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俺だけのジンクス

バレンタインの新商品案が採用されたら
守屋麗奈とデートできる。

そんなジンクスを叶えるべく、
俺はバレンタイン企画会議に
全てをかけている。


ー入社1年目ー

「あぁ、はぁ、あー、もうやだ」

バチン!!

「いって!!」

背中に衝撃が走る。

「いつまで落ち込んでんの」

同期の松田が微笑みながら後ろに立っていた。

「松田ぁ、開発から見て、俺のプレゼンそんなダメだった?」

「新米が新米に聞いてもって感じだけど、
 〇〇の新商品プレゼン、良かったと思うよ」

「でも、採用されたのは△△さんの企画…」
「しょうがないよ。4年も先輩じゃん」

「〇〇くん!」

振り返ると、守屋麗奈さん。

「はい?え、守屋さん…!」

入社1年目にして、
今や社内中の男どもの視線を独り占めしている
あの守屋さんだ。

「〇〇くんすごいね!」

弾けんばかりの笑顔。
背景にはハートが飛び交っている。

「同期代表って感じで、すごい応援しちゃった♡
 遅くまで会社残ってるのも見たし、めっちゃ頑張ってたね!!」

どんなに贔屓目に見ても、新人らしい拙いプレゼンだった。
周りは海千山千の先輩ばかり。
マーケティングのベテラン、商品開発のエースなど。
しかし、守屋さんは俺の案を心から誉めてくれたように思えた。

「あ、ありがとう!!」

「来年に期待だね!」

キラキラ笑う守屋さんは
桃色の風を纏って、去っていった。

「ういー良かったじゃん〇〇〜」
肘でグリグリしてくる松田を無視して、
ただただ、守屋さんの笑顔と言葉を反芻していた。

・・・次の日

晴れやかな気分で出社できたのは
間違いなく守屋さんのおかげだ。

しかし

「そういえば〇〇聞いたかよ?」
仲の良い同期が周りを窺いコソコソと話しかけてきた。

「何が?」
「△△さん、守屋さんとデートしたらしいぜ」

な、なんだと・・・

「いいよなぁ、俺は商品企画の採用よりもそっちの方が羨ましいよ」

その後の同期の言葉は何も耳に入らず。
とにかく頭に残ったキーワードは
バレンタイン企画採用と、守屋さんとデート。

つまり、

バレンタイン企画に採用=守屋さんとのデート

という完全無欠な(俺にとっては)方程式が出来上がった瞬間だった。


ー入社2年目ー

髪の毛をギューっと下に引っ張る。
「グぐゥぅぅ」
2回目の商品企画。結果はダメだった。

「ちょ、ちょっとそんなに落ち込まなくても」
松田が駆け寄ってきて、心配そうに背中をさすってくれている。

「◯◯のも惜しかったって。最終選考には残ってたじゃん」

そして、肩に衝撃。
衝撃というか、ふんわり。
手が置かれた。

「〇〇くんのめっちゃ良かったよ!」


振り向くと守屋さん。

いつもならテンション上がりまくりの事例だが

今年の守屋さんデート権が失われた今、
むしろ顔を合わせるのが辛い。

逃した魚の大きさを否が応でも再確認させられる。

「ほら、麗奈も言ってるじゃん!」
松田は元気出せ!と言いながら、俺の背中をバン!と叩く。

「いてーって」
軽く松田の肩を押す。

守屋さんは俺と松田の顔を交互に見る。

「その…2人って付き合ってる感じ…?」

俺と松田は目を合わせて、思わず同時に吹き出す。
「「まっさか〜〜〜」」

守屋さんは噛み締めるように
何度もうなずく。
「そっか、そっかぁ?、そっかぁ…」

「付き合ってるのかな〜って思ってた」

すると
「守屋ちゃーん〜」

「あれ、◻︎◻︎くん麗奈のこと呼んでるね」

◻︎◻︎…今回のプレゼンで採用された同期。
同期の飲み会でも守屋さんの隣に座りやがる
気に食わねーーーやつだ。

「また、来年頑張るか」
松田にも、守屋さんにも聞こえないくらいの声で
ボソっと意気込んだ。


ー入社3年目ー

外は真っ暗。壁の時計は20時を指している。

「3回目の正直…はぁ〜〜〜〜〜」

誰もいなくなったオフィスで
バカでかため息をつく。

今回は後輩の××の案が採用されていた。
××は積極的なやつで、しきりに守屋さんに話しかけにいく。
めっちゃ羨ましい。

今頃、2人で東京カレンダーで紹介されてそうな
焼き鳥屋にでも行ってんのかなぁ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『××くん、入社2年目なのにすごいね』
『守屋さん、いえ、麗奈さん。今日は帰しませんよ』
『いいよ、××くんの好きにして?』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

とかなってたら…
妄想して、さらに落ち込む。

「今日もお疲れ様」

えっ!?この声は…!

椅子ごとぐるりと振り返ると
女神のような笑顔の守屋さん。

突然の登場にドキドキだったが、平静を装う。

「お疲れ。守屋さんまだいたんだ」

「うん…」

いつも快活な守屋さんらしくなく
何か躊躇しているような雰囲気があった。

目があっては逸らされてを
3回ほど繰り返したのち

「〇〇くん今日さ、もし良かったら一緒にご飯でもどうかな?」


「ごめん」



「え?」


守屋さんの顔が一気に暗くなる。

やばい。


慌てた俺は人生最大の失敗をした。


「俺、今回バレンタインの企画に採用してもらえなかったから」

守屋さんは怪訝な顔で俺の言葉を待っている。

「俺なんかが守屋さんと食事する権利はないんだ。だからごめん」

守屋さんの眉間に皺が寄る。初めて見る表情だ。

「え、権利?権利ってなに?」

「あ、いや、えと」

「もしかして、採用されたらみたいな賭けをしてたってこと???」

俺はなにも答えられなかった。

守屋さんは悲しげに笑う。

「そっか、すごく、すごい残念。…じゃあお疲れ様」

去っていく守屋さんの背中を見つめる。
守屋さんが見えなくなってからも、ずっと目線を動かせずにいた。


そして、入社4年目の今。

いつものようにバレンタインの新商品案に向けた準備をしていた。

「お、れな天才」
「でしょ?」
笑い合う松田と守屋さんのやりとりが見える。

あの日以来、守屋さんからは避けられている。
俺も何も弁明はできず、うじうじした毎日を過ごしていた。

新商品案の準備は、例年ほど心が入っていない。
ただ時が過ぎるのを待つ日々だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

時刻は19時半。
ホワイトな弊社では、ほとんどが退社している。
残っているのは俺1人。

ふと周りを見渡すと、妙に既視感があった。

「なんであんなこと言ったんだ…俺はバカか…」

バレンタインの新商品案が採用されたら
守屋さんとデートできるなんて
俺の勝手なジンクスだった。

そうでもしないと、そんな決め事を作りでもしないと
俺は守屋さんに一歩踏み出す勇気を振り絞れなかった。

松田には事の顛末を話して、こう言われた。

俺の自信の無さが守屋さんを傷つけて、
自分も傷ついた気になっている。
と。その通りだった。
松田は優しい。守屋さんにも、俺にも。


いつの間にか眠っていたらしい。
誰かに肩を叩かれた。

ビルの警備員だろうか。

ほっといてくれよと
少しイラつく気持ちで目を開けると

いつもと変わらぬ守屋さんがいた。

「〇〇くん」
「は、はい?」
「今度の企画会議、一緒にやらない?」

・・・・・・・・・・・・・・・・

次の日、夜19時。

俺と守屋さんだけがオフィスに残っている。

「じゃあ、やろっか」
「その前に、守屋さん、ごめん」

守屋さんは少しイタズラっぽく、笑っていた。

「ほんとだよ〜ひどいよ〇〇くん」
「本当に申し訳ない」

「いいよ。許してあげる。まりなちゃんからも聞いたし」

松田は守屋さんに何を言ってくれたんだろうか。
よくわからないけど、松田には一生頭が上がらない気がした。

「なんで、共同で案を出そうって、提案してくれたの?」

昨日からずっと考えていた。
守屋さんの所属する開発部と、俺のいるマーケティング部の人間が、
共同で商品案を出すことは可能だ。

しかし、なぜ守屋さんは俺に、一緒にやることを持ちかけたのだろうか。

「まりなちゃんから、今回〇〇くん、いつもの熱意無いって聞いて」

守屋さんとのデートがモチベーションだったから、
何もやる気が起きないのは当然だった。

「そりゃー困ったな〜って感じで」

こちらを見ずに、ペラペラと資料をめくる守屋さん。
綺麗な横顔とふざけた口調がアンバランスで思わず吹き出した。

「ああ〜笑ったな〜」
資料の束でバシバシ殴る守屋さん。

「なんで守屋さんが困るの?」

「ええ〜それ私に言わせる〜?」

ジッと俺から目線を外さない。
とても熱っぽい視線だ。

「ジンクス、あるんでしょ?」

妖しげに微笑む守屋さんに、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「〇〇くんも、困るよね???」
「ああ、うん、はい」

「え?困らないの?」
「いえ!困る!困ります!」

「だよね〜〜」

ふんふーん🎵と鼻歌を歌いながら資料をめくる守屋さん。

「あー、これもいいしー、これもいいなー」

ボソボソと独り言を言う守屋さんを尻目に
4年目のジンクスに立ち向かう決意を固めた。

end

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