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そのシャツ
会社を出たら 真っ直ぐ駅に向かう だいたい
仕事の終わりはまちまちだけど 五時六時に終わることは まずない
今日も九時を回っている だから真っ直ぐ
早く終わったら ひと駅分歩いたり 裏道をうろうろしたり
本屋やカフェに立ち寄ったり
あと 服を見たりとか
時々のぞく店がある
こじんまりとしたシャツだけの店 結構お気に入り
真っ白で素っ気ないショーウインドウに
白いシャツが 一枚だけディスプレイされている 白×白 いつも
一見しただけでは 普通の白いシャツなんだけど
あぁ 今日も釣られてしまった
膝丈がお似合いですね
丈とのバランスがいい
シャツの店に入って ふくらはぎの細さを褒められた あ 太さか
この天然な女性がシャツのデザイナーであり オーナーでもある
そしてワタシは この人とこの人のシャツのファンなのだ あ 推しか
上から二つ目のボタンだけが大きい 二倍くらい しかも歪んだ正方形
ちょうど子供が描いた絵のようだ
パウル・クレーの天使から採ったと言われれば 信じてしまいそう
小振りな襟と四角いボタン
するっとトレンドを避けているようで でも静かに主張しているようで
そこがいいと思う 素敵だと思う
「羽織ってごらんになりますか」
ここのシャツは とても着心地がいい
生地とか 縫製とか 基本的なところにこだわっている 多分
詳しいことはわからないけど
生地は100双の綿
それを十枚分ほど仕入れて 一枚ずつ丁寧に仕立てる
売り切れたら また十枚分仕入れる
シャツが好き 作っちゃうほど好き
だから作りたいように作っている とオーナーはおっしゃる
着る人を想像したりは しない
大きな姿見に一二三 三秒ジブンを映して 振り返る
「どうですか ワタシに似合いますか」
オーナーは 二三歩後ろに下がってワタシの全体を見澄ましてから
似合っている 雰囲気に合っている と笑顔で応えてくれた
そうか 雰囲気に合ってるのか 少しうれしい
「これ いただきます」
ちょっと高かったけど購入 悪目立ちも埋没もしなさそうだし
だいいち気に入っちゃったし なによりワタシに合ってるんだから
赤いビロードのプレートに
大ぶりでいびつなボタンが五つ六つ乗っている
どれも鈍いアイボリー ハンドメイドであるそうな
「よろしければ おひとつどうぞ 付け替えてお楽しみくださいね」
ありがとうございます
選んでいると 目が合ったような気がした
キミにしよう よろしくね
丸と五角形のあいだみたいなのをいただく
店を出て 駅とは逆の方向に
今日は少し歩きたい気分
足は自然と公園に向かった
昼間のワタシに会ってから帰ろう
いつもランチをとる公園
ひとりで過ごす 大好きなベンチがある場所
夕陽を背にすると 足元から影が延びる 真っ直ぐ
本当にワタシの影なの
あなたは少し痩せたみたい
そのシャツのせいかしら
大人よねぇ
でも 誰の歌なんだろう なぜこの歌を知ってるんだろう
タイトルも知らないのに ちょっと不思議
定番はない
気に入ったデザインは
例えば ポケットの大きさを変えたり
位置を少しずらしたりしながら 作り続ける
ただ 生地のロットが変わって 色が微妙に変化することはある
ワタシ 気づいてました
そのシャツ 二枚持ってます
文中の歌詞は「手相」より引用しました
詞:安井かずみ 曲:加藤和彦 歌:中山ラビ