【仮説と思考】r(資本収益率) >g(労働収益率) なの?じゃあなぜ、僕らは働いているの?
はじめての方は、はじめまして。
いつもお世話になっているみなさまは、いつもありがとうございます。
今日は、【r(資本収益率) >g(労働収益率) なの?じゃあなぜ、僕らは働いているの?】について、考えていることを、文字化してみたいと思います。有名な「r>g」の式についても説明を少ししたいと思っています。
【Let's THINKING】なぜ、地域に仕事が必要なの?
『「地域に仕事を増やすべきである」となぜ、考えるのか』、について、2つの出発点(金銭的価値/非金銭的価値)と3つの主語(個人・企業・自治体)を整理したいと思います。そんなの当たり前と思われる方も、ぜひ一度一緒に確認してみましょう。
【認識整理】
ここを確認/認識するのは、とても重要です。特に官民連携、産官学連携などが当たり前になってきている今、「何を目的に」「どのプレイヤーが」その事業に参加しているのかの確認をおろそかにしていると、各プレイヤーに、「はしごを外された」という結末がかなりの確率で、待っています。
企業であれば「自治体に裏切られた」
自治体であれば「企業が逃げた」
個人であれば「社長が言ってることとやってることが違う」
という状態に容易になりえます。
【期待が失望を生む/あなたの理由と相手の理由は違う】
つまり、"あなたがその事業に参加している理由と、あなたの目の前の人、企業、自治体が参加している理由は、"本質的に違って当たり前"で"変更不可能な定数として受け入れるべき"いうことです。
たまたま同じケースもあり得ます。それを作り出す定石も一応ありはすると僕は思ってはいます。ただ非常にコストが高い。コミュニティを作るコスト、非金銭的な価値に投資し続けるコスト、マインドシェアの締める割合、など考慮してもです。
現代の個人の幸福を追求する観点でいえば、経済的/政治的に無敵の人は「自分の幸福に全振りする」(相手を無視しても、一応大丈夫)、という動機が生まれる可能性が一定割合ありえます。ex) 年齢的に怖いものがない人、経済的に怖いものがない人、
では、ここから本題に入っていきましょう。
【2つの出発点と3つの主語】そもそも仕事が欲しいと思っている主語は誰?
(お金の出発点)
(個人)仕事をして、給与所得や事業所得が欲しい人
(企業)仕事や事業が生まれて、顧客を増やしたい企業
(行政)仕事をしてもらい、所得税や住民税を払ってほしい役所
お金以外にも非金銭的なインセンティブはたくさんあります。
(幸せの出発点)
(個人)仕事をして、いきがいが居場所、生きがいが欲しい人
(企業)事業がうまれ、地域や産業に非金銭的な価値を提供したい企業
(行政)仕事や事業が生まれ、まちの非金銭的な価値を上げたい役所
お金ではなく、精神的豊かさを得る手段としても仕事や事業は非常に有効です。
この2つのWhy?(金銭的価値)(非金銭的価値)と3つの主語(個人)(法人)(自治体)それぞれの観点から、"仕事があると嬉しい"というインセンティブを与えるのが、僕たちのスタートです。
そしてここから、もう一段階深く考えていきたいと思います。
【 r(資本収益率) > g(労働収益率) 】労働による稼ぎは、資本を働かせることによる稼ぎに勝てない。
r(資本収益率) > g (労働収入率) という式を紹介します。すでにご存じの方はおられるかもしれませんが、これはフランスの著名な経済学者、トマ・ピケティが「21世紀の資本論」のなかで表した、非常に有名な式です。
簡単にいえば「自分で働いて稼ぎ(労働)、資本に働かせる稼ぎ(投資収益)に勝てない」という式です。自分で働くより、株や債券の稼ぎの方が高い、という式です。
なんと、残酷な話。
が、トマピケティは非常に長い年月のデータを洗ってそれを立証し、英和辞典より分厚そうな「21世紀の資本論」にまとめ、論理的に、あざやかに、現実を説明しました。
経済学は社会科学であり、物理法則のように、どんな時もそう!という科学ではありませんが、原理原則である、地球でいえば重力のような、一人一人は意図せずとも社会を支配するルールを考える学問です。
ではもし、本当に r > gだとしたら、そのとき「わざわざ地域に仕事をつくる」意味はどうなるのか?
本稿の冒頭にお示しした二つの論、(お金のため)(幸福のため)のうち、少なくとも(お金のため)という理論は、もしかしたら崩れ去る可能性を持っているかもしれません。
じゃぁ僕らは、なんのために、一生懸命、すさまじい労力をかけてまで、産官学連携のチームを作って、未来の仕事を作ろうとしてるのでしょうか。
仕事をしなくても、お金を、思考停止的に、世界経済インデックスファンドにお金を突っ込んで、そのインカムゲインで、実質ベーシックインカムのような、「最低限の生活」を社会が作れるなら、僕たちは、産業なんてつくらなくてもいの?
あまりに雑な問いだとは思いますが、考えてみる価値はありそうなテーマです。
ということで、長くなりそうなので一旦今日はここまで。今度、上記のような問題認識から、「r>g前提社会におけるベーシックインカム社会、そしてその時のAIと人間」このあたりのテーマで考えてみたいなと思います。
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