ついに迎えた、その瞬間
高校時代、プライベートの楽しさによって隅の方に追いやられてしまっていた私のジャニーズ熱は、決してその火を消してはいなかった。
ただ、ずっとひたすら、その時を待っていたかのごとく、胸の中で燻り続けていた小さな小さな灯は、あっという間に燃え広がることとなった。
高校を出た私は、神奈川の専門学校へと進学したのだが、それから数カ月が経ったある日のこと、教室で私の真ん前の席に座っていた同級生の携帯の待ち受けが、ふとした瞬間に見えてしまった。
そこにはある男の人の姿が映っていて、それはきっと、アイドルに興味のない人間だったら「彼氏…?かな?」くらいの気持ちでやり過ごしたかもしれなかった。
もしくは「ふーん、わかんないけど…アイドル?俳優?そういうの、好きなんだぁ」くらいの、例えば道端で「あ、トイプードル可愛い」とか思うのと同じくらいの、一瞬の、自分でもそう感じたか感じていなかったかすらもわからないほどの、ほんの少し胸をよぎっただけの感情で終わっていたのかもしれなかった。
ただ、私にとっては、決してそんなふうにやり過ごせるほどの些細なことではなかった。だってその顔を、私は死ぬほどよく知っていたからだ。
彼女とは、学校で会えば普通にちょこちょこ雑談を交わすくらいの仲ではあったので、いともたやすく私は彼女にその話題を振った。
「ねぇ…あのさ。ちょっと聞きたいんだけど…もしかして、KAT-TUN、好きだったりする?」
その一言で、彼女は目を見開いて、そしてそれとほとんど同時に満面の笑顔を見せ、それから大きな声を上げた。
「うん!!そうなの!!なんで?え?もしかしておんなじ⁉」
「おんなじっていうか…うん、まぁ…さっき、ちらっと携帯見えたんだけど。待ち受け、ゆっちだよね?」
(『ゆっち』というのは、KAT-TUNの中丸雄一くんの愛称である)
「え~~~~!!うん!そう!やだ恥ずかしい!でも嬉しい!KAT-TUN好きなの⁉」
「あ、うん、まぁ…わたしは、亀梨くんなんだけど」
「あ~~!亀かぁ!カッコいいもんね~!!」
オタクというのは、一人で没頭していることもひたすらに楽しめる人種ではあるけれど、そこに同志がいれば殊更にのめり込んでいってしまう性質がある。
恋愛で「私、○○くんのことが好きなんだ」と口に出した瞬間に、ますます好きになってしまう、というのと少し似ている。
私も例外ではなく、これまで以上にKAT-TUNへとハマっていくことになった。
奇しくもその頃ちょうど、KAT-TUNはデビューを目前に控えて絶賛売り出し中の時期であり、誰がどう見てもジャニーズJr.のトップを張っていた。
ジャニーズJr.(ではないジャニーズもゲスト出演したりもするが)には、今もなお続いているNHKでの「少年倶楽部」という冠番組が存在する。
この少年倶楽部、通称「少クラ」で、人気のJr.はそれだけ多くの尺を与えられているし、NHKホールでのファンクラブから募った観客を入れての収録なので、その歓声の大きさも人気度合いに比例している。
そのへんの観点から見ても、KAT-TUNが押しも押されぬ人気Jr.であることは火を見るよりも明らかな事実となっていた。
この少クラはBS放送だが、KAT-TUNは地上波でのレギュラーも持ち始め、少しずつ確実にその露出を増やしていた。
「そろそろデビューが近いはずだ」と、オタクなら誰もが感じていたはずだ。
そして間もなく、KAT-TUNの知名度を爆発的に押し上げたあの化け物ドラマの放送が開始となる。
そう、「ごくせん」だ。
仲間由紀恵演じる、実は極道一家のお嬢であるという身分を隠しながら教鞭をとる熱血高校教師と、不良高校生たちとの物語。
視聴率はめちゃくちゃ良かったので、記憶にある人も多いだろう。
第一弾は松潤が仲間由紀恵に準ずる主役を演じ話題になったが、その第二弾でそのポジションを担ったのがKAT-TUNの二人。
今はすでにKAT-TUNを去った赤西仁と、そして亀梨和也である。
これがもう、話題になったのなんの。いや、身内贔屓も含まれるかもしれないが。
赤西演じる、不良クラスのリーダー的存在である矢吹隼人と、亀梨演じる、そのグループに属してはいるようだけれどなんとなく陰のある小田切竜。
その脇を固めていたのが速水もこみちに小池徹平に小出恵介。
今振り返ってみても、人気が出ないわけはないだろうというラインナップなのだが、なんせこれが本当に人気になった。
私が見て楽しんでいるのは当然のことながら、当時中学生だった我が弟が「クラスでもみんな見てる」「女子は、赤西派?亀梨派?とか言ってる」などと話していたので、その人気ぶりはうかがえる。
ちなみに、ごくせんを機にKAT-TUNのファンになった者のことを当時「ごく出」と呼んだ。
そして、そのドラマとほとんど同じタイミングで発表されたのがKAT-TUNのデビューであった。
予想はできていたとは言え、本当にうまいことやる事務所だと感心した。
KAT-TUNはなんせ、下積み時代がとても長いグループだ。結成してから6年くらいはJr.だった。
(まぁそこには、KAT-TUNの素行を心配していたジャニーさんがどうやらメンバーが全員成人するまでデビューさせないでおこうとしたという理由があったらしい。英断でしたよね、と思っている。デビュー発表は1月で、正確には2月に誕生日を迎える亀梨くんだけはギリギリ未成年だったのだが)
それだけ多くのファンもついているわけで、デビューに対してもそれぞれ様々な感情を抱く者がいる。
これは、たとえばバンドなんかの界隈でも「メジャーになっちゃうのは寂しい」とか聞いたことがあるし、実際お笑いの追っかけをやっていた友人からも「テレビに出始めるの嫌だった」とか言っているのを聞いたことがある。
これはジャニーズでも同じで、デビューが決まると同時に降りる(ファンをやめる)者もいたりする。
私はと言えば真逆で、デビューを死ぬほど喜んだ人間である。
今も、KAT-TUNのほかにも気に入っているJr.なんかがいたりするが、その子たちのデビューが発表されると嬉しいと思う。
だってデビューがしたくて努力してきたんでしょうこの人たちは。
デビューできなかったら事務所自体辞めちゃって別の道を選んでいたかもしれないんでしょう。
そんなの困る。絶対に嫌だ。だってそれはつまり、わたしが推しに会えなくなるということだ。そんなことはあってはならないのだ。
KAT-TUNが、KAT-TUNのままでデビューを果たせた事実を、私は噛み締めていた。
Jr.のときとはグループ編成が変わったりしてデビューしている他のグループを見ていたから、私はとにかくそのことが嬉しかったのだった。
…まぁ、仮にメンバーを変えるとかそんな話が出ていたとしたら、思くそ反発しそうな人たちしかいないグループだしな、とも思ったけれど。
ここから数年、私はKAT-TUNヲタクとして爆発する。
これまで燻らせ続けていた数年分の熱を一気に放出するかのように。