2023年と読書遍歴
年の瀬*に、自分だけのために振り返りをするのを、公の場(ほとんど誰も見ていないとしても一応は衆人環視の場)に晒すというのは、あまり適切ではないかもしれない。
しかし、他者の目を意識することはいくらか文章を柔らかなものにしてくれるし、自分が後で見返した時の感じ方を変えてくれると(あくまで)思う。
*結局2024年に入ってからアップしました。
一人称目線のまとまったセンテンスは、どことなく作り話のような雰囲気を拭いきれない。たとえば文章でなくても、向かい合って悩みを相談されている時など、そして相手が俯瞰した目線で自分のことを語る時、僕は話を聞きながら違和感を感じてしまう。俯瞰で見つめている彼と見つめられている彼自身の重複した構造が、話をごっちゃにしてしまう。「頭では分かってるんだけどね」という枕詞が実際に起こっているパターンであり、今から僕が書く文章もその類だ。(そして、この言葉が使われるのは、往々にして分かっていない時だ)
先に2023年という総体を振り返るなら、まあ散々な一年だった。
これは今までの人生に共通して言えることだけど、自分がひどい目にあっているとき、それは大体において全く自分のせいだった。今年は特にそのことを痛感したし、だから「散々な」なんて形容詞を使うのは不適切だなと、書いたそばから思うけれど。
2022年までと違ったのは、暗い気持ちを感じさせる物事が形ある、履歴書にも書けそうなくらいの失敗だったこと。その失敗が、元を辿れば結局、今までの人生の未解決問題の積み重ねだと感じざるを得ない今も、ネガティブな気持ちから抜けられない。
思うに、人に——つまり人間に——本当に辛いと感じさせるファクターというのは、それが与える痛みそのものではなくて、痛みが与える底しれなさ、というか見通せない未来だと思う。
要は、外からやってくる痛みには僕たちは対抗できる。「抗う」ために全力を費やして、そうしている間は絶望なんてしない。けれど、現状が何も好転していないのに痛みが向こうからやってこない間——例えば拷問官が一時退出して無機質な牢屋にひとり取り残される時間、あるいは、退院の見込みがないと薄々分かっていながら病室の窓から見る夜——ここで痛みは内からやってくる。どれだけ我慢強い人間でも、自分の限界を超えて続く痛みを想像することを避けられない。やまない雨は無いなんてきっと誰かは唄っているけれど、どれだけ遠くを見通しても絶え間ない雨雲が空を覆っていることがある。
僕がこの一年感じていた息苦しさを与えていたのは、だんだんと失敗そのものではなくて、失敗から何も変わっていない自分に変わっていた。いや、むしろ余計にタチが悪くなっているかもしれない自分自身がただ怖い。この半年間、できる限り自分を見つめていたけれど、実は「自分を見つめる」行為にこそ病巣が潜んでいるのではないかという気もしてきている。じっと見つめているほど、変化というのは気づけないものだ。
つまり、俯瞰的な視点で解決策を探るなら、「前を向いて生きていくしかない」という結論に至るのだろう。昔よりも、このような、ざっくばらんとした教訓みたいなものがきらいじゃなくなってきた。人生には凹んでいる時間だって必要なのかも、なんて思えるくらいに僕は打ちのめされている。けれど、歌詞みたいな教訓を胸に抱いて生きていけるほどには、純粋でもない。というか、教訓じみたセンテンスに今までで一番うんざりしている。分かったような教訓を眺めながら暗い半年を過ごしてきたから。
自分の「変化」というものを考えると、かえって何にもわからなくなる。自分の過去にあまり頓着しない性質なので、今年の最初ですらどんなことを考えていたかと問われても返答できない。けれど、何か一つの軸に沿って考えればその時の気持ちも一緒に引き出されることも多い。ここで読書遍歴の出番。
読書そのものについて、本を習慣的に読むようになった2年前よりも幻想を抱かなくなったけれど、習慣は根強く残り続けた。選ぶ本の種類も一年単位で区切って振り返れば大きく変わってきている。今年は特に海外文学を読むことが増えた。自分で一から選んでいるわけでは無く、亡くなった叔父が残した大量の本の山からピックアップしているだけだが、選ぶ本のレンジが広くなったのは文句なしにいいことだ。
※作品の並びは読んだ順
※読み終わってから時間が経っているものも多いので間違ったことを言っている可能性もあります。看過できなければご連絡ください。
日本の小説
檸檬 他短編(冬の日等)- 梶井基次郎
回転木馬のデッド・ヒート - 村上春樹
雨天炎天 - 村上春樹
地中海近郊の旅行の紀行文。トルコ人に道を尋ねたいときはマルボロを一箱渡せばいいというのが面白くて、友人とよく笑いのネタにしていた。賄賂にはマルボロ、覚えていて損はなさそう。
神の子どもたちはみな踊る - 村上春樹
パン屋再襲撃 - 村上春樹
村上春樹の短編は読み進めるのが楽すぎて、大体記憶から欠落してしまっているけれど、パン屋を襲撃する話は忘れがたい。まさか再襲撃するとは思っていなかったのもあるし、斜線堂有紀さんがネタにしていたのもある。
取り替え子 - 大江健三郎
悲しき熱帯 - 村上龍
潮騒 - 三島由紀夫
TVピープル - 村上春樹
夜は短し歩けよ乙女 - 森見登美彦
お気に入りの作家の一人。だけど、最初に読んだ『ペンギン・ハイウェイ』が一番好きで、ああいったテイストの作品をどうしても探してしまう。飄々とした語り口も好きなんだけど、ミステリアスなジュブナイル小説を描ききった構想力は他に類を見ないと思う。この作品は、舞台が自分の身の回りにかなり関係しているので、そういった面では面白かったし、的を得すぎて恥ずかしくも感じた。
羊男のクリスマス - 村上春樹
街とその不確かな壁 - 村上春樹
基本的に僕は、売れて名の通っている作品しか読まない(結果として昔の作品が多くなる)。それが良いのか悪いのかはさておき、今年は村上春樹の本をよく読んだ。2023年になっても村上春樹を貪るように読んでいる若者はいます。ここに。去年読んだものと合わせれば、長編小説はほとんど全て読み切ってしまった。リアルタイムで新作長編の発表にお目にかかることはないだろうと諦めていたけれど、出ました。村上作品は物語の構造がどれも似通っていて、視点が同じだと感じるけれどやっぱり面白い。『街とその不確かな壁』は昔発表された作品の焼き直しらしいが、アナザー『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』って感じで楽しめた。
沈黙/あまりに碧い空 - 遠藤周作
津軽 - 太宰治
レキシントンの幽霊 - 村上春樹
夜行 - 森見登美彦
太陽の塔 - 森見登美彦
武州公秘話 - 谷崎潤一郎
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 - 村上春樹
女のいない男たち - 村上春樹
お艶殺し/金色の死 - 谷崎潤一郎
キッチン - 吉本ばなな
今年で一番衝撃を受けた作品のひとつ。女性的な感性というと時勢的にややまずい気もするけれど、男が描ける物語ではない。二次的なことはあまり調べていないけれど、社会を大きく震わせた作品なのだろうと推測するに余りある。これも自分の世代ではないけれど宇多田ヒカルみたいな感じ? 僕の中では、今後も取って代わられることのない作品。
カンガルー日和 - 村上春樹
推し、燃ゆ - 宇佐美りん
少将滋幹の母 - 谷崎潤一郎
星やどりの声 - 朝井リョウ
風立ちぬ - 堀辰雄
どちらかというとジブリ作品として有名な作品。宮崎駿監督によってコラージュされた映画も最も好きな作品の一つだけれど、原作(?)も素晴らしく良かった。痛切でリアルな物語が詩的に描かれる。それでいてリズムがよく、読みやすかった。
騎士団長殺し - 村上春樹
リセット - 北村薫
ひとがた流し - 北村薫
一人称単数 - 村上春樹
海外小説(翻訳書)
ヘミングウェイ短編集(一)(二)
ハムレット - シェイクスピア
わたしを離さないで - カズオ・イシグロ
超有名な作品。僕は去年まで海外小説をあまり読まなかった。文章の内容よりも文体や調子を重んじるので、翻訳では繊細なそれらが抜け落ちてしまうと考えていたからだ。そういう意味ではこの作品でも、文体にとても感銘を受けたわけではないけれど、長編小説の構想力、設定の活かし方、感情描写が抜きん出て素晴らしかった。設定自体は結構SFなのに、それを最初から明かさずに世界観を作り上げていく。読んでいて薄々と設定に気づいてきた頃にはページをめくる手が止まらなくなっていた。僕が今まで読んできた作家の中では長編の最高峰だと思う。(短編は太宰治)
異邦人 - カミュ
転落・追放と王国 - カミュ
老人と海 - ヘミングウェイ
シャーロック・ホームズの冒険 - コナン・ドイル
ぼくが電話をかけている場所 - レイモンド・カーヴァー
短編というのはどうしてもメッセージ性に欠けることが多いが、特にこの作品はその類だ。少しオーバーに言うと、読んでも読まなくてもいい。けれど、何かが前に進んだわけでもなく、かなり救いがなくて、シニカルなこの作品に、僕はどうしても惹かれてしまった。
必要になったら電話をかけて - レイモンド・カーヴァー
白い牙 - ジャック・ロンドン
リトル・シスター - レイモンド・チャンドラー
緋色の研究 - コナン・ドイル
日の名残り - カズオ・イシグロ
フラニーとズーイ - サリンジャー
かなりメッセージ性の強い作品。確かにちょっとお説教くさいというか講話みたいな箇所もあるけれど、語り口が独特で、一人のセリフが長々と続いても飽きがやって来ない。僕自身がフラニーの歳に近いので、青年期の理解が深いなあと感心した。おそらく青年期には少なからず共通する、社会に対して感じる漠然とした苛立ちや気持ち悪さというのを言語化して、物語として再構成するのは(誰もがそう感じているとしても)易々とできることではない。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』もつい先日買った。
ザ・スコットフィッツジェラルド・ブック
ナイン・ストーリーズ - サリンジャー
海外小説(原書)
PARKER PYNE INVESTIGATES - アガサ・クリスティ
アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』が手元にあったのでページをめくってみると、言葉遣いが結構簡単だったので、原初にあたってみることにした。読むのには時間がかかったし苦労したけれど、面白かった。
新書・実用書・エッセイ
村上春樹、河合隼雄に会いにいく
陰翳礼讃 - 谷崎潤一郎
一部抜粋された表題エッセイを受験勉強で読んだのがずっと記憶に残っていた。およそ100年前の時点での日本と西洋の比較。今では最早、日本の中の西洋化した部分を取り出してきて論じるにはかなり歴史に通じていないといけないし、境界はずっと曖昧になっている。中でも照明と家具、美術品についての谷崎の視点は頭の片隅にじっと残っている。
シーシュポスの神話 - カミュ
哲学者としても有名だったカミュが『不条理』について論じているエッセイ(あるいは新書?)。『不条理』をキーワードに、カミュが人生について論理的に語る。ちょうど今の自分だからこそ刺さった文章も多かったと思う。あとから現象学を少し勉強したが、今思い返せば影響を受けている部分があると思う。
人間の土地 - サン・テグジュペリ
カミュと同じく20世紀中頃のフランスで活躍した作家。そしてパイロットでもある。この頃のフランスは世界の文化的中心だと言っても過言ではない。『星の王子さま』は正直何度も読んだけれどそこまで好きではなかった。けれど『夜間飛行』『南方郵便機』を読んだ時に彼独特の人生観——そしてそれはおそらくまだ技術がまだ十分に発達していない時代の、死と隣り合わせのパイロットという職業から得た人生観——に惹かれてこの本も手に取った。エッセイという形式でサン・テグジュペリの生き方がより鮮明に描かれている。
人生を変えるモーニングメソッド
もっと知りたいBauhaus
西洋美術入門 絵画の見方
ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか
もっと知りたいカンディンスキー
20世紀デザイン - トニー・セダン
寺社勢力の中世
中世はなんだか曖昧にしか語られないよなと思い読み始めた本。もちろん近代に比べて資料が少ないので仕方ないけれど、近代と比べると中世はまるで理性なんて存在しなかったみたいな印象を受けてしまう。日本においては中世の歴史的資料は寺社に保管されているものがほとんどで、いわば最も研究しやすいテーマであるそうだ。自分が京都在住で、中世の寺社といえば関西、特に京都が中心となるので地理的にも楽しめた。
人間性心理学入門
失礼な敬語
文章読本さん江
デリダ脱構築 - 高橋哲哉
夜と霧 - ヴィクトール・フランクル
風土 - 和辻哲郎
文章讀本 - 谷崎潤一郎
現象学という思考
本の振り返りは終わり。来年はまず、読みたいと思ったままの作品(いわゆる積読)をちゃんと読むことにしようと思う。グッドバイ、2023年。