2024.12.14
2024年12月14日、中村憲剛選手の引退試合が行われた。
引退してから4年の年月が経ってからの開催だ。
4年前といえば、ちょうどコロナ禍真っ只中。
まさか、こんな年月が経ってからでも引退試合が行われることが驚きである。
しかし、それだけいかに凄い選手だったかということを物語っているのではないだろうか。
今回の引退試合、実は直前まで行けるか行けないか一か八かの賭けでチケットを取った。
出産後、次にサッカー観戦できるのはいつか見通しが立たない状態だった。
恐らく私と同じ辺りに出産した人なら大体の人はそうであるかと思う。
ましてや私の場合、会場であるとどろきスタジアムまで住まいから距離がある。
しかし、夫の大好きな選手である中村憲剛選手の引退試合があるなら絶対行きたいねと夫婦で話していたため、色々条件をクリアして周囲に手助けをしてもらい万全の体制で当日の任務を遂行した。
手助けをしてもらった親族には本当に心から感謝をしている。
それにしてもだ、小野伸二選手の上手さに目が点になった。
ボール触るたびに私たちを含めて周囲がざわつく。
そして、やはり中村憲剛選手は観ていて気持ちがいい選手である。
何故そこにボールが来るのかというトリッキーなパスはもちろん、独特のプレースタイルは唯一無二の選手だと思う。
年月は大分経ってしまったが、引退試合が観られて本当によかった。
そして、この試合を観て思ったこと。
川崎フロンターレに携わっていた人は選手はもちろん、監督やコーチなど裏方の支える人もみんなフロンターレを離れても幸せになって欲しい。
選手は移籍をした際にファンサポーターが納得いかないとなると多かれ少なかれ叩かれてしまう。
しかし、選手だって人間だ。
どんだけ強いメンタルだったとしても、心を痛めてしまう。
数年前、プロサッカー選手の引退は平均で26歳頃という記事を目にした。
現在の会社員の定年は60歳。
もちろん他業種でこれより短い場合も長い場合もある。
そう考えると、サッカー選手だって人生がかかっている。
お給料を稼がないといけない。
そうだとしたら、たとえ好きだからだけで同じチームに居続けることがどれだけ難しいことだろうか。
そのようなことを考えると、たとえ移籍したとしても、自分が好きなチームに携わってくれた選手はどこに行っても輝いていて欲しい。
そして、一分一秒でもピッチに長く立っていて欲しいと願うばかり。
川崎フロンターレのバンディエラとしてプロサッカー選手人生を捧げてくれた中村憲剛選手はとても偉大だ。
きっと誰もが思っている。
憲剛さんはどの仕事をしても、その先を読み取る力と柔らかい人柄で成功を納めていたと思う。
正直私はしがない1人のひよっこサポーターだから、プライベートでの人柄など知る由もない。
ただ、試合中はもちろんメディアでの対応やコラム、何より練習後の麻生グラウンドでの誰にでもまっすぐ向き合ってくれるそのサービス精神旺盛な対応は、誰もがこの人ならどこに行っても誰からも愛される人なのではないかと思うはずだ。
事実、麻生グラウンドで対応してくれて印象に残っている選手はみんな他サポーターがみんな知っている選手だ。
そう、一流の選手になればなるほど対応がいい。
フロンターレでまだ試合にほとんど出られなかった若かりし板倉滉選手、とにかく対応がずば抜けてよかったです。
それだからと言ったらあれだが、今の活躍を観ていて本当に嬉しい。
憲剛さんの引退試合を観に行けて本当によかった。
私たち夫婦にとって最高のご褒美。
また、かあちゃん業頑張ります!
次にいつ行けるかわかりませんが、次行く時はちびっこサポーターも一緒に行けたらいいな。