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ストリートに生きる庶民のたくましさに支えられたブラジル経済
日本のように行政がしっかりしていて、治安も衛生環境もしっかりと管理された社会ではなかなか想像できないかも知れませんが、ブラジルでは未だに「ストリートには金が落ちている」というまるで日本の終戦直後のような感覚が生きています。道端に簡単なテントを設営してものを売る露天商は「カメロー」と呼ばれますが、これなんかは話に聞いたヤミ市にそっくりです。かつてはブラジルでは高い関税と消費税のお陰で電化製品がバカ高かったため、カメローで隣国パラグアイで生産した非正規品を求める人も多くいました。そういうところで買い物をするのはちょっとした悪事に荷担しているようで高揚感を感じたものでした。ちょっと脱法行為してでも安くものを買いたいという庶民の欲望と、それを利用してなんとか儲けたというカメローたちの熱い思いで、当時はまだバブルの余韻にのんびりと浸っていた日本ではついぞ感じたことのない、地の底から湧き上がるような活気を感じられたものです。
もっとも最近は、街の景観に悪影響を与えるということで、広場などに移設させられることも多く、普通に街を歩いていたのではあまり見かけなくなってしまいました。最近は安い中国製品をネットで買えるようになったため、いかにも怪しい商品はすっかり見かけなくなりました。またかつてはゲームやDVDの海賊版もよく売られていましたが、ストリーミング配信が一般的になってあっという間に壊滅してしまいました。それでも企業に課される雇用負担金が高く、新規に雇用をおいそれと増やすことが難しいブラジル社会では、こういう気軽に始められる商売は人気があります。特に、実際に手を取ってみないとわからない衣料品などはまだまだ露店販売の人気があるようです。ブラスという東京で言うと日本橋横山町みたいな衣料品問屋街がありますが、ここで深夜に行われる青空市で売られている衣料品はさらに安く、まあそれこそ品質は定かでない二級品なのですが、ブラジル中の「とにかく安ければ品質なんてどうでもいい層」に向けて商品を販売している人たちが仕入に来るわけです。
あとブラジルならではと思うものに、路上で折りたたみ式の机を広げて店を出すパン屋さんというのがあります。前の晩に自宅のオーブンでパンやケーキを焼き、未明に起きて焼きたてをリュックやキャリーケースに詰めたり、自転車のある人は荷台に積んだりもしますが、とにかくまだ暗いうちに郊外の自宅から街の中心部に向けて出発します。目指すはオフィス街や学校の近く、工事現場など。人々が出勤してくる時刻になる前に着いて、人通りの多い通りで机を組み立ててお店を広げるのです。固定費も消費税もかからないですから、当然安い。その場で食べてもいいし、会社に持っていって食べられるように紙袋も用意してあります。その場で食べる人のためには、彼らは家から魔法瓶も何本も持って来ていて、コーヒーを出してくれます。もちろん潜りの非正規営業ですが、たくましいものだと思いますね。ちなみにかつて私は地下鉄で会社に通っていて、毎朝そういうところで食べていたことがあります。経済的で味も悪くない。ところがそのことを得意げに当時のmixiに書いたら、ある人に大層叱られてしまいました。そんな衛生的に保証のないところで食べるもんじゃありませんと。ああ、言われてみれば確かに潜り営業なので当局の衛生許可も受けていないわけですな。でもそういう雰囲気を売り手の人と一緒に味わうのがブラジルの良さなんだよなと思ったり。
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さて、そこでコロナ禍がやってきました。ブラジルはロックダウンこそ実施しませんでしたが、商業活動はほぼ禁止され、規制を破っての営業には罰金を課せられることになりました。それでも会社の従業員として販売員などをしている人たちには雇用保証がありました。しかし、ここで取り上げたような零細の個人営業の人たちには何の保証もありませんでした。犠牲者報道の影に隠れて、多くの人が路頭に迷ったことは知られていません。そこで彼らの権利を守るために立ち上がったのが、当時のボルソナロ大統領でした。彼はノーマスクでカメローの集会に現れて、政府は労働者の働く権利を奪うなと演説し、彼らの大声援を受けました。連邦制のブラジルでは内政に関わる権限は州政府にあり、大統領とは言えその権利を覆すことはできません。コロナ禍の真っ最中に彼の取ったこの行動は、賛否両論を巻き起こしました。もちろん当時は、世界中から狂気の沙汰だと非難されました。でもこの件に関しては彼の勇気ある行動は、多くの零細商工業者から支持されました。今でも彼の支持者の一定割合は、思想的な部分より、この一件に同じ働くものとしての共感を感じている部分が大きいと感じています。コロナ対策は、組織に所属する労働者の権利は保護しましたが、そうでない零細個人事業者に対しては何の保証もなされませんでした。このことの反省が真っ当になされない限り、いくらボルソナロを批判しても、コアな支持層を引き剥がすことができないというのはこういう部分にあります。ブラジルはストリート経済で成り立っており、エリートである官僚たちにはそれが見えないのです。
ちなみに2022年の大統領選でボルソナロと激しくその座を争った現大統領であるルーラは貧乏でろくに学校にも通わせてもらえず、家計を助けるために港町サントスの靴磨きから職業キャリアをスタートしたというのは有名な話です。また、昨年亡くなったブラジルで2番目に大きいテレビ局SBTのオーナーであったシルビオ・サントス氏も貧しい移民の子からカメローとして身を起こし、売り口上が素晴らしいと言うことでアナウンサーにスカウトされたのがキャリアの始まりでした。このように、貧富の差が激しいと言われるブラジルでも、運と実力さえあればストリートの人気者にも成り上がれる可能性があるのです。そういうのは何もサッカー選手に限った話ではないのです。これからもその伝統を生かして、いかにしてストリートから生まれる庶民のエネルギーを活かせるかどうか、それこそがブラジルの課題だと思うのです。