信じる理念から作られるデザインガイドライン
前回の記事はパタゴニア社が大事にしてきたプロダクトと組織の考え方を紹介しましたので、今回はデザインと理念の関係性について紹介します。前回の記事はこちらです。
パタゴニア社は組織の急拡大後に業績が落ちたことがあります。それを期に持続可能な成長に見合った意思決定が必要と考え、社内に理念をより周知させるようになります。ただ成長とともに社員も入れ替わり、さらに人々のライフスタイルも変容するような事業環境では理念を守っていくことが難しいことでした。
そこでパタゴニアは理念は規則ではなく「指針」であるという考えを持ちます。指針を参考に実践方法は状況によって変えることで柔軟に対応でき、上司の指示を待つことなく自分で判断することができるようになります。根底には同じ価値観を各部門で共通しているからコミュニケーション不足を防ぎ、1つにまとまることができました。
この指針となるガイドラインは8つあり、製造からマーケティング、かたや財務まで幅広くありますが、その中で最初の記されているのがデザインです。数ある理念の中から今回はデザインと理念(フィロソフィー)の関係性について紹介します。理念の指針となるデザインガイドラインとはどのようなものなのでしょうか。
常に最高を目指す
パタゴニアはプロダクト主導型の会社です。プロダクトがなければビジネスは成り立たちません。だからミッション・ステートメントに最高の製品という言葉で始めています。
補足:ちなみに執筆時は「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」でしたが2019年にパタゴニアはミッション・ステートメントを「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」に変更しています。
ここでの最高というのは価格における最高ではありません。最高の定義について創業者シュイナードとデザインディレクターでありチーフデザイナーのケイトは最高のデザインについて話しました。ケイトは衣料品の最高は手織りで仕上がりも完璧なイタリア製のシャツだと言います。しかしシュイナードは洗濯乾燥機で洗えずドライクリーニングしなければならないシャツが誰にとって最高なのか疑問を持ちます。パタゴニアではそういう衣料品は売りたくなと思ったからです。人の趣向によって求める品質は変わるためシュイナードとケイトと徹底的に話し合い、パタゴニアのデザイナーが客観的に判断可能なデザイン基準を定めました。
以下がそのデザインについてのチェックリストです。
①機能的であるか
パタゴニアには機能に合ったデザインや素材を選ぶ工業デザインの考えを衣料品に持ち込みました。機能性を追求せずとも見た目の素晴らしい製品は作れるが、それはパタゴニアのプロダクトとは言いたくありませんでした。そんなもの誰が必要とするんだ、と。
②多機能であるか
クライミングにおいて荷物は少ないほうが実用性が高く、また環境面の配慮としても消費者が「買う必要はあるのか?」「手持ちの服で十分なのでは」と自問します。アメリカの詩人ヘンリー・ソローはこう言っています。
新しい服が必要なことには用心しろと言いたい
例えばスキー用に買ったクライミングジャケットをニューヨークでも着ることができるなら最高の製品と言えるのではと考えます(と言いながらパタゴニア社はプロフェッショナル向けの一式も作っていますが)
③耐久性は高いか
製品の最も弱い部分によって耐久性は決まるため、全体がほぼ同時期に使えなくなるまで痛むことが望ましくあります。リーバイスのジーンズはひざに穴が空く頃にポケットも穴が空いたりするように。
④顧客の体にフィットするか
パタゴニアの顧客は年齢も体型も幅広いためサイズ以外の分類も用意しています。ただ、どのプロダクトラインであっても同じサイズでフィットしなければなりません。こっちではMサイズだが別の製品ではLサイズがフィットするということは駄目なのです。
⑤シンプルの極致か
複雑なのは機能性が整理されてない証拠です。機能を中心としたデザインは必要最小限になることが多いからです。こんな話が紹介されています。ある敷砂の庭に粗砂と岩が3つ置かれていました。とても調和された空間に見えますが、持ち主いわく1つの岩で調和を生み出すこと目指したができず、これは本当は未完成な庭だったのです。
⑥製品ラインナップはシンプルか
以前に25種類の型紙と色のシャツを販売したことありました。在庫管理単位は125あり製造から保管までコストが増えたことで利益を圧迫しました。試算すると1種類を増やすのに2.5人の従業員が必要であることが分かりました。これは利益を損なうだけではなく、選択肢が多いことは決断する手間が発生し、結果として人を不幸にすると考えられています。
⑦革新なのか、発明なのか
発明には時間とお金が掛かりますが、革新はインスピレーションを得ることでごく短時間で劇的な変化を起こせます。同じ良いものつくるのでお発明は常に基礎研究が必要ですが、創造的なオリジナルからレシピのように拝借して融合する。それで良いものが生まれる。
⑧デザインはグローバルか
グローバル企業はその土地の市場に合わせたプロダクトを提供します。ただしパタゴニアはカリフォルニアの企業であり、カルチャーもセンスもカルフォルニアの影響を受けています。ゆえに思考とデザインが現在のままではパタゴニアはグローバル企業とは言えません。デザインを各地域の好みに合わせ実情に寄り添うことができればアイディアはより生まれるようになるだろうと考えます。
⑨手入れや洗濯は簡単か
衣料品が環境に及ぼす影響を生地の生産から染色、製造、流通などのライフスタイルについて調べると洗濯が全体工程の4倍の害になっていました。高品質というならば手入れは楽でなければなりません。
⑩付加価値はあるか
中古でも価値が残ることです。
⑪本物であるか
狩りで着るフィールドコートなら獲物を入れる防血加工のゲームポケットが背中になければおかしいし、ワークパンツなら本職の大工や屋根職人、れんが職人が着られなければならないし、ロッククライミング用のパンツならハーネスで簡単にすり切れては困るし、すり傷だらけになるオフウィズスクラックに耐えられるほど丈夫な布地でできていなければなりません。
⑫美しいか
流行はいま現在のみのモノですが芸術は永遠です。流行と芸術の違いは、いわば、古着屋で1ドルも出せば買える1950年代のハワイアンシャツとビンテージ店で3000ドルも取られるアロハシャツの違いです。前者は明るい色使いとハワイらしいデザインというだけであるのに対し、後者は、ポケットも襟も美しく調和しているしプリント柄は芸術的と。さらに、ドレープも肌触りも、上質な生地ならではのものとなっています。
⑬柱となる顧客を念頭にデザインしているか
顧客が皆、等しいわけではありません。パタゴニアの服を本当に必要としている顧客がコアなターゲットです。その人達は汚れを気にせずお金に困っていることも多く、ハワイの老婦人もいれば世界的なアルピニストもいます。
⑭不必要な悪影響をもたらしてないか
パタゴニアが1988年にボスとの古いビルを改装して開店した際のことです。スタッフが頭痛に悩まされ調べてみるとコットン製のウェアにホルムアルデヒドが含まれていた。当時は米食品医薬品局の規制対象でもなく日常使われていたものでしたが、他の繊維を含め環境に与える影響を調査することにしました。結果、薬品を使って栽培していることで土に悪影響があり、雨水として流れ酸欠海域が広まっていました。これらを受け、パタゴニア社は1996年に全てのコットンをオーガニックコットンにすると決定しました。これにより2〜10ドルの値上げが必要となりましたが顧客は納得してくれました。
理念の指針となるデザインガイドライン
パタゴニアのデザインチェックリストは以上です。常に最高を目指すことがデザインの指針であり、パタゴニア者の理念を体現するものでした。デザインガイドラインはブランディングや競合企業との差別化から作られることもありますが、パタゴニア社のデザインガイドラインの場合はまず理念があり、そこから表現や判断基準が作られていました。もちろん全てが1度に作られてたわけではなく創業者のハードシングスを経て社内の議論、ユーザーからのフィードバックを受けて現在の指針が生まれたのです。
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