詩集『青春』 第三章 記憶の光景 作品24〜作品27
【作品24】 街の底
吹きぬける風は路地裏に冷たく
歌舞伎座の鳩は虚しく空を舞う
黄昏
すれ違う人々は言葉も少なく
うつむいたまま会釈を交わし
そこから始まる物語の舗道を
ゆっくり滅びへと歩いていった
そして 夜も更ければ
立ちならんだビル街の
あかりの数は減って
恋人たちの
不吉な予兆に満ち満ちた重苦しい沈黙を
街の底に響き渡る靴音が凛々と奏するのであった
●一九七一年 十一月
【作品25】 秋
いまや
けして笑わぬものたち
真空の
ガラスの瓶のごとくに
海面に浮かんで
かなたへ
海洋へと
流れゆくものたち
そういうものたちの季節
秋
●一九六九年十月
【作品26】 廣野
汚れた街から職を求めてさすらってきたのだと男がいった
その街であなたは孤独であったかと女が尋ねた
おお 十分に孤独であったと彼はいった
大きく息を乱して喘ぎながら
ああ それではあたしの廣野を旅したのはあなただったのか
と 彼女がいった
かすかにきしみの音をたてるベッドの中で
白い女の膚と柔らかな乳房にくちづけながら
荒野への旅で味わう荒涼とした寂莫を
苦く甘く
噛みしめるのであった
●一九七二年 二月
【作品27】緑色の蛇
ぼくの心のなかから音をたててふきあがる
アジアの血潮
ユーラシアの哀しみ
そっと異民族の言葉で呟いてみる
インビジブル コミュニティと
そうして
ぼくは見た
緑色の蛇が
幻の共同体へと続く
小石だらけの
小道の路傍にの
くさむらに
姿を消すのを
●一九七〇年 十二月