冥想と夢見(12)20220802

冥想と夢見(12)

2022年7月26日から書き始める。

男女の区分は、トリトコスモスのみの特性

今回のスターピープルオンラインの2022年7月末のコラムでは、チャクラを、7つのコスモスと結びつけることを書いた。ラマナ・マハリシは、ハタヨガはあまり好ましくないと主張したが、これは身体の中にある7つのチャクラに固執した姿勢を批判したともとれる。ラマナ・マハリシは、チャクラの定義を比較的抽象的なものにとどめているが、実際の話、チャクラは肉体の中にあるのか、それともエーテル体の中にあるエネルギィのボルテックスなのかわからない。
 もうひとつ、月刊アネモネで、聖なるセックス特集があったそうで、ここで宇宙人と性交した人の話が掲載されているらしい。クンダリニは、イダ、ピンガラ、スシュムナという管の中の真ん中のスシュムナを上昇する。
 あるサイトでは、「イダは、女性的、月、陰、静的なエネルギーラインで、直感、感情などを調整する役割があるとされ、副交感神経が優位になった時にイダのエネルギー作用が高まり、通りが良くなると考えられている。 ピンガラは、男性的、太陽、動的なエネルギーラインで、論理的な思考、活動的行動を支える役割があるとされ、交感神経が優位になった時にピンガラのエネルギー作用が高まり、通りが良くなると考えられている。」(ヨガジャーナルオンライン)と書かれているが、性的な関係というのは、男女の関係として行われるものなので、男と女がいないと成立しない。女性的イダ・ナディと、男性的ピンガラ・ナディは、男女関係という、電磁気的相互束縛作用に拘束されているのだが、それそのものが、中心点(スシュムナ、性センター、中性ないしは両性具有)を見つけ出す前の前駆的存在性なのではないかと思う。
 真の存在性を見つけ出す前に、男性と女性がうろうろ模索しているのだ。プラトン説だと、地上に生まれてきた時、人間は半々になるので、もとに戻りたくて、失われたものを求めて行くという。しかし、真の意味での半身ではない異性を半身と勘違いするので、これが迷いを増やし、反対に地上は多数の人間というバラエティが増える。原初的なものとしては、男男、男女、女男、女女という4パターン。
 宇宙人にも惑星人としては、たくさんの進化段階があるので、地球のみで成立しているような男女の違い、模索としての性というのがあるのかもしれない。(少なくとも、わたしはそれをあまり知らないし、わたしが関わる宇宙存在はあまり関係がなさそうだ。そもそも形を簡単に変えてしまうし。)性センターの特質は、(半割れになる前の状況故に)「外界に対する徹底した無関心」であり、性的な関係というのは、実はあまり楽しく感じないし、もしそれをするとしても、相手が真の半身でないために、ストレスとか不快感を感じるケースは多いと思う。何か似ていても、違うと感じるのだ。性センターは、H12の振動密度で働くので、これは地上的な形、物質性、具体性というものをほとんど見ていない。見ていないというのは、無関心ということだ。動作センター、本能センターさえ、H24で働くので、渋谷のスクランブル交差点を、スポーツカーで、走り抜けるようなもので、どんな人が立っていたのかさえあまり見ていない。
 この男女の性というのは、男と女というふたつの要素で考えるのだが、実際は、このレベルは、3つの要素があり、そのうち、ひとつを忘れていたか、発見できない状態で考えるから、何か不自然さが出てくるのではないかと思う。宇宙原理としての2の数字は、1なるものが、自己分割して、2の数字になり、これは中国の陰陽魚のようなものだが、この2の数字に、男女、性などを関連させるのはかなり無理があり、性をあらわす部分はやはり3つの要素の共同する三角形のところにあり、たとえば、男性と女性が一体化して、3番目の要素が出てくると考えてもいい。それはあたかも架空の要素であり、またすぐに見えなくなると考えるのがいいのではないか。そして、性センターのセンター出しができた人は、この3番目のものを実として、その下にある男女の二極性をサブ的な要素とみなすことになる。

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