京大卒お笑い芸人・九月が高校生に届ける「まるで舞台な」授業
「九月」という名のピン芸人をご存知だろうか。
どうしてよりにもよってSEO対策において激弱そうな一般名詞を芸名にしてしまったのだろう。Loohcsは「日産ルークス」とバチバチに競合して大変なんやぞ。……と思いながら「九月」を画像検索すると、
いた。これはちょっと強いかもしれない……。
というかそもそも普通に検索しただけで、
月の「9月」のWikipediaの次、2番目に九月のTwitterアカウントが表示される。さすがにこれは強すぎる。完敗である。
そんな九月は、いま非常勤講師としてLoohcs高等学院で授業を行っている。今回お伝えしたいのは、その授業がすこぶる面白いということだ。まるでひとつの舞台を観ているかのような、もっと言えば観ているだけでなく自分もその舞台に巻き込まれていくような、そういう感覚になる授業なのだ。この記事では、そんな授業に教員の目線から迫っていきたい。(文責:Loohcs高等学院教員 内野)
そもそも九月って何者?
彼のことを知らない方もいると思うので、簡単に解説しておきたい。
彼の本業はお笑い芸人だ。ただ、彼は地上波でレギュラー番組を持っているわけでもないし、M-1やR-1で成り上がったわけでもない。では「売れない・知名度の低い芸人」なのかと言われると、そうとも言い難い。
彼の名がいちばん流布している媒体はTwitter(現・X)であろう。
2024年5月27日現在、彼のTwitterのフォロワーは36,730人である。なお、九月はこのアカウント以外に「九月の『読む』ラジオ」という、みなさまからの質問にただただ答えていくTwitterアカウントも運営しているのだが、こちらもフォロワーが33,000人ほどいる。ちょっとさすがに多すぎる。
なお、彼は定期的に万バズを発生させてはフォロワーの数を増やしてきた。たとえば最近の万バズツイートはこんな感じ。
はからずも知的な内容で少し腹立たしい。
そんな彼のYoutubeアカウント『九月劇場』がこちら。
チャンネル登録者数は6580人、Twitterのフォロワー数に比べると少なく感じてしまうかもしれないが、Youtubeで配信側になったことのある人はこれだけの登録者を集めることがどれだけ大変か少しはわかるだろう。
ただ個人的に、彼のYoutubeチャンネルで注目してほしい数は登録者数ではない。その隣、「1289本の動画」のところである(2024/05/27現在。以下で述べる本数もすべて同様)。
参考までに、芸人のYoutube登録者ランキングの1位は中田敦彦であり、動画数は994本。中田敦彦のYoutube大学をそもそも比較対象としていいのか微妙なので2位まで見ると、江頭2:50のエガちゃんねるが536本。
「いやいや霜降り明星とかもっと出してるでしょ!」と思ったあなたは間違っていない、しもふりチューブはたしかに2283本出している。
ただ九月のおそろしいところは、1289本のうち、コント動画が1082本を占めているということだ。つまり、いわゆる「企画もの」の動画がごく一部しかない。おそらくほとんど毎日新作のコント動画をあげ続けている。この手の狂気はジャルジャルの専売特許ではないらしい、が、少なくともこのペースでネタをあげ続ける芸人はジャルジャルと九月しかわたしは知らない。
というかそもそも、めちゃくちゃライブをやっている。
彼は事務所に所属しているわけではない、フリーの芸人だ。会場を押さえるのも、集客するのも基本的にはすべて彼自身で担うわけだ。この公演数を見るとさすがに本業・お笑い芸人と言わざるを得ない。
彼は他にも、文筆活動も行っている。
『走る道化、浮かぶ日常』はエッセイ本で、Loohcsにも一冊献本してくれた。興味のある方はぜひ試し読みでもしてみてほしい。
ちなみにこの本でクリープハイプの尾崎世界観に書評を書かれたりしている。さすがに羨ましい。
なお、他にも『文學界』の「没後100年、これからのカフカ」特集に寄稿していたりだのなんだの、わりと「先生」と呼んだ方がいいのかもしれないくらいには文章を書いてもいる。
前置きが長くなった。そんな九月がここLoohcsでどんな授業をしているのかを説明していこう。
「まるで舞台な」九月の授業って?
特徴1 とにかく目を引く
そもそも教員とは舞台人である、ということは矢野利裕氏の『学校するからだ』でも書かれていたが、九月の授業を見ていると本当にそう痛感する。
彼が教壇に立つと(Loohcsには物理的に高くなっている「教壇」はないのだけれど)、自然と視線が吸い込まれる。
というのも、まず声がよく通る。先生なんだから当たり前でしょと思う方は(少なくとも声量の面では)教員に恵まれてきた人で、黒板に向かってぼそぼそ話すような教員もこの世には一定数いる。彼の発声ならびに肺活量についてはさすがに毎週ライブをやっている人だなと感心せざるをえない。
そして彼は、授業中かなり動き回る。わたしも身振り手振りなんかは気にしたりするが、彼の「動く」はそんな次元の話でなく、飛んだり跳ねたり、時には重要なワードを連呼しながら教室を一周駆け回ったりする。彼のステージは「教壇」だけには収まらないのだ。比喩的な意味だけでなく、物理的な意味でも目が離せない。
そんでもって彼は唐突にモードチェンジすることがある。急にドラえもんのようなまったりボイスで解説を始めたり、ものすごいパッションでまくし立てたり、たまに奇声を発したりする。学生はウケたりちょっと引いたりしているが、まぁおそらく学生の様子を見ながら「ちょっとダレてきたかな?」と思ったらモードチェンジしているのだろう(と信じたい)。
そんなわけで、Loohcs高等学院の授業はそもそも議論やワークをよくさせるので寝るタイプの授業ではないのだが、それにしても九月の授業は寝る暇がない。リアクションするのに忙しいのだ。
ちなみに、ちょくちょく奇行と言わざるをえない行動が入り混じっているそんなキャラクターであるにも関わらず、「板書が綺麗」というギャップがあったりする。Loohcs高等学院の教員はほぼみな板書はメモ書き、くらいの使い方をしていたりするので、時に授業前の休み時間から丁寧に板書を始めることもある彼が、板書だけで言えば逆にいちばん先生っぽい。
特徴2 とにかくわかりやすい
九月の授業は、それはもうわかりやすい。どういうわかりやすさかと言うと、まず身近な話題で説明したり考えさせたりするのが上手い。
たとえば先日は文化人類学の授業で「贈与と交換」というテーマを扱ったのだが、「九月がきみに800円のうどんを奢ったとして、その『お返し』にふさわしいものはなんだと思う?」という話から授業が始まった。後半のワークでは、「贈与と交換は現代社会ではどういう役割を果たしているだろうか?」というテーマで学生の議論が行き詰まったのを見て、「会社で義理チョコを配らざるをえない風潮が話題になってたりするけど、その文化にはどんな役割があるんだろう?」と問いを切り替えた。昨今の時事的トピックでもあって考えやすい。
彼の問いやワークにはクリエイティビティを感じる。法学の授業の際には、「無法島に法を3つだけ持ち込めるとしたら何を持ち込む?」なんて問いもあった。「無人島に〜」はよく聞く問いだが、「無法島」はさすがに思いつかない。
また、文化人類学の授業で「食」がテーマだった際に、「食の禁忌(宗教や文化圏によって忌避されたり禁じられたりする食べ物がある)」について説明した後に、「各グループで一番美味しそうな『禁忌丼』を考えよう!」というワークもあった。ちょっとさすがに不謹慎ではないかと思ったが意外にそうでもない。縛りがちゃんとある。まず人肉食など人類普遍の禁忌はNG。採点は「禁忌度(どれだけ多くいろいろな文化圏で禁忌とされている食材を使うか)」「美味しそう度」「実現可能性」の3つの観点でつけられる。「美味しそう度」がある以上自分たちが食べたいものがまず浮かぶので、「日本では普通に食べられるけれど日本以外ではそうでなかったりする食材」に自然と学生の目が向き、しかも想像以上に多様な意見が出た。
そもそもの話として、Loohcs高等学院の学生はボケたがりが多いし、話したがりも多い。普段の授業でも学生たちは教員の話に普通に横槍を入れてくるし、むしろそれが推奨されているのだが、九月の授業ではいつにも増してみんなよくしゃべる。先に挙げたように、テーマ自体が話しやすい・ボケやすいということもあるし、九月がどんな雑談でもボケでも丁寧に拾ってくれるのだ。それはもう「芸人的なファシリテーション力」を見せつけられていると言っていい上手さである。雛壇に座れるだけでなく、雛壇芸人を回すこともできるタイプの芸人なのだ。
声や動きでまず目を引く。わかりやすいから惹き込まれるし、参加しやすいからもっと巻き込まれていく。彼の授業はそういう、「客席参加型の舞台」なのだ。
余談的に 教員として「上手いな」と思うことを2つ
1つ目は、「何気ない用語の確認をめちゃくちゃ丁寧にやる」ことだ。
重要な用語についてはもちろんどんな教員もちゃんと解説するだろう。彼は、レジュメで何気なく使われている単語についても丁寧に扱う。たとえば、「実践」という言葉がレジュメに出てきたときのこと。
「学問で『実践』という言葉が出てくるとき、暗にある言葉が対になるわけだけど、実践の対義語ってわかる?……そう、『理論』だね。実践は英語ではなんて言う?理論は英語で?」
こんな感じ。
「要はさ、読解力がある人なり学問してる人なりが自然と前提にしてたり連想したりするようなものを、ちゃんと紐解いて繋がるようにしてあげたいんだよね」と彼は話していた。これは単純にすごくいいなと思った。真似できるものならしたい。
2つ目は、単純に「個別指導がめちゃくちゃ丁寧」ということだ。
普段の一斉授業では狂気的に見えることもある彼だが、個別指導のクオリティがすこぶる高い。英作文では、一文一文学生と一緒に確認して、「ここでこれ書こうとしたのすごくいい」とか、「この表現だとちょっと幼い感じに見えちゃうから、〜〜って表現に変えた方がいいかも」など逐一コメントしている。学生が英文法の問題をやってきたときには、30分以上かけてプリントに書き込みをして、「たぶんこの英文法問題繰り返しやると思うんだけど、ただ繰り返すだけじゃ飽きちゃうと思うから、次やるときはこれ読んで、情報量増やしていこう。次やってきたら俺また今以上に書き込むからさ」なんて言っている。端的に「めちゃくちゃ質の高い予備校教師の添削を個別に受けている」感じだ。
現に彼は京都大学を卒業していて、だいたいの科目は受験で経験済みだし、実際に予備校で教えていた教歴もある。この質の高さは、ちょっと真似しようと思っても難しいかもしれない。
まとめ
そんなわけで、九月は「まるで舞台な」授業を日々やりながら、一方で学生の学びに真摯に向き合ってくれる、そんな非常勤講師である。
Loohcsの教員にはいろいろな大人がいるが、フリーの芸人として執筆活動なんかもしながら、一方で非常勤講師もしつつ「メシを食っている」大人はまぁ珍しい。彼はそういうある種の「多様性大人枠」でもある。
そんな彼の授業を受けてみたい方は、中高生でも大人でも、ぜひ気軽にLoohcs高等学院に問い合わせてみてほしい。
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