好きになったのはアプリの人じゃなくてキャバ嬢でした。【チー牛非モテ・人生3度目のマチアプ編、完結】
【前回までのあらすじ】
・今年の春に人生3度目のマッチングアプリに登録した僕は、人生初の彼女を作ろうと、日々四苦八苦しながら女性とやりとりする中で、2人の女性とご飯に行くことができた。そのうち1人は早々に音信不通になってしまったが、もう1人(Mさん)とは2回目のデートもなんとかこなせた。
・3ヶ月でアプリを退会した僕は、MさんとLINEでのやりとりに移行し、3回目のデート(映画)に行くべく色々と画策しようとするが、相手の体調不良や、自分の仕事の忙しさもあり、予定が先延ばしになってしまう。
・また、今更になって、唯一の「持ち駒」であるMさんとの共通点がほぼなく、恋愛感情も持てない中でコンスタントにコミュニケーションを取るのが苦痛になってきたことや、人との付き合いに積極的になれない自分の性格上の問題にも悩まされ、お相手のことも考えて、これ以上のやりとりを止めようと決めたのだった。
【以下、前回までの記事(投稿順)】
既読無視・・・からのチャンス到来
さて、前回の記事は、僕がMさんとのやりとりに疲弊して2週間ほど既読無視してしまっており、相手をよく知るとともに、相手に心を開く努力が足りなかった・・・という何とも情けない状況報告で終わっていた。本当に話題に困ったのと、長時間労働の疲れやストレスで心身に異常をきたし、返信できない状態が続いた。7月上旬~半ばごろにかけての話である。
すると、既読無視して3週間ほどが経とうとしていたある日の夜、なんとお相手の方からLINEが送られて来た。その時の文章をそのまま載せるのはさすがに控えるが、要は、「もし忙しかったら無視してくれて大丈夫なんだけど、良かったらまたどこかで会えませんか?」というものだった。
率直に言って、このメッセージを見た僕はまず驚いた。これまでは相手が何を考えているのか分からず、脈があるかどうかも全く自信がなかったが、まだ相手にその気があるらしいということをここで初めて知った形になる。
相手の方から会いたいと言ってきてくれるなんて、もちろん今までの人生でもそんな出来事はなかったし、多分これからもないだろう。またとないチャンスであることは間違いない。なおも既読無視を続け、この絶好の機会をみすみす見逃すという選択肢はさすがになかった。こちらにその気があるかはさておき、相手がそう思ってくれているということが次に進むための自信に繋がった。
僕は残業でボロボロになった深夜に、最後の力を振り絞り、既読無視していたことへの謝罪と、温かいメッセージをくれたことへの感謝の思いを返信し、こうしてまた1日1~2往復のMさんとのやりとりが再開したのだった。そのうち、お盆明けぐらいに会いましょうという話になった。
とはいえ、やりとりを休んでいた期間があるからといって、スルスルと話題が浮かんでくるわけでもなく、またも中身のない世間話が続く(逆に、中身のある話とは何なのか?という問題はあるが)。相変わらず多少鬱気味だったのもあるが、アポの予定が近づくほど、なぜか気持ちが落ち込んでいった。
3回目のアポ
3回目のアポでは、前に計画していた通り、映画を観に行った。ラウールが主演の映画だった。これはジャニヲタのMさんに対する僕なりの配慮というのもあるが、学園モノのアクションで、デートで観るにはうってつけだと思ったのだ。元々はコナンの映画を観に行こうかと話していたのだが、既に季節は巡り、上映終了しているか、微妙な時間帯で1日1回だけの上映になっていた。
もちろん、これまでの人生で女性(母親除く)と2人で映画鑑賞したなどという経験は皆無である。前の記事でも書いたが、映画館で映画を観るというのは、暗闇で隣同士肩が触れ合うような距離で時間を過ごすことになるので、それなりに相手が心を許してくれていることが前提になるのだと思う。ここでうまく仲を深めることができたら、一気にステップアップすることができるだろう。
ただ、前回会ったのは5月で、だいぶ時間が空いてしまっていたし、(僕のせいで)やりとりが途切れていた期間もある。どういうスタンスでいけばよいのかわからないまま当日を迎えることになった。とりあえず話題作りにMさんの推しの主演ドラマを1話だけ見てみたけれど、どうしても時間の無駄に思えてならなかった。
もう3回目のデートだし、そろそろ「この人とどうなりたいのか?」を考えなければいけない。ネットで色々検索していると、「3回目で告白するのが定石」という言説も見かけるが、しかしとても告白なんてできるような雰囲気ではないし、僕もする気は毛頭ない。まだお互いのことを知らなさすぎるし、関係性が深まっていない。
さて、アポ当日はお昼前に集合し、ランチ→映画鑑賞→カフェでお話という感じで、半日ほどのデートを計画していた。結果的には、映画代とカフェ代は僕が出したので、だいたい5,000円ほどの出費だった。
僕はデートの冒頭で、仕事が忙しくてあまり連絡できていなかったこと、連絡をくれて嬉しかった気持ちを伝えた。あとは他愛のない世間話で時間が過ぎて行ったと思う。僕は7月にコロナウイルスに感染してしまったので、自宅で1人で過ごした療養期間がいかに辛かったかを多少誇張しながら話したりしたが、そんなしょうもない自分語りをMさんの前で披露して何になるのかというか、もっと発展性のある話題を提供できない自分に対して腹が立った。
映画を観ている時も、Mさんが隣にいるからといって特別緊張したりすることは意外になく、物語の内容もまぁよくある勧善懲悪モノで、特に面白くもないが暇つぶしには悪くないといったような内容だった。この後のカフェで映画の感想の話は絶対出るので、いくつかネタを用意はしたが、あとはただボケーッとスクリーンを眺めているだけだった。
案の定、カフェで先ほどの映画の話になったが、あまりお互い映画に没入できなかったようで、すぐに別の話題になった。なんというか、僕は映画にせよ旅行中の風景とかにせよ、自分の感想や体験を誰かとシェアすることが苦手というか、それにあまり喜びを感じられない人間なのである。だから映画もカフェも旅行も買い物も全部一人で行きたいし、もともとこういう人間には恋愛、ひいては人間と関わることへの適性がないのだろうと思った。
さて、少し話が逸れた。3回目のアポを終えた感想としては、率直に言うと、「あー、楽しかった!また会いたい!」という気分からは程遠く、苦悩のトンネルのさらに奥深くに潜り込んでしまったような気分だった。
僕は正直、3回目で気持ちが変わらなければこれ以上はお互いにとって時間とお金の無駄だと思っていたが、残念ながら一緒に映画を観たとて、相手に恋愛感情が芽生えたり、もっと一緒に過ごしたいと思ったりすることはなかった。また、このデートで相手が僕とどうなりたいのかというその片鱗だけでも見られればと思っていたが、それも全く分からないままだった。
終わらないやりとり、終わらない苦悩
それからも、相変わらず1日1往復ぐらいでやりとりが続いていた。Mさんは、「またご飯にでも!」と言ってくれたが、正直こちらとしては、焦って次のデートの話をするよりは、少し時間を置いて自分の気持ちを整理したいと考えていた。それに行きたいところもない。出会った頃は僕の方から頑張って誘っていたが、今では立場が逆転しかけているようだ。なぜ、既読無視を2回もしてしまったこんな最低な男にここまで付き合ってくれるのか。
そして徐々に徐々にまた、Mさんのメッセージへの対応が後回しになってきた。LINEの通知が来るたびに憂鬱な気分になるのである。これはハッキリ言って異常な状態だと思う。自分が本当に好きな相手なら、こんなことにはならないだろう。そろそろ、ここで関係を止めてしまうのも1つの手かもしれない。何度も言うが、相手にとっても時間が勿体ない。
ただ、「勿体ない」といえば、ここで切ってしまうのは違う意味で勿体ない。これまで費やしてきた時間と金、そして、繰り返しになるが、「相手の方から会いたがってくれている」という、おそらく僕の人生において最初で最後のチャンスを無下にしてしまうのか?と自問すると、やはり簡単には肯定できないところがあった。
これは奇跡に近い出来事であり、もうMさんが本当に本当に唯一の可能性であるからこそ、(言い方は悪いが)ここで損切りしてしまって本当にいいのかという思いは残り、メンタルを削り苦悩に顔を歪めながらもなんとか話題をひねり出し、ギリギリのところで持ちこたえるような状態が続いた。
いっそ思い切って告白して付き合ってしまえば、恋愛感情なんて後からついてくるのかもしれないとも思う。それに、こう言っては本当に失礼だが、Mさんはあまり恋愛経験が豊富でなさそうに見える(違ってたらごめんなさい)。もしかすると、いわゆる性交渉も未経験かもしれない(違ってたらごめんなさい)。
お互い恋愛初心者マークを外せないままもうこんな歳になってしまったけれど、まぁ少しずつそれなりに頑張っていきましょうや・・・ということになれば願ったり叶ったりのシチュエーションではある(違ってたらごめんなさい)。
まあ、もしかするとほんの2~3か月くらいで別れそうな気もするが、少なくとも、「いない歴=年齢」、そしてあわよくば「素人童貞」という、年を取るごとに手に負えないほどに膨張してきた巨大な2つのコンプレックスを払拭できれば、少しは楽な気持ちで死ねるかもしれない。
しかし、そんなことを考えているうちに、「性欲低下」という予想外の出来事に見舞われてしまった。曲がりなりにも性欲は僕がMさんとやりとりをする上での潜在的な原動力になっていたのだろう。これが衰えてしまえば、一体何のためにこんな事をやっているのか皆目分からなくなってくる。性欲と歩調を合わせるかのように、メンタルもさらに深く深く沈んでいった。
キャバ嬢との出会い
そんな矢先、ある出会いによって、僕は一筋の光を見出すことになる。人生で初めて遊びに行ったキャバクラでお気に入りのキャバ嬢ができてしまったのだ。
特に指名もせずフリーで入り、どんな子が来るのかなぁ、ワクワクとビールを飲みながら待っていたのだが、その子が僕の席に近づいてくるのを見た瞬間、思わず視線が釘付けになった。夜の女性らしく、華々しい容姿ではあるけれど、キャバ嬢につきもののケバさは一切ないし、まだ女子大生なのに所作も話し方も上品な子だった。親元から離れて一人暮らしをしているというのもなんとも健気で、おじさん応援したくなっちゃう。
何人かのフォロワーさんからも窘められたが、確かに水商売の女性にガチ恋するのは、控え目に言って頭がおかしい。だが、3回目のマッチングアプリも結局うまくいきそうにないという厳しい現実から目を逸らすように、僕はそのキャバ嬢にのめり込んで行った。ブログにあった顔写真を毎日見ながら次会ったら何を話すか妄想したり、毎日出勤情報をチェックしたりした。
1か月くらい時間を空けてまた遊びに行こうと思っていたのだが、残念ながら嬢の出勤頻度が減ってしまい、たまに出勤が入った日でも僕のスケジュールが合わなかったりして、あれ以来会えていない。早く行かないとこちらの顔も忘れられてしまうので、万難を排して今月中には再訪し、指名したいところだ。
オキニ嬢と過ごせた時間は僅か40分に過ぎなかったが、アプリの人とのストレスフルで味気のないやりとりとは真逆の、楽しくて、非日常的で、刺激的で、ストレスフリーで、コスパの良い過ごし方だった。性欲があろうが無かろうが楽しいから関係ない。同伴デートで一緒にご飯にでも行けたらどんなにいいだろうか・・・。
決別
さて、本題のMさんとの関係に戻ろう。実は映画デートが終わってからも、彼女は2度も誘ってきてくれたが、もう僕には会う気はほとんどなくなっていた。お誘いのメッセージには「迷惑だったら無視してもいいよ!」とも書いてあって、なんていい子なのだろうかと思う。でもあなたには僕ではなくて、趣味も波長も合うもっと素敵な男性がいるはずである。
だが、このまま既読無視でフェードアウトというのも後味が悪すぎるので、悩んだ末、Mさんに決別のメッセージを送ることにした。まさか、「疲れちゃって・・・」「性欲が・・・」なんて本当のことが書けるわけもない。「実は今は恋愛よりも優先したいことがあって、云々・・・」と色々オブラートに包んで、あなたは何も悪くない、これ以上はあなたにとって時間の無駄になる、僕が100%悪いのだ、勝手なことを言って申し訳ないと平謝りした。
Mさんは理解してくれた。「あなたと話していて楽しかったが、残念だ」という旨のことも返信してくれたが、それを見ても嬉しいというより戸惑いの方が大きかった。
さて、これで生涯でまたとないチャンスを自分の手で握りつぶしてしまったわけだ。この絶好の機会を活かせなかった自分に腹が立ってしょうがない。どうして努力できないのか?どうして好きになれないのか?どうして普通の人間には造作もなくできることができないのだろうか?これから僕はどこに向かっていくのか?
これからどうする?
<①キャバ嬢への道ならぬ恋にすべてを賭ける>
自分で書いておいてなんだが、まぁこの選択はナシだろう。自ら破滅への道に足を踏み入れるということだ。きっとイケメンで背の高い彼氏がいるに違いないのに。水商売の女にどれだけ入れ込んでも、恋愛関係に発展できるはずもなく、絞り取るだけ絞り取られて終わりだ。まぁそれはそれで気持ちのいい金の使い方かもしれないが。
<②新たな出会いを探す>
情けなくもまた振り出しに戻ってしまったような形になるが、マッチングアプリはもう使いたくない。また(この薄くなった髪で)写真を撮りに行って、取り繕ったプロフィールをこしらえ、砂漠のダイヤモンドを探すような気持ちで何百人もの女性にアプローチして、やっとの思いでマッチしたらすぐさま丁重にお礼をし、僕以外の何十人の男ともやりとりしている相手を飽きさせないようバンバン話題を提供し、通話もしてコミュニケーションを深めつつ、適切なタイミングでお誘いをかけ、もちろんご飯は奢り、お礼のメッセージと次へのお誘いをかけ、断られても挫けずまたダイヤモンドを探しに砂漠へ・・・。文字で書くだけでも嫌になってくる。結婚に夢を見ることもないので結婚相談所にも入らない方が良いだろう。真剣に考えている女性に失礼だ。
今回アプリをやって、Mさんや他の女性とある程度やりとりしてみて、やはり恋愛とは第一にコミュニケーションの問題なのだと今さらながらに学んだ。彼女を作るとはよく言うが、彼女はモノでも性的対象でもなく、しかるべきコミュニケーションを重ね、互いの人格を認め合いながら関係を深めていくことが大事なのだろう。もうこの年になると、キスしたりセスセスしたりはあくまでも付随的な要素だ。これまでの人生で女性とのやりとりから逃げてきた自分にとって、今さら腰を上げようとも、そもそもうまくいくはずがないのである。
それに恋愛するには精神的な安定も必要だと思った。個人的には精神的に不安定な女性はそれはそれで魅力的に見えるのだが、男はそういうわけにはいかない。少なくとも人並みに恋愛しようとするなら、この終わらないストレスまみれの社畜生活に歯止めをかけるとともに、積極的に人間関係を作り、孤独の深淵から抜け出す努力が必要なのだろう。
<③恋愛そのものを諦め、孤独に生きる>
まあ現実的にはこの選択肢を取らざるを得ない。結局1人で過ごす時間の優先度が高いというか、孤独で過ごした時間が長すぎたのだ。
素人童貞のくせに、外国人の女の子でもいいから割り切ってセッッスだけの関係を作ってみたくてTinderを始めてみたが、30手前で性欲も衰えてきたチビの醜い若ハゲのチー牛など門前払いだ。みな若くて背の高く、あそこもバキバキなイケメンがいいに決まっているのだ。
やはり性欲の衰えには戸惑っているが、そのおかげで、自分が経験できなかった恋愛やセックスへの執着からは少しずつ解き放たれており、だんだん「諦め」の境地に向かっていけているような気がする。僕の人生の2大汚点である「彼女いない歴=年齢」「素人童貞」からの卒業という望みはいっそ来世に託し、あとは1人で好きなことだけして死んでいこうか。とりあえず今は、例のキャバ嬢と過ごせる時間を楽しみにしながら明日も生きていこうと思う。(おわり)