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マックビギナー、東京にて、月見マフィンを志す

朝マック。

たいへん優雅な響きである。


実家は外食の少ない家だった。

これには実家の教育方針もあるが、地元が完全なる車社会だったがゆえの中高生の行動範囲の狭さも影響している。
時折昼食にモスバーガー(比較的近所にあったため)をテイクアウトすることはあったが、サイゼリヤやケンタッキー等の有名チェーン店には、大学生になるまでほとんど行った経験がなかった。

ところが、一人暮らしを始め、私のチェーン店ライフは華々しく幕を開けたのである。

百万遍交差点はジャンクフードの玉手箱である。見渡せばマック、ラーメン、焼鳥、イタリアン…と、原色の看板がひしめき合っている。その光景が私をおおいに喜ばせた。ファミレスやファストフード店に飽きたらず、セブンイレブン、カラオケ店でさえも私をわくわくさせた。
自分ひとりで外出する。食べたいものを食べたいときに食べる興奮が、そこにはあった。


時刻は午前8時20分、話は変わって現在私はマクドナルド環八八幡山店にいる。東京で友人宅に宿泊した後、旅の途中の腹ごしらえである。

マクドナルドの朝は早い。
準備中のマクドナルドを私は見たことがない。それはまさに教頭先生みたいなものである。登校したときにはもういて、下校するときにはまだ帰るそぶりを見せない。 

マクドナルドに入店しまず初めにぶつかるのが注文の壁である。

マクドナルドの店員はみな特別な鍛練を積んでおり非常に迅速な動きをするので、私が入店しメニューを一瞥した瞬間に『ご注文お伺いします』という顔でスタンバイをする。これに毎度びくびくする。私は超絶ひよっこ仮免許マックビギナー雑魚客なため、そもそもマックにどんなメニューがあるのかを把握していないのである。
私はカウンターの前で旧センター試験の時よりも遥かに速く頭を回転させ、類い稀なる情報処理能力を遺憾なく発揮しマクドナルドのメニューについてその場で学習する。わけもわからない、本当に食べたいのかも定かじゃないが、気が付くと口は何らかのバーガーの名前を発している。それが答えだ。大切なのは自分の深層心理に委ねることである。

本日の私からは『月見マフィンで』という言葉が発された。

店員が【セット/コンビ/単品】という文字列を指して何か私に伝えた。

私には【セット/コンビ】の違いがわからぬ。セットのほうがコンビより何らか品数が多いのだろうな、ということだけ推測する。ただ【コンビ】におけるバーガーの相方が何なのかによって私の選択は変わってくる。ポテトか、ドリンクか、はたまた別の何かなのか。そう考えると何もわからなくなったので、ここは全部載せの【セット】が無難か。と、ここまで考えること時間にしてコンマ2秒、サイドメニューに目をやって驚愕した。
ポテトが、無いのである。

朝マックにはフライドポテトが存在しない。

代わりにあるのはハッシュポテトである。見たこともない平たい形をしている。魚のすり身だと言われたほうがまだ納得できるフォルムをしている。新世代のスマホだと言われてもぎりぎり納得できる。でも中身はきっと芋なのである。フライドポテトよ、こんな姿になっちゃって…私は遠く故郷のフライドポテトを想いひとすじ涙を流した。

最終的な私の注文は、月見マフィン・ハッシュポテト・Qoo白ぶどうとなった。(マクドナルドでドリンクを頼むときは自動的にQoo白ぶどうになる。これは趣味嗜好の問題ではなく人間としての義務である)おろおろしながら注文を済ませ、待ち時間にキャリーバッグを奥の席に押し込んでいたら朝マックはもう出来上がっていて、ベテランとおぼしき店員が席までトレイを持ってきてくれた。
『こいつマック慣れてなさそうだから助けてやろう』と同情されたに違いない。

ようやく腰を落ち着けて月見マフィンを頬張る。うますぎる。なんだこれ。
ベーコンが入っているなんて聞いていなかったし当たり前だけどちゃんとハンバーグ入ってんだな。月見のイメージに引っ張られすぎて卵をバンズで挟んだだけのやつを想像してしまっていた自分に軽蔑の念が生じた。
そしてハッシュポテトもまたうまい。形容しがたい食感、衣のちょうどいい厚み、飽きないが満足できるサイズ感、どれをとっても完全無欠のメニューであった。

このセットが600円なのである。我々消費者は企業努力にただ乗りしすぎている。
なんかこう、もっと私がマクドナルドに貢献する方法はないのか。募金箱とかないのか。【お客様の声】と書かれた意見書張り出し場所とかないのか。私がそのコルクボードをべた褒め意見で埋めてやる。

チェーン店は面白い。地元の店舗でも、下宿先の店舗でも、旅行先の店舗でも同じ味・同じクオリティが保証されている。知らん土地で、知らん関東人に知った味の料理を作ってもらっているというのは不思議な感覚である。不思議であるとともに、底知れない安心感が生まれるのである。

私のチェーン店開拓の旅はまだ続く。

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