読書記録『妖精王』~敵役の方が魅力的だぞ!
山岸凉子のスペシャルセレクション11~13巻に収録されているファンタジー漫画『妖精王』。
舞台は北海道と、そこに重なる妖精の世界ニンフィディア。クー・フーリンがいてウンディーネがいてコロポックルがいて・・・と、色んな神話や伝説の種族がごちゃ混ぜに暮らしている。
妖精王の生まれ変わりである少年ジャックが、人間界の支配をたくらむダーク・エルフの女王クイーンマブから「水の指輪」を取り返すべく、鹿の友達プックと一緒に旅をする・・・のだが。
この作品、どう考えても主役は敵方のダーク・エルフだろ・・・!
と思ったので、ここにしたためる次第。
※思い切りネタバレありなのでご注意ください
前提知識
主人公ジャックはイギリス人の血を引く日本人の少年。結核の療養のために親戚がいる北海道へやってきて、クーフーリンと出会う
ジャックは前の妖精王グィンの生まれ変わりで、現妖精王。クーフーリンに言われて「水の指輪」を女王から取り返しに行くことになる
ニンフィディアの種族はいろいろいるが、ライト・エルフとダーク・エルフに分かれる模様。ただし明言されてはいないし、どの種族がどちらに属するのかも不明
クイーン・マブはダーク・エルフの女王にして夢魔。ニンフィディアと人間界の支配をたくらんでいる。彼女は前の妖精王グィンの婚約者だった
クーフーリンは前の妖精王グィンの従者にして親友。しかし彼の「裏切り」、そして「人間の少女を愛したこと」により、グィンは妖精王ではなくなったという
ストーリー上で大事なのはだいたいこんなところ。
ジャックと相棒プックはウンディーネだのヒポグリフだの色んな種族に出会い、クイーン・マブの妨害に遭ってはさらっと助かって、という感じでわりと気楽な旅。
旅はテンポよく進んでいくが、その反面、危険な目に遭ったときすぐに助かってしまう。この点は現代人には少し物足りないかも・・・。
とはいえ作者自身が、漫画に挟んだカードでこんな風に言っている。
『妖精王』は1977年からの連載だそうで。ファミコン本体は1983年、ドラクエ1作目は1986年、FFは1987年の発売。たしかに早い。
同じジャンルを描く人がいない中、あんまり濃いめの描写をして波乱万丈に仕立てても連載が続けられなかったかも?などと勝手に想像する。
ただこの「危険からあっさり助かるし、とんとん拍子に話が進む」点については、もう一つ理由があると思う。
個人的なイメージだが、山岸凉子作品は主人公が男の子だとハッピーエンドになりやすい印象がある。女性主人公のホラー系やサイコ系の作品だと、テーマが重かったり、そのぶん話の展開も描写もべったりと暗くて重い。
(全作品を読んだわけではないので、現時点でのイメージ)
これは本当にただの妄想みたいなものだが・・・。
作者は女性なので、女性主人公のときはより生々しい現実を描くのに対し、少年が主人公だと、男の子だった過去がないため完全に想像で描くことになる。その差ではないのか。後者は生々しさがないのであっさりしがち、ということなのでは?
この辺が、タイトルの「敵役の方が魅力的だぞ!」というところにも影響していると思う。
何故ならラスボスは女王だし、ジャックの旅を邪魔するキャラも女性が多い。いや男性もいるけど、作中で印象的だったキャラは女性が多かった。生々しくリアルに描かれた分だけ印象が強かったのではないか。
おそらく彼女たちはみなダーク・エルフなのだろう。このダーク・エルフたち、先に言ってしまうが、みんなコンプレックスを抱いている。そこに共感と哀しみを覚える読者は多いと思う。
一方でライト・エルフは、基本的に善良だ。
しかしこの光に生まれついた者たち、クーフーリンも含め全体に「いい子ちゃん」だ。プックも「ムラムラと悪いことしたくなっちゃうし」と言うが、作品にあくどいことをやっているライト・エルフは登場しない。たいていは台詞も行動も優等生的でつまらない。
ということで、個人的に印象的だった敵役を挙げていきたい。
①はねっかえり娘サラ
ストーリーの序盤から登場。一人称が「あたい」で、服は着てるのに胸が丸出しの少女。あんな服よく考えたな、訳が分からない・・・。
正体はサラマンダ。クイーン・マブに召喚され、ジャックの旅を妨害すべく少女の姿で登場し、髪に触らせたり胸を触るかと誘ってみたり、丸出しの格好で抱き着いたりと誘惑する。
しかし妨害に失敗し、最終的には大きなトカゲ・・・というか恐竜のような姿でジャックに襲い掛かり、敗北する。そして「実はジャックのこと好きだった」と言いながら事切れる。
敵役の美少女が実はヒーローを好きだった、って展開はベタかもしれない。でもなんとなく切実なものを感じるのは、この直前、サラが「元の姿で行け」と女王に命令されたときに「いやです、あんな醜い・・・」と嫌がっていたからだ。
召喚されたときはイグアナくらいのサイズのトカゲで、こちらが本来の姿だ。初めてジャックの前に登場したときは美少女の姿で、自らの意志で変身したのだろう。元のトカゲのような姿を、サラは嫌っているらしい。
サラは「女の子の可愛さ」を駆使してジャックの旅を妨害する。べたべたしたり、ジャックが突き放そうとするとウソ泣きしたり。やりたい放題だ。
この「女の子を武器にする女の子」は、男女問わず嫌われる可能性が高いと思う。自分も、サラが登場したときは「ああ、よくある色仕掛けキャラか」と少し侮った感じで見ていた。
が、終盤で「真の姿を嫌っているサラ」のシーンを見た後では、彼女の印象が変わった。
この「美少女」をこれでもかと利用しているシーンは、本当は「誇っている」と言うべきなのだろう。ジャックを翻弄できれば、それだけ自分の魅力を証明することになる。サラはたぶん、この姿の自分が最高に好きで、自慢なのだ。
最期にサラは、わざわざ少女の姿になって「本当はあの姿を見られたくなかった」「実は好きだった」というようなことを言い残す。ジャックに好意を持っていたから、最期は醜い姿ではいたくなかったのだろう。
少女の姿に戻れば、自分が敵だったとジャックにバレてしまうのに、いじらしい。
・・・ちなみにサラにとどめを刺したのはジャックなので、倒したトカゲがサラだと知って悲しみはする。1ページ分くらい。
すぐに次の怪物が現れてピンチになるから、悲しみが続かないのはしょうがないけど、あっさりしたものである。
②美少年ルシフェ
はやくも男性キャラである。旅の途中で出会うギリシャ風美少年で、大ゴマに「キラビヤカ~」の効果音(?)と共に登場する。
美貌や知識をひけらかし、いけ好かないが、あまり悪い奴とは思えない。「酒を盗みに行こう」なんて言い出すあたり、ちょっとワルい友達といった感じだ。
終盤ではクイーン・マブの側につき、ドュラハーンを召喚してジャックを襲わせ、その間に自分は女王といちゃいちゃするのだが・・・。
ルシフェは羅刹国(ディモランド)の王子で、きらびやかな姿は仮の姿。本当は「醜い山羊の角、毛だらけの脚と牛の尾」の、これぞ悪魔というような容姿をしている。
彼はサラと似ている。
本来の姿を嫌い、普段は美しい少年に変身して過ごしている。しかし女王といちゃいちゃする間に魔力を奪われ美貌を保てなくなり、本来の姿に戻ってしまう。
彼の敗因は女王の色香に負けたこと。なのでサラに比べると情けなさはある。しかし魔力を奪われ徐々に元の姿へ戻っていく中、顔を覆って崩れ落ちる彼の姿を見ると、「自業自得だ」と嗤う気持ちは湧いてこない。
彼は自分の出自を嫌っていた。眠っているとき「悪魔は嫌だ」とうなされるシーンさえある。必死で美しい体を保っていたのに、女王に嘲笑される彼の姿は哀れだ。
美しく賢い妖精王になりたい、というのが彼の望みだ。そのためにジャックの角笛を狙っていたわけだが、考えてみたら作中でじかジャックを攻撃したシーンはない。ドュラハーンを召喚したりはしたものの、そういう点であまり悪い奴には思えない。
女王はジャックを亡き者にしようとしている。が、ルシフェは「自分が妖精王になりたい」のだ。だから彼は敵というよりも、「子分扱いしてた大人しい友達が、気づいたら自分より強くなっていて焦った」ライバルキャラのイメージがある。
ちなみにルシフェの真の姿を目の当たりにしたジャックは、驚いてはいるが「あれがルシフェ?」と言うだけで終わりだ。ここで数コマだけ話をしてルシフェの出番はなくなる。このあと女王は城と共に滅びる描写があるのだが、ルシフェに関してはそういうことも描いていない。
この扱いの軽さも含めてかわいそうだと思うが・・・彼は生き残っているのだろうか。それとも、魔力を失い美貌を保てなくなったことに絶望し、あのまま果てたのだろうか?
③海の精メリジェーヌ
海に住まう女メリジェーヌ。彼女は長い豊かな髪、鋭い目に恐ろし気な顔立ちで、さらに腰から下は長い海蛇の体をしている。
彼女はクイーン・マブの配下ではない。旅の途中で出会ったシルフィードに「妹ユーナの魂がメリジェーヌに囚われているので助けて欲しい」と頼まれ、ジャックは彼女に会いに行くのだ。
ところで、読者のほとんどはメリジェーヌのことが好きだと思う。
私の気のせい?そうかな・・・。作中、サラやルシフェなどのようにコンプレックスを抱えた敵役(というかダーク・エルフ)は何人も登場する。しかし登場して数コマで、彼女はいくつもの感情を読者に見せてくれる。
捕らえたユーナへの乱暴な愛、恐れないで欲しいと懇願する姿、彼女を手放すことにした諦めの表情。
醜い自分の姿を暴かれた悲しみ、そして暴いたジャックに対する憎悪。
慰めようとするジャックに怒りを見せたかと思えば、最後の立ち去り際、ジャックに重要なアイテムを譲る。
彼女の感情はしっちゃかめっちゃかで、おかげで読んでいるこっちもしっちゃかめっちゃかになる。
メリジェーヌは「こんな醜い姿では愛されない」と涙する。ユーナには魔力を使って美しい姿を見せていた模様。でも、本来の姿を見てしまったユーナは気味悪そうにメリジェーヌを見る。さらってきたとはいえ、ユーナはメリジェーヌの愛する人で、そんな目で見られたくないのは当然だ。
しかも自分に酷いことをしたジャックは甘っちょろいガキで、ぶち壊しておきながら、しおしおと謝ってくる。もちろんメリジェーヌは怒りをぶつける。お前が私を愛せるのかと詰め寄る。ジャックは更にしおれる。もうこんなの海にぶち込んじまうしかねえだろ。
・・・と、私などは思うのだが彼女はそうしない。険しい表情をしたまま、取り外した真珠のイヤリングをジャックに投げて寄越す。「そんなものでもあんたには役立つかもしれないよ」と言って。
もう自分などはむせび泣いて足元にひれ伏したい気分だ。
なんて強くて哀しくて、格好いい大人の女なんだろう。
彼女は諦めている。メロウという海の精の種族は、このオホーツクの海に自分ひとりきりだ。
自分は海蛇の体で、他の種族からは嫌われる外見をしている。
そしてメロウは船乗りの魂を集める。他人の魂を捕らえる力を持っている。
こういう自分の境遇について、彼女はよく考えたことだろう。そしてきっと悩んだはずだ。自分は人から怖がられる。同族の仲間はいない。孤独を癒すには、無理やり攫ってくるしかない。
メリジェーヌはやむをえず、船乗りやユーナの魂を捕らえて側に置くようになったのではないか。
そしてそのことを暴かれると、激しく動揺するもののさっぱり諦め、魂を解放する。
彼女はきっと何度も考えていたはずだ。自分は悪いことをしている。自分の孤独を癒すために、他人を捕まえた。だから、いつかは悪事を暴き自分を裁くものがやってくる。
そうしたら潔く諦めようと、以前から決めていたのかもしれない。だから動揺から回復するのも早く、思いがけずジャックが力づけようとしたことに対しても、最初は反発したものの感謝を示すことができたのだ。
あの格好良さにはそこまで想像してしまった・・・。
海に帰った彼女はどう過ごしているのだろう。どうか安らぎを得られますように。
④クイーン・マブ
物語のラスボス、ダーク・エルフの女王にしてグィンの元婚約者クイーン・マブ。
彼女はグィンが失った言葉でできた「水の指輪」を持っている。ジャックはこれを取り返すために旅をしている・・・のだが。
読んだことがある人はわかると思うが、この人がこうなってしまったのは仕方ないという感じがしてくる。
先々代の妖精王ナッドは、ライト・エルフとダーク・エルフの和解を望み、自分の息子グィンとダーク・エルフの王女マブを婚約させた。
しかしグィンは、臣下であるクーフーリンとあまりにも強く結びつき、さらには人間の女の子エリザベス(ジャックの曾祖母)に恋をした。
このときエリザベスはたったの5才だ。一方のマブは夢魔で、作中でも「一度その魅力にとりつかれた者は逃れられない」と言われ、情欲といったキーワードが出てくる。
恋敵が自分とは正反対の幼い女の子だと知って、マブは心の底から打ちのめされたと思う。どんなに愛していても、相手は5才の少女に恋するような「子供」だ。グィンには自分の魅力がまったく通じないことが判明してしまったのだ。
そしてクーフーリンも同じように、マブでは太刀打ちできない。彼とグィンは「友情」という愛で結びついている。
最終決戦でイヒカは言う。グィンとクーフーリンは、他に誰も入り込めないほどに強く愛しすぎた。
エリザベスとクーフーリン、二人が立ちはだかってマブはグィンには近づけない。せめて片方だけでも潰せたら・・・と策を練った結果が、あの「クーフーリンがマブの愛人」という噂なのだろう。
この時点で、グィンはすでに人間の少女を愛し、妖精王の資格を失う条件が一つ満たされている。クーフーリンがマブの愛人になったとすればグィンは妖精王ではなくなる。そしてクーフーリンも貶めることができ、自分の傷ついたプライドも少しは回復する。あれは一石三鳥の策だったのだ。
作品を通してマブは必死だ。ジャックの角笛を奪うために、序盤では人間界で過ごすジャックに会いに行く。ジャックが妖精王だと告げられた晩、わざわざ威嚇するように姿を現す。
自分の手下にも容赦がない。
失敗したナメクジの母を馬鹿だとののしり、サラの弱みをえぐり、ルシフェの真の姿を嘲笑する。
しかしそれらはすべて、自分に向けた言葉なのだ。
ダーク・エルフに生まれた以上はどうにもならないのだ、という諦めや自暴自棄の叫びだ。これについては後述する。
「醜い」ってなに?
さて、ここまで挙げた敵キャラたちには言わずもがな共通点がある。
「ダーク・エルフであること」、そして「自分の容姿にコンプレックスを抱いている」ことだ。
といっても「ここまで挙げた(このキャラを選んで取り上げた)」のは私なので「選んだ人間が容姿コンプレックスを持っているから、つい共感してしまったのでは?」ということもできる。
が、実際に読むとわかるが、彼らが自分の容姿に抱く嫌悪感は他の感情に比べても丁寧に描かれている。
例えばサラが女王に「元の姿でジャックを襲え」と命令された場面では、「あ、あの でも・・・」と躊躇を見せてから、女王に怒鳴られて逃げるように出て行くところまでを数えると、11コマかかっている。ページにすると2ページほど。
数字で言われると「いや、短いのでは?」と感じる。しかし全体にサクサク展開が進む漫画なので、一つの感情(サラが元の姿に戻るのを嫌がっている)を描くだけで11コマというのは、けっこうコマを割いている方だと思う。
ちなみにこのコマの直後、女王が言う台詞はこうだ。
さらにこの後に、女王がぐっとこらえるような横顔のコマがある。どんな感情を表しているのか、ちょうどいい言葉が思いつかない。しかしこの台詞はサラや側にいるルシフェに向けたものであると同時に、自分への言葉であることも確かだ。
言った直後の表情は、自分で自分を傷つけていることへ後悔なのか、痛みを耐えているのか、それとも初めて傷ついたときのことを思い出そうとしているのか。
マブが自分を醜いと思っている、というか断じているのは明白で、何せ最初に出てきたときに自分で言っている。
マブが初めてジャックの前に姿を現したのはニンフィディアではなく、ジャックが滞在する親戚の家でのことだ。このときマブは柔らかい雰囲気の美人として登場する。
話の流れで、マブは「アイヌの血が入っていれば美人になるというけど、そうじゃなくて残念」というようなことを自分から言い出す。それまで美醜の話なんてしなかったのにもかかわらず、である。慌てたようにジャックが「あなたはとても美しいです」と言うが、マブは「お世辞でもうれしいわ」と返している。
初めて読んだときは「少年が初対面のお姉さんにどぎまぎして、普通なら言わないことを言ってしまった」恥ずかしいシーンだと思った。
しかし考えてみたら、初対面の少年を相手に自分からこんな話をするなんて、尋常ではない。よほど強いコンプレックスがあるに違いない。少なくともそういう風に描かれている。
ストーリーの中で容姿コンプレックスを強調して描かれていたら、読者の印象に残るのは当然だ。私でなくても、そこに注目する人は多いと思う。
・・・裏を返せば、作者がこのコンプレックスに対して強い興味を持っていたのだと思う。短編集を見てもその傾向はあるだろうなと思っている。
でも、ちょっと待って欲しい。
確かにサラの元の姿は爬虫類系で、ルシフェは悪魔そのもの、メリジェーヌは長い海蛇。どれも一般的には嫌われる姿をしている。
ではクイーン・マブはどうか。本当に醜いと言っていいのか?
マブは二つの顔を使い分けていてる。「柔らかい雰囲気の美女」は変身した姿、ディズニーの悪役っぽさがある険しい顔の方が元の姿だ(とりあえずこういう呼び方にする)。怪物を召喚し使役するときには後者の姿になっている。
しかしこの二つの姿は、どちらも長い金髪で、人間の女の形で、衣装や顔が違うだけでほぼ同じだ。サラやルシフェとは違って、変身前・後の差異がものすごく小さい。
つまり何が言いたいかというと、元の姿だって美人だ、ということだ。変身後が「優しげな若い美女」なら、変身前は「ちょっと怖いけど綺麗な大人の女性」なのだ。
(いや、顔が怖いから美人ではない、と考える人もいると思う。でも個人的には美人だと感じるし、なんならメリジェーヌだってちょっと怖いけど綺麗なお姉さんだと思うし、そういう話でいかせてください)
だいたい彼女は夢魔で、ニンフィディアでも虜になっている者は多いはずだ。ケルピーもその一人らしいし、プックによると「大人たちは彼女の魅力がわかる」そうだから、つまりニンフィディアの基準でもマブは美女なのだ。
じゃあ、どうしてマブは自分が醜いと思っているのか?
やはり元凶はグィンだ。
前述したように、グィンはマブよりもエリザベスやクーフーリンとの関係を大事にした。美しく魅力的な婚約者よりも、5才の女の子と忠実な従者を優先した。
グィンは子供っぽい嗜好だったとも言える。
しかしマブの方は夢魔で、大人の女性の魅力を持っている。そしてグィンを愛していたらしい。
マブは夢魔として、ダーク・エルフの王女として自分の魅力をしっかり認識しており、きっとグィンも自分のことを好きになるだろうと思っていたはずだ。その予想ははずれてしまった。
愛する者から愛し返されなかった。
自分の「魅力」なんて無意味だと否定し、醜いと断ずるのは無理もない。
そのことに傷ついて、いまだに怒りを燃やしているからこそ、ニンフィディアや人間界の支配を目論見、ジャックを襲わせるのだ。
ここまでのことをまとめると、マブはこういう状況だ。
マブは、作中の言葉から推測すると、「ダーク・エルフである自分は醜い。醜いから愛されなかったのは当然だ」と言っている。
しかし実際には、彼女の気持ちは「自分は愛されなかった。ということは、醜いのだ」という順番で起きているはずだ。
だったら、あの険しい表情のマブも、本当は醜くないのだ。
読者の目から見てどうなのかはともかくとして、ニンフィディアの中での扱いを考えてみる。
彼女は恐れられる一方で大人のエルフィンからは魅力があるとされているし、そもそも醜いなんて言われていない。
マブを醜いと言うのはマブだけだ。
グィンは子供っぽい。恋したのは幼い女の子で、一番の仲良しは男の従者だ。その一方でマブは大人の魅力に溢れている。
ここの食い違いが悲劇を生んだ。
ちなみにマブの異母弟のイヒカは、終盤にこう言って姉を諭す。
悲運、つまり運命なのだという。マブがライト・エルフかつ妖精王であるグィンを愛しながら愛されないのは、ダーク・エルフに生まれた以上は決まっていたことなのだと。
これで諦めたり、自分を慰められる性格なら良かったのかもしれない。しかし王女に生まれたマブはプライドが高い。
恋の逆恨みなんてくだらない、権力なんて手に入れてもどうしようもない。仮にそう理解していたとしても、悪事に手を染めずにはいられなかったのだろう。
長くなってしまって、何を書きたかったのかわからなくなってきた。
自分でページトップに戻ってみたら、そこには「敵の方が魅力的じゃん!」と書いてある。もうこれがすべてだ。他は全部蛇足だ。
そういえば作品の序盤で、死にかけたプックを救うためにジャックがイヒカの元を訪れ、薬をもらうエピソードがある。
薬は二種類ある。
プックに使ったのは「悩む者」という薬だ。もう一つの「悩まぬ者」は、死ぬ薬だ。
生者はよく悩み、悩まない者は死んでいる。
だとすると、悩みの深いダーク・エルフたちの方が、ライト・エルフよりはるかに「生きている」のかもしれない。