瀧井朝世氏の『愛の論理学』書評!
瀧井朝世氏といえば、『朝日新聞』をはじめ『波』『きらら』『週刊新潮』『an an』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』など、数えきれないほどの新聞や雑誌で書評を担当されているほか、TBSテレビ『王様のブランチ』ブックコーナーに出演、今ではブレーンを務めるという、日本を代表する「書評家」である。
滝井氏の書評の特徴は、何よりも「温かい」ことだと思っている。彼女が心の底から「書籍」が好きであろうことは、どの書評からも伝わってくる。文体は、論理的でクールに映るが、その背後には、対象とする書籍から知識を貪欲に吸収し、作者の真意に迫ろうとする熱意が隠されている。つまり、内面に燃えるような情熱を秘めていながら、リズムは軽快なボサノバのような人なのだろうと勝手に想像しているのだが、いかがだろうか(笑)?!
「笑って学べる高橋マジック」!
さて、その滝井氏の『愛の論理学』書評が「本の旅人」(KADOKAWA)2018年7月号に掲載された。滝井氏への感謝を込めて、ここに紹介しよう。
定年を迎えた大学の名誉教授が、ふらりと立ち寄る馴染みのバー。マスターはかつて彼の研究室にいた元大学の非常勤講師。論理学が専門だったという二人の会話に参加したアルバイトの学生アイは、名誉教授に〝愛〟とは何かを教えてほしいと乞う――。これ、小説のあらすじではない。「愛」というものをさまざまなアプローチから論理学的に語るノンフィクション『愛の論理学』の第一夜の冒頭だ。
著者の高橋昌一郎(たかはししょういちろう)氏は論理学・哲学を専門とする國學院大學教授。講談社現代新書の『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』の三部作で人気を博した書き手である。実は私も書店でたまたまタイトルに惹かれて『理性の限界』を購入し、夢中になった一人である。学びながらも大爆笑、という稀有な体験ができるのは、この新刊も同じである。
特徴は会話形式になっていること。『理性の限界』も会社員や大学生、科学主義者たちが一堂に会し、論理学的命題についてワイワイガヤガヤと意見をたたかわせる内容だった。たとえば選挙の投票制度は本当に公正かどうか、学者だけでなく一般人が素直な意見を交わすため、まったく知識のない読者でも背伸びすることなく彼らの話に引き込まれていくのだ。脱線やツッコミも多々あり、みなキャラクターが立っていて笑える(本作で名誉教授が言及するカント主義者は、この三部作に出てきた人物だと思われ、ニヤリとさせられる)。
さて、この『愛の論理学』の設定はというと、名誉教授がバーを訪れるたびに、愛について異なる角度から話題が提供されていく。第二夜以降は国連職員や画家、心理カウンセラーら夜ごと客が一人加わり、彼らの体験も語られ、具体性が増す。
ひと言で「愛」といっても、そのアプローチは実にさまざまだ。第一夜は〈宗教学的アプローチ〉として、「愛」の発生はどこか、話は古代バビロニアにまで遡る。有名なハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」という規範は厳罰を意味するのでなく、実は「それ以上の『復讐』はしないように」と禁止することが目的、つまりは〝倍返し〟禁止を謳ったものだというのは知る人ぞ知る話。そこから聖書へと話を広げ、「愛」の概念の明確な表記について探っていく。第二夜は〈文化人類学的アプローチ〉として国連職員を迎え、コーランのフレーズや実際の事件を引き合いに出しつつイスラム文化における女性の立場、さらには他文化への内政不干渉と人道的干渉に話を繋げる。第三夜〈芸術学的アプローチ〉では画家が同席してゴーギャンの人生や、タヒチ在住の作家が飼い猫の仔猫を捨てたと告げた実際のエッセイについて、その作家の倫理観について真摯に、慎重に掘り下げていく。第四夜〈心理学的アプローチ〉では心理カウンセラーとともに「恋愛」の心理を分析し、第五夜〈社会学的アプローチ〉では同性婚を果たしたピアニストとともにLGBTについて語り、第六夜〈医学的アプローチ〉では差別の是正の難しさから、新生児救命についてと話を広げる。第七夜〈哲学的アプローチ〉では人類や宇宙といった壮大な話に。知識のないアイの質問に同席者が丁寧に回答するため、どれも非常に分かりやすい。また、誰かが主観的な意見を述べたとしても、最終的に名誉教授が公正な立場で話をまとめる構成に、配慮がうかがえる。
どれも歴史や事実、実例を盛り込みながら話は進む。学問としての普遍的な一般論を語るのではなく、今この社会にどんな問題があるのかを明確に提示していく姿勢が打ち出され、クスクスと笑いながらも今世界にどんな問題があるのかを実感することができる。どの夜も、深刻な話題が出たとしても最終的には美酒が出されて「乾杯!」で終わるため、軽い印象も残るが、この軽さがあるからこそ、ここに書かれる諸々の現実問題に向き合うことができるのも確かだ。読み終えれば世界に目を向けている自分がいる。ああ、またしても高橋マジックにやられた。
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