンションって結構高い精度で「同じ」じゃないかな、って思って好きだった。個人の感想かもしれない。舵のきり方がなんかよかった。
冬陽射しカップ擦りぬけストローを光と影のふたつに割りぬ/chari
瞬間を切り取ったなというのをグッと感じた。ストローとストローの影、ではなくて、光と影。物体のほうも「光」でよく見えなくなっている感じ。今射したぞ、というのをぎゅっと出すのを、「カップを擦りぬける」というワンフィルタで劇的にしている。
ケンタッキーフライドチキンの匂いする負けそうになる負けそうなまま降りる/遠山文
「降りる」って負ける意味があったりするけどむしろ振り切れたのかな、多分そうなんだろうけど決して心は勝てていない感じがあるなあと思った。あとこのにおいはすごくよくわかるので、具体的な「どこ」がなくても共感できてしまう感じ。
うつむきをうなづきとして返すときあなたは森の境界にゐる/濱松哲朗
上句、これでもう短歌的にはいけた、ハマった、があって、下句の「森の境界」との取り合わせも抜群だなと思った。「あなた」の歌なんだ、というのはあって、こういう気持ちって自分として引き受けそうなものだから、でもこれは十分思えそうだなあ。
北風は出さずじまいの封筒を生み出し昨日へ逃げていった/ふらみらり
「昨日へ逃げていった」てそんなウソをと思うけど、追い風のときって自分より後ろに抜けていくから、こういう把握もアリだなと思った。寒っ!からの出すのやめよう、とさせた北風って後ろぐらいし、なんだか背後に背後に行ってるイメージは確かにある。
七十二歳大ベテランが勇退しその後任として駆け回る/虫武一俊
ほんとうに何の変哲もないことなのかもしれないんだけど、やっぱり「駆け回る」が面白くて、この「大ベテラン」が「勇退」するまでは駆けまわってたのかな? ベテランだからそうでもなかったのかもだけど、「駆け回る」がベテランまでかかってそうな感じが好き。
バスタブに浮かびてゐたる星屑をつまみて流す つまみて流す/龍翔
この「星屑」、「湯垢」として読めすぎて、それは「つまみて」の感じらへんからくることなんだろうけど、仮にそうではなかったとしても、「星屑」というファンタジックな言葉がまるで塗り替えられていない現実というものを思える。だから「星屑」が面白かった。
こうやって引いてきた歌はほんとに一部でこれは大変な量だぞ、すごいなあと思ったらこの後にテーマ詠がずらりと並んでいた。すげー。読みましたがちょっと引くのは控えよう。でも、
カボションでつくる星空 眠れないわたしを空っぽにしてほしい/千原こはぎ
カボションって宝石のカットのことだと思っているので、けっこう近視眼的な見つめ方、の、「眠れないわたし」感すごいなと思った。この主体がこはぎさんかどうかはおいといて、現実のこはぎさんは寝てください。お疲れ様です、すごいっす。
ということで二回に分けました。次の締切は来月末ですね。隔月とはいえど一瞬だと思います。頑張って出すぞー。
長々と書いてきてあれですが、noteの更新をしばらく休止しようと思っています。うたそらはこれからも読んでいきたいので、気になった歌なんかはツイートしようかなー。今までありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?