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小さな食堂 やめてしまった店主たちのその後の人生は。

小さな食堂とは、一人または、家族で営んでいる食堂のこと。従業員はいても会社組織にしていない食堂。

ご近所にも本当に小さな5人しか座れない食堂から、100人も着席できる食堂まであります。

その存在意義は小さくなくて、食事の提供だけでなく、店主はみな、お客様に喜んでいただきたい、その一心で運営し、特色を出し、居心地よくよりおいしいものを提供しようと毎日努力し、近隣の常連様から愛されています。

店舗数を増やしたり、会社組織にしたり、『がっちり』とか言って右肩上がりの売り上げを自慢している方々のことも、もちろん見て知っていますが、

そういう戦略的な事は、全く別物。別のはなしで、それは、そういうことに長けた人(ビジネスパーソン)がすることで、小さな食堂の店主は違うのです。

小さな食堂の店主は、「アルチザン(職人)」なのです。

そして、断言します。

アルチザンはお金儲けはできません。

しかも、アルチザンはほとんど「国民年金」だけ。

「国民年金」だけは悲しくみじめで、将来が暗い。

何十年も「雨にも負けず、風にも負けず」定時にお店を開けて、お客様を迎え貢献して、将来が暗いとはどういうことか。


そのことをここのところずっと考えていて、一つの解決法が!それは。

アルチザンは、「一生働ける!!」のです。

え、うんざりしないでください。アルチザンは「仕事が楽しみ」であり、仕事が大好き。働けることに感謝して、食堂をやめても、仕事を作り出すことができるはず。


店を失っても、石ひとつあれば仕事を作り出せると。彼は言った。


お金儲けのできない、アルチザンはほとんど貯金もなく、店舗がなくなれば、貢献してきたことも忘れられ、寿命はのび、ただ高齢化していく。そして、国民年金では暮らせない、どうしたらいいのか。
小さな食堂をやめても、大丈夫。悲観的な事ばかり想像し、取り越し苦労するのは本当の損。

定年がないというのは強みです。ひかりです。

アルチザンにとってはファイアーなんて地獄だって、わかっているはず。キラキラした贅沢を尽くした生活を見せつけられても、

「自分は自分」。子供の時に父がそう言っていたのを思い出します。お父さんは今の私を知ってそう言ってくれていたのかな。。。

小さな食堂の店主は、アイディアいっぱいの働き者でアルチザンなんですから。もともと枠の中で仕事をしてきてはいないので、枠なんてないし、だからと言ってはみ出しているわけではなく、そこが小さな食堂の店主の強み。お店を立ち上げた行動力があったではないですか。これからも、そして潔く死ぬまで元気に自ら仕事を作って人生を楽しめる人達、それが小さな食堂の店主ですよね。

自分の人生を明るくしてあげるのは自分自身ですから、イソップさんに言いたい。

小さな食堂の店主は、アリでもなければ、キリギリスでもなくて、働きながら歌い、歌いながら働ける、そういう風に生きることができますねん。


つづく


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