脱・運ぶだけの物流業界!挑戦から拡げる可能性 #01 【NYKデジタルアカデミー学長 、日本郵船株式会社イノベーション推進グループ長 石澤 直孝】
ロジ人では物流テックと分類される業界の著名人、サービスをインタビューしていきます。今回は、日本郵船株式会社イノベーション推進グループのグループ長であり、NYKデジタルアカデミー学長として人材育成を精力的に行っていらっしゃる石澤 直孝さんにインタビューをしていきます。#01では物流業界から新規事業を生み出す「NYKデジタルアカデミー」についてお聞きしていきたいと思います。
物流人材の可能性を引き出す「NYKデジタルアカデミー」
ー 現在の仕事内容を伺ってもよろしいですか。
NYKデジタルアカデミー(以下、デジタルアカデミー)の学長と日本郵船のイノベーション推進グループ長を兼任しています。2019年から始めたデジタルアカデミーを通じて、ビジネスリーダーの育成に挑むと同時に物流人材の可能性をどこまで引き伸ばしていけるかチャレンジしているところです。
カリキュラムとしては、大きく3つのパートに分かれています。まずは「座学」です。受講者のみなさんには最初の2ヶ月でビジネスリーダーとして求められる知識を、駆け足で学んでいただきます。
次は「合宿」です。イノベーションを起こす手法として「デザイン思考」を弊社のフィリピン、シンガポールのナショナルスタッフのみなさんと一緒にグループワークで体験していただきます。
最後が「演習」です。3~4人ずつのチームに分かれ、受講者のみなさん自身で選んだテーマを追求し、「イノベーション」、すなわち当社にとって今までになかった市場、顧客の創造に挑んでいただきます。そのために、自分たちの力で社外の専門家や企業のみなさんとの関係を築いてもらいます。
ー 具体的にデジタルアカデミーではどういったことを学ぶのでしょうか。
最初の「座学」は、経営学修士(MBA)の授業を取捨選択してコンパクトにしたものとご理解ください。それでも2カ月で学ぶのはそれなりの分量になりますが、ストレスを感じず、楽しく学んでいただく工夫は随所にこらしています。
たとえば、統計や解析などの数理科学については、「渋滞学」で著名な東京大学工学部の西成教授に、解説、ご講義いただいております。具体的に、倉庫や工場などの物流現場やトレーラーの配送計画などに応用するととんでもないカイゼンにつながる事例など、「日常業務に高度な数理科学が役立つんだ!」「しかも、これなら私でもできるじゃないですか!」と、楽しく感動してもらい、エネルギーを高めながら学びを進めていきます。
次に三日間の合宿を行います。イノベーションをおこす「型」としてデザイン思考を学ぶ合宿を行います。これは、フィリピンとシンガポールのナショナルスタッフと行います。なぜ、外国の方と一緒に学ぶのかというと、なるべく多く違う考え方、違う経歴、違う文化を巻き込みながら新しいビジネスについてグループワークで考えるほうが、よい学びにつながるという考えです。
もちろん教材も会話も英語で行います。英語の苦手な方の中には、最初ちょっと心配に思うこともあるようですが、グループワークなので、なんだかんだいって語学の得意なメンバーもいるので問題ありません。
それよりも、語学がたどたどしくても、アイディアや知識、実務経験などが豊富で、考えがしっかりしていれば、グループワークであればまったく問題ないということが体験できるので「語学が苦手でも、大丈夫だ!」と自信をもっていただき、「ひと皮むける」いいきっかけになっています。初めて海外駐在することになったが、英語が苦手で不安に思っている方にも受講していただいたら、ちょっと気持ちを楽にしていただく効果があるかもしれませんね。
最期の「演習」では、3人1組になり、自分たちでテーマを決めて研修の中で好きな事業にチャレンジするといった取り組みです。もちろん本研修の主目的は、ビジネスリーダーとして能力を高めて、飛躍していただくことですし、数カ月という限られた時間ですから、すべてのチームが実案件としてビジネスを始めることができるわけではありません。
しかし、受講者のみなさんが真剣になって実案件の発足に取組むことによって、企業が生き延びるために必要だといわれる、イノベーションとは何か?そのためには、どう考え、何をしたらよいのか?といった事業経営者であれば会得しておくべき「経営のいろは」のようなものを、いずれ事業経営を担う社員のみなさんにあらかじめ学ぶことができるということになります。
ー とても内容の濃い研修のようですね。研修において特に大事にされていることはなんでしょうか?
受講者の皆さん同士が仲良く、深い信頼関係を築いてくれることです。これは、「ビジネスリーダー」として必要不可欠なコミュニケーション能力、リーダーシップを高めていただくことにより確実なものとなります。
そこで、受講者のみなさんにご自身のビジネスパーソンとしての価値観、ご経験などを披露しあう時間も設けています。持ち時間は1人30分ずつで、差支えない範囲で自分をさらけ出して共有していく講義です。
大事なことは、発表を聴いている他の受講者のみなさんの反応です。発表に対してみんなで良いところ“だけ”に焦点をあて「すごい!えらい!おもしろい!」と、とにかくわいわいと褒めちぎりあいます。決して後ろ向きなことを言ってはいけないというルールです。ルールをわかってはいても、11人の観衆から30分以上もひたすら褒めちぎられ、シャワーのように前向きな言葉を浴びせられると、当然、気持ちのいいものですね。
「なんだか、これまで色々あったけど、デジタルアカデミーを受講して、自分の社会人人生もまんざらでもないとう気持ちになって、勇気が湧いてきました」などと、言っていただける受講者の方もいます。また「ヒトを褒めちぎるって、実は気持ちのいいものですね」という気づきも得ていただきます。
組織にいると人の粗を探して指摘しあい、仲が悪くなるループがありますよね。その逆で、ルールを設けたうえで失敗談を共有して、称えあいます。これを1ヵ月弱続けて、絆を深めていくのが目的です。
この講義を成功させるためにどうしても必要なことがあります。それは、できるだけ自分のやってきたことをいいことも悪いことも含めてみせて、思っていることを本音で語るということです。つまり、カッコをつけない、ということですね。
初対面同士のメンバーではどうしても心理的バリアがあります。そこで、チーム作りのお手本として学長である私が、最初にどんどん『恥かき体験』を話します。「こんなに私は失敗をしたし、『社会人失格』みたいなことをいわれたりして、ヘロヘロになりながらもなんとか生きています」と。「細かいことは気にする必要ない」「カッコをつけなくてよい」と受講者に伝えるためのサンプルです。そこからプロジェクトが始まります。
研修から生まれる意外な新規事業
ー ここまでの話を聞くだけでも楽しそうです!研修の中で、受講者はどのような事業にチャレンジされるのですか。
この研修の主目的はあくまでも人材育成ですが、同時に副産物として、NYKデジタルアカデミーという社内大学は新たな市場、顧客を創造する「新規事業製造装置」としても機能もしています。ゆっくりとした緩慢な活動ですが(笑)
本研修で受講者みなさんが真剣に取り組んだ結果、実際に企業や研究機関などとご一緒に取組む新たなビジネスになった事例をいくつかご紹介いたします。
一つ目は、宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)と共同事業で取り組むことになった「宇宙事業」です。グローバルな視点で宇宙事業の勢いは加速していますが、国内では足踏みをしている段階です。船舶の特性を活かして、日本企業として宇宙事業に打って出ようと思いました。
ロケットは地球の自転で発生する遠心力を使うと遠くまで飛ばせる特性があります。なぜロケットを種子島から発射しているかというと、日本の南に位置するため赤道に近く、遠心力が大きくなるからです。一方で衛星の軌道は北にあります。要は発射に適した場所が、重要視するポイントによって異なってしまっているのです。
それであれば船舶を用いて、より最適な場所で発射すればよいのではないかと考えました。燃料は種子島からロケットを飛ばす半分の量で済みます。切り離されたロケットの回収にあたっても、陸地だと危険が伴いますが、船舶を使って洋上で回収すればリスクを回避できます。このプロジェクトは正式にJAXAの案件として受託されました。デジタルアカデミーから生まれた取り組みです。
二つ目は「生物多様性の調査」です。これから企業も生物多様性にどれくらい寄与するのかが問われる時代になってきました。実は海の中の生物は陸上と比較して調査が進んでいません。そこで我々はNGOや東北大学、北海道大学などと組んで船舶で海を通る際に、海面の水をバケツに一杯ずつくんで、そこに浮いているDNAの破片を分析することにしました。
かつて800万種いた生物も、今では700万種までに減少してしまっています。生物を守るためには、そもそもどれだけの生物がいるか把握しなければなりません。最近サンマが減っているといいますが、いなくなってしまったのではなく、どこか別の場所に行ってしまっているのです。ではサンマはどこにいるのでしょう。そういったあたりも含めて生物多様性の調査を進めています。この取り組みもデジタルアカデミーから生まれており、科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム」に採択されました。
他にもいくつもの事業が生まれており、新たな顧客の創出に繋がっています。社外でもこれらの取り組みが評判を呼ぶようになり、48企業8大学にデジタルアカデミーの講義を提供しています。
ー 素晴らしい取り組みと成果ですね!
新しい事業が生まれる確率についてスタンフォード大学の調査によると、4,000件の新しいアイディアがある場合に、パートナーを見つけて事業になるのは5%にあたる226件しかないそうです。それが大きな収益を生んで組織の拡大につながるのは、さらにその中の5%にあたる12件。傑出した成功をするのは、さらにその20%の2〜3件しかありません。UberやAirbnbがこの2〜3件にあたります。
我々の研修では社外のプロフェッショナルなキープレイヤーと一緒に事業をするためにNDA※を結ぶことを目標としています。最初は座学を行っているので、実質3ヶ月弱でこのレベルまで達するのは結構大変なことです。
ー 研修から誰もやったことのない新しい事業が実際に始まるなんて、本当に大変だと思います。
そうですね。ただでさえ新しい事業、それも過去に前例のないアイディアを実際に実行することは大変です。研修ともなるとなおさらかと思います。しかし、そんな、まだ誰もやったのことのないサービス・新規案件が、この研修活動を通じて現実のものとして続々と生まれつつあります。いずれも、日本郵船として提供したことのない新しい価値を、お付き合いしたことのない新しいお客様に提供するものばかりです。
たとえば宇宙事業でいえば、もともと日本郵船とJAXAは、お付き合いがまったくありませんでした。その状況下で「一緒にやりましょう」といっていただけるような、胸に刺さる提案がこの研修を通じて生まれました。
新規事業にチャレンジする意義
提案ができるようになればビジネスマンとして一皮むけるので、仮に新規事業が生まれなかったとしても教育プログラムとしては成功です。
「7対2対1の法則」があります。「学びとは7割が体験、2割が先輩や同僚からの助言、1割が研修などのトレーニングから得るものである」という法則です。この研修では、7(体験)も2(助言)も講義の中に詰め込んでいます。
もともと研修は学びのうち1割でしかないわけですけれども、研修として外に出れば、先輩やキーパーソンから助言をいただける機会になりますし、実際ビジネスを始める際にも経験が力になります。
ー 研修でありながら実践を伴うことで、ビジネスマンとしての経験にもなるのですね。改めて新規事業に挑む意義を教えていただけますか。
新しい事業の立ち上げは、他人ごとでいると絶対にうまくいきません。「がんばれ!一緒に頑張るから」と人を励ます体験をしてもらっています。手を抜かないように3人1組で動くことで、人を勇気づける自立心と戦略的思考を身に付けます。
ぜひ機会があったら、成功している企業の経営者で、過去に新規事業に携わった経験がある方を調べてみてください。優れた方が多いと思います。新規事業にチャレンジすると、生半可ではうまくいかないことがわかりますし、苦労もするので人に優しくなります。そういったビジネスリーダーを育てたいことがひとつです。
また既存の事業に固執しすぎると、今いるお客様がすべてだと思い込んでしまうリスクがあります。例えば宇宙事業のJAXAであったり、生物多様性への取り組みを評価してくださるNGOであったりといったお客様は既存の事業の中からは出会えなかったと思います。既存のお客様はもちろん大切なのですが、次の時代の新しいビジネスを考える際には、そのお客様の声ばかりを真に受けてはいけません。
よく、1つの事業の寿命は大体30年から40年といわれていますね。もちろん例外もありますのであくまでも通説です。
しかし、年数はさておきひとつの事業が永遠に続くと信じる人はいないでしょう。どんな事業もいずれ陳腐化し、お客様からの支持を失う可能性があります。そこでもともとの事業が陳腐化する前に、次の事業を繰り出していけば企業が生き延びる確率が高まることは間違いないと思います。つまり新規事業です。こういった話はMBAの教科書にも書かれていますが、新規事業を始めてみないと肌身に感じては中々わからないものです。だから新規事業にチャレンジしてもらっています。
ー なるほど。経験を通して体感する重要性を感じました。
はい。新たなお客様、新たな価値の創造に挑戦し続けるとは必要不可欠です。日本郵船グループの既存の事業は貨物輸送の需要家であるお客様にご奉仕することがメインです。
製造業や小売り流通業、エネルギー産業、農業などの産業分野における貨物輸送の需要家であるお客様に、輸送、保管、流通加工、などの物流サービスを提供し、そのコストや品質、リードタイムをより優れたものにカイゼンし、深化し磨きこむといったことを主業としてきました。これからも、間違いなくわれわれの大事な事業の柱であることは間違いないでしょう。
それはそれとして、われわれの経営資源は大きなポテンシャルがあるのだと考えます。すなわち、今は出会っていない未だ見ぬお客様、まだ知らない大きな市場があるはずです。
まさか運航する船が生物多様性の調査に貢献するとか、船上電子通貨を用いて場所を選ばない金融サービスを始めるなど、当社の社員でも想像した方は少なかったはずです。宇宙事業しかりです。
物流にはこうした可能性もあるんだよということも示したいですし、世の中のためになりたいです。そのための知恵を生み出していきたいと思います。
<取材・編集:ロジ人編集部>
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