
スイート戦争
(ピピピ)
目覚ましが鳴る。
今日も仕事…
(ピコン)
そんな憂鬱気分をぶった斬るように
LINEの着信音が鳴った。
画面には
【19時 駅前 よろしく】
とシンプルなメッセージ。
大学時代から仲が良い小林由依からだ。
「さて…」
シャツからお腹を出し、ギュッ!ギュッ!と憎しみを込めてつまむ。
ああ、自己最高記録更新だ。
これは、間違いなく小林の甘い誘いのせいだろう。
【お腹出てきたし、また今度】
ピコン
【19時駅前よろしく 来なかったら◯す】
恐ろしいメッセージが返ってきた。
【本当は優しいくせに】
と送ろうとして、、、、やっぱり削除。
【わかりました】
とだけ返した。
大学時代から変わらぬ、麗しい友情だ。
〜飲食店・甘いパラダイス〜

テーブルの向かい側には、幸せそうな顔でスイーツを頬張る小林。
「んーっ美味しい!!」
相変わらず、美人だな。
「何回も言うけど、小林が甘いもの好きでも、イメージ悪くならないと思うよ」
小林は顔を上げて、ささやかにこちらを睨む。
眉間の辺りがチリチリするのは気のせいか?
「気にするの。〇〇には絶対、わかんないけど」
小林は会社で、クールビューティー的な感じで通しているらしい。
と、本人が言っていたらちょっと痛いが、第三者の証言である。
金髪の小池だ。
小池は、俺と同じゼミでたまに飲んだりする仲。
そして小林とは大学からの親友で、入った会社も一緒だった。
小池によると、小林はバレンタインデーに女子社員から多くのチョコレートをもらうほどの人気っぷりらしい。
宝塚的な憧れ方をされているようだ。仕事ができて、後輩の面倒見がよい、かっこよすぎる美人先輩。
そしてクール。本人曰く、ただ人見知りなだけらしいが。
「それでね、美青ちゃんがね」
「ああ、的野さん。今度は小林見た瞬間に気絶でもした?」
「あほ。慕ってくれるのは嬉しいんだけど…」
的野美青さんは、小林を最も慕っている後輩らしい。
彼女の思いは少し狂信的だ。
小林と同じ空間にいるのが嬉しすぎて、鼻血を出したことがあるらしい。
その時はさすがの小林もパニックになった、とのこと。
「それにしても小林」
スプーンを置いて、小林を見る。
小林はまだ、甘物にありついている。
「週1は多いわ」
「これでも〇〇に合わせてあげてるよ。本当は毎日食べたい」
「俺、太ってきたしさ」
「婿の貰い手がないって?」
「言ってねぇ」
「大丈夫、もらってあげるよ」
「え、は?」
「美波がね」
「本人に確認とった?」
適当な奴だと呆れながら、
最後の一口を食べる。
すると、
(ズキっ)
あぁ、いてぇ…。虫歯だ。
来週歯医者の定期検診だったな。
虫歯8割ですって言われたら、甘いものは月1にしてもらおう…。
〜櫻歯科〜
半年に一回の歯科定期検診。
「〇〇さーん」
「あ、はい」

今回担当していただく歯科衛生士さんは、随分お綺麗な方らしい。
マスク越しでも十分に光り輝いていた。
美人オーラが漏れている。
思わず名札を確認する。
渡邊さんか。楽しい歯科検診になりそうだ…
しかし、
「〇〇さん、歯を1日に何回磨いてます??」
「えっと、2回ですね」
「朝と夜?昼は?」
「職場で、、少し面倒くさくて」
「虫歯増やしたいんですか?」
「え?」
「〇〇さんお年の割には、インプラント多いんです」
思わず息が詰まる、ような緊張。
「甘いもの好きですか?」
「は、はい」
「砂糖って、虫歯菌のいいエサなんです。ちゃんと歯磨きしないとどんどん虫歯が増えてって、インプラントも増えますよ」
「え、そうなんですか…」
「自然な歯に比べてインプラントだらけだと、歯の寿命って格段に短くなりますから」
途中から、グロッキーになった俺は、ただ茫然と渡邊さんを眺めるだけだった。
・・・・・・・・・
「〇〇さん!」
帰り際、渡邊さんが駆け寄ってきて、俺の肩を叩いた。
「この歯ブラシ使ってみてください」
ピンクの柄の、男には少し使いにくそうな歯ブラシ。
渡邊さんがマスクを取る。
小造りな顔が露わになった。
マジ端正。
そして、歯ブラシを自分の歯に当てて
「こうやってシャカシャカ〜シャカシャカ〜って」
子供を相手にするような口調だ。
渡邊さんも途中で気がついたようだ。
「ごめんなさい!」
顔が紅に染まる。
「最近、小さい子の歯磨き研修してまして、それで」
ふと、俺は重大なことに気がついてしまった。
「あと、その歯ブラシ、使っちゃってますけど」
あっ!と渡邊さんが、後ろに倒れそうな勢いのリアクションをした。
「ご、ごめんなさい!!すぐに新しい歯ブラシ持ってきます!」
くるりと回れ右をした瞬間、渡邊さんが蹴躓いた。
クールな印象なのに、どこか愛らしい。
どっかの小林を見ているようだと思った。
〜甘いパラダイス〜

小林は不機嫌そうに、ジトーっと俺の顔を見ている。
顔に穴が空きそうだ。
「そんなの許さないから」
「いや、元々週1がおかしいんだって」
「おかしくないっ」
「頼むよ、虫歯これ以上増やしたら、ますます小林と来れなくなるって」
小林の顔が綻んだ。
「え、そんなに、私と来たいんだ」
「いや、別に」
「◯すよ??」
「怖いよ!月1じゃだめなのか??」
「歯磨きちゃんとすればいいだけでしょ」
ごもっともだ。
すると、小林は「電話」とだけ言い残し、席を立った。
小林が戻ってきて、甘物を食べ出してから30分後。
(ピコン)
小林は後ろを向いて、手を振る。
「あ、こっちこっち!!」

渡邊さんが歩いてきた。
「あれ?」
「あ、どうもです」
渡邊さんは、不思議そうな顔をしながら、小林の横に座った。
「高校の同級生の渡邉理佐。歯科衛生士やってるから、歯磨きのコツ?みたいなの教えてもらいなさい」
「渡邊さんには教えてもらいましたよね、シャカシャカ〜シャカシャカ〜って」
おどけた口調でモノマネすると、渡邊さんは顔を赤くした。
「もうっ!〇〇さん性格悪いですよ!!」
小林は俺と渡邊さんを交互に見て、大きな目をパチクリさせていた。
「え?知り合いだった?」
「俺が通っている歯科医院の歯科衛生士さん」
「由依こそ、〇〇さんと仲良いの???」
「え、うん。大学の同級生で、よくスイーツとかいっしょに食べてて」
「そうなんですよ。週1で」
渡邊さんは手をあごにやって、少し考えるポーズをとった。
「週1くらいなら、ちゃんと歯磨きすれば大丈夫だと思うけど」
「ほらぁ!今まで通り」
渡邊さんは俺に少し意地悪な笑みを向ける。
「サボらないで、ちゃんと磨いてくださいね」
「もちろん、はい」
「心配だなぁ」
渡邊さんはまた、顎の下に手をやって何事か考えている。
そして、
「私もこのスイーツ会?っていうのかな。たまに参加していい?」
「「え!?」」
「〇〇さんのチェックも兼ねて」
小林の視線が人を絶命させるソレになっていることを
見てみぬ振りをしつつ、
渡邊さんの聖母のような笑みをただ見つめていた。
70%OFFの確率で続く…