達成型組織を象徴するジャック・ウェルチの勝利を追求する経営とは
組織文化を体系的にまとめたティール組織の著者、フレデリック・ラルーはジャック・ウェルチをこう評した。
利益を拡大するために他社よりも勝ることが達成型組織(オレンジ型)の思想になる。ジャック・ウェルチは経営に関する自著の冒頭でこうも言っている。
ビジネスで勝って事業が成長するからこそ、慈善事業などのやりたいことができる。負けてしまうと不安にさいなまれて余裕が無くなり家族をも不幸にしてしまう。だから勝利しなくてはならないのだと。そしてジャック・ウェルチはビジネスで勝つための以下の実践方法をまとめた。
① 勝つための哲学
② 勝つための組織
③ 勝つための戦略
① 勝つための哲学
1. ミッション
2. バリュー
3. 率直さ
4. 選別
5. 発言権と尊厳
ミッションとは
ミッションとは理念、ビジネスでどうやって勝つかを答えたものがミッションステートメントになる。勝つためには経営資源のフォースカスが必要になるが、会社の強みと弱みを明確にして、その分野が収益を上げられるかどうかを判断しなければならない。
収益を意識することは大事だ。環境問題に取り組んでいることで有名なアイスクリームブランドのベン&ジェリーズでさえミッションには収益を重視することが明記されている。収益があるから社会的な貢献もできるからだ。
良いミッションステートメントとは収益を見込める方向性を示しつつ、気持ちが心躍るような志が高い表現がされている。GEのミッションステートメントは「世界で最も競争力のある企業になる。そのために全ての市場でNo.1かNo.2になる。その可能性がない事業はテコ入れするか、売却するか、閉鎖する」。このミッションをもとに意思決定をする。ミッションが少し違うだけで企業は全く別の形となる。
ただティール組織の著者、フレデリック・ラルーは勝利を前提とするミッションステートメントではメンバーの共感を得られにくと考えている。
バリューとは
行動規範となること
具体的で想像の余地がないこと
ミッションを実践するためであること
勝つための手段であること
業務命令としてそのまま使えること
ミッションはトップの明確な明確な意思によってつくられるが、バリューは多くの社員全員で作るべきだ。それを可能にするためにも自由に意見を言える社風にするべきだし、バリューの策定に貢献することが社員の役目でもある。バリューについて議論が進むほど多くの社員からバリューへの賛同を得ることができる。
昔、エンロンという破産した会社があったが、初期のエンロンはミッションを見事に実現してパイプライン事業に専念していた。それがある時期からミッションがパイプライン事業だけではなく多角化した。が、バリューは見直されなかった。エンロンは明確なバリューが不在であったために破産に追い込まれたのではないかと考えている。
GEは昔「現実を直視して卓越した行動で会社オーナーの気持ちになる」というバリューがあったが具体性に欠けたために実際の行動に結びつけることが難しくさせてしまっていた。バリューは理解するまでは大変かもしれないが具体的なほうが良い。例えば米国6位の商業銀行だったバンク・ワンのバリューにはバリューを実践するための行動規範が5ページにわたって記載されている。
バリューは人事考課にも反映させる。行動規範に則さない社員は解雇することもある。これによってバリューが意味を持ち、結果として財務状況は改善され、勝利を得ることができる。
率直さとは
率直さというのは言うべきことを言うことだ。しかし多くの会議室では他人を嫌な気持ちにしたくなくて遠慮したり、衝突を避けるためにコメントを差し控えることがある。あとは失敗を曝け出すことをせず、オブラートに包み込んで情報を出さないことがある。これでは議論に参加する人が減り、課題を多面的にレビューできず、結果として会社の成長を止めてしまう。
人はどの文化や国であっても社会生活の中で本音で話すことのリスクを学習する。本音で話さないほうが楽だとわかっているのだ。だから率直な社風に変えるのはとても難しい。GEでは20年掛けても全ての従業員に率直さを根付かせることはできなかった。
それでもやらなければならない。率直に発言、行動した人を讃え、評価することで率直さを引き出すことができる。発言する際も相手を卑下するのではなく良いところを賞賛して、さらに可能性を引き出すような会話をすることで相手も脅威を感じずに議論を生み出すことができる。
心理的安全性で有名なエイミー・C・エドモンドソン教授は率直さが失われた組織の例として7名の宇宙飛行士が死亡したスペースシャトル「コロンビア号」の事故を紹介している。
選別とは
賛否両論あるバリューが選別だ。対象は人に限らず事業も含まれる。やっていることは資源配分だが、これを残酷だと言う人もいる。もちろん全ての会社に選別が合うわけではない。選別を行うには前提として率直さが組織風土に溶け込んでいる必要があるのと人事考課の悪用(依怙贔屓の評価)を排除することだ。だが選別が実践されればチームは最高の人材が揃うようになる。
選別をしない企業は至る所にお金をばら撒く。昔のGEはそうだった。見栄や社内政治のバランスを工面してうまく立ち舞えるように配分していたため、赤字続きのエアコン事業を20年放置していたのだ。
人の選別では人事査定により従業員を3つのカテゴリーに分ける。上位20%のトップ、中間の70%のミドル、10%がボトムになる。一見するとトップをスター扱いするためと思われがちだが、組織の大半を占めるミドルのモチベーションとスキルを高めて育成することに意義がある。そしてボトムには辞めてもらう。
企業はプロスポーツと同じだと考えている。スター選手には多額の報酬を、成績不振なら戦力外通告がすることは同じだ。ネットフリックスの人事責任担当者のパティ・マッコードもチームを同じようにプロスポーツのチームと考えるべきだと提案し、実践されている。
そのネットフリックスは選別をGEよりもさらに進めている。ネットフリックスではキーパーテストという制度により優秀でなければ解雇される。つまりミドルの70%でさえ解雇の対象となる。
発言権と尊厳とは
バリューの中で疑問が持たれやすい選別とは違い、当然だと思われがちだが勝利と強く関係しているのが発言権と尊厳だ。職位に関わらずみんなが自由に発言できる環境を作り出さなくてはいけない。GEほどになると官僚的大企業になる。ではどうすれば官僚的な問題や仕事を改善することができるかを集中して2~3日ほど議論する。これをワークアウトと呼んでいる。ワークアウトのおかげでオープンに話せる雰囲気と素晴らしいアイディを得ることができる。
GEのワークアウトはフィーチャーサーチカンファレンスに似ている。フィーチャーサーチとは多様な参加者がアイディアとコンセンサスを生み出すことを目的としたものでマーヴィン・ワイスボードによって作られた方法論。
② 勝つための組織とは
1. リーダーシップ
2. 人材採用
3. 人事管理
4. 退職
5. 変革
リーダーシップとは
リーダーシップとは人材開発だ。ただし年に1度の人事評価をすればいいと言うものではない。人材開発は毎日行うべきことで、日々の業務の1部になる。毎日の業務にはコーチする機会がたくさんあるが、重要なのは具体的に褒めることだ。
ビジョンを生き生きと伝えることもリーダーシップだ。ビジョンは寝ぼけている時でも答えられるぐらいに浸透してなければならない。それも周囲の社員にだけ伝えればいいのではなく、業務委託しているサポートセンターや受付までみんなに繰り返し話すことだ。
仕事を仕事と割り切れるのであれば不要だが、ポジティブに元気良いチームは仕事以上のことを得る。雰囲気は伝染病のようなものでリーダーシップの雰囲気によって左右される。そのためリーダーは景気や競合の脅威などから怯える力と戦って元気の良い態度を示すべきだ。
リーダーは信頼を得ないといけない。そのためにもリーダーは率直な態度でメンバーを称賛し、辛い時には引き伸ばしたりせずちゃんと伝え、メンバーの成果はメンバー自身がが認められるようにする。リーダーは人から嫌われるような判断も決断しなければならない。そしてこれまでの経験を活かして本能がアラートすることには耳を傾けるべきだ。
何かがおかしいと思ったことには対応するアクションに繋がるまで行動しなければならない。誰かの提案がおかしいと思ったなら質問をして懸念を解決するべきだ。根掘り葉掘り聞かれる側を嫌な雰囲気にさせるかもしれないが、それで失敗して「そうなるだろうと思っていた」などとはリーダーは絶対に口に出してはいけない。そうならないために健全な議論を生み出す質問をリーダーがしておく。
失敗を大切にするカルチャーの重要性は知れていることだが、実際にメンバーが失敗した時に叱咤するリーダーが多い。リーダーはそうではなく自分も過去にミスをしたことがあり、そこから何を学んだのかを話すべきだ。それとリーダーはなぜか祝福しない。恥ずかしいからだろうかモジモジしている。勝利を祝福することでポジティブなエネルギーに満ちたチームにすることができるのにもったいない。これにより互いに認め合うこともできる。パーティーはリーダーがしなければ他に手を挙げたがらないのだから。
企業文化のパイオニアであるエドガー・H・シャインもリーダーシップには率直と信頼が重要と言っている。
人材採用とは
勝つためには優秀な人材が不可欠だが、これがとてつもなく難しい。ただし優秀かどうかをチェックすべきポイントはある。採用の初期ステップでは誠実(真実を語り自分の言ったことに責任を持つ)・知性(豊富な知的好奇心と幅広い知識)・熟練度(人として大人であるかどうか)をチェックする。ただしこれらをテストする方法はなく、採用側が経験を積み直感を鍛えるしかない。
GEの社員の人事考課には4つの評価項目があり、それらは採用時にもチェックされる。①変化を歓迎し誰にでも話し掛けているようなエネルギーに満ち溢れている状態。②ポジティブなエネルギーを周囲に吹き込み組織を活性化させることができる能力。③情報が不足している状態でも決断できる能力。④障害を乗り越えてゴールまで辿り着ける能力。⑤チームの勝利を心から望み情熱を持っていること。
さらに事業部門の部長以上の採用ではさらに4つの特性をチェックする。①メッセージのある言葉で人の心を動かすことができる人。こういう人にはメンバーがついてくる。②将来を予知することができる人。③自分より優秀なメンバーを集めてくる勇気がある人。④ミスして転げ落ちても再び立ち向かえる人。
人事管理とは
サッカーや野球などプロスポーツクラブでは選手とクラブ予算のそれぞれの責任者がいるはずだが、選手責任者が予算管理者より低く扱われるクラブがあるだろうか。しかし企業ではよく起こり得ることだ。そのような会社では優秀な人事責任者は配置されず、政治が生まれ、マネージャーが育たなくなる。人事部がうまく機能してこそ会社全体に良い影響がある。
財務には監査部がチェックするが人事評価には外部のチェックはない。財務の不正申告をすると国から罰せられるが、人事評価を誤魔化してもお咎めがいない。これでは不公平だ。実際、成長のために評価フィードバックをうまく活用できている企業をほとんど聞かない。人事評価は自身で律さなければならず誠実であることが求められる。そのような人事評価には共通点がある。①評価フィードバックは簡潔であること。②目標は事前に合意する。③非公式のフィードバックは常に行い、正式な評価も年に1度は行う。④人材開発の観点がある。
GEでは最も貢献したメンバーを表彰する制度があるが、これの報奨金の扱いを議論した際に人は金銭よりも承認されることを喜ぶはずという意見があったが、それは間違っている。両方が必要だ。金銭的報酬がないと人は辞めてしまう。人が辞めるにはもう1つ理由ある。成長を実感できていない時だ。良い人事は成長をサポートする。
人事は常に課題を抱えている。その1つが組合だ。組合との関わり方は常に誠実な態度で臨むこと。組合も同じ仲間で切り離せない関係にある。だからこそ組合とは議題がなくても話し合って互いの話に耳を傾けよう。
スタープレイヤーの扱いは難しい。そのため上司がコントロールできない場合もある。そうなるとスターは自分が唯一無二だと勘違いし、バリューを無視した行動をしてしまう。
未来のスターは70%のミドルの中にいる。だからこそスター候補が辞められると会社にとって打撃が大きい。良い人事は業務の半分の時間をミドルの成長のサポートに使う。先にあげた組合やスターのコントロールなどの課題に時間を取られてはいけない。
組織の成長スピードが速いほど役割と責任の分担を定義されていない。これを整理することで人事考課がやりやすくなる。整理する際には組織階層が多いと噂が蔓延るようになるため、なるべく伝達階層が少ないフラットな組織が良い。マネージャーは最低10~15人の部下を持つ。
退職とは
成果が上がらないことで退職を勧告する際には不意打ちにならないことと相手の名誉を傷つけないことが重要だ。先にあげた率直な会話と高頻度のインフォーマルなフィードバックができていれば不意打ちになることはない。要は退職トラブルは人事評価プロセスがうまくいってないことに起因する。
名誉、つまり解雇による屈辱感は退職勧告された時点から始まる。ここで普通のマネージャーは勧告mtgの際の言葉遣いにしか気を払わないが、本来は解雇された社員が次のキャリアにうまく移れるようにするところまでサポートするべきだ。マネージャーにとって解雇は30分間のmtgの1つかもしれないが、辞める人にとっては勧告されてから実際に辞めるまでずっと辛い思いをすることになる。きっと自尊心を失っているだろうから自信を持たせたあげたり、そのためにコーチングをしたり、なんだったら仕事を斡旋してもいい。
変革とは
社外環境は常に変化する。新しい競合が参入したり、画期的な技術が生み出されたりなど。企業は勝つために方針を変えて順応するために変わらなくてはいけない。しかし、変化の必要を感じて行動する人は多くない。継続を望む人にとって変わることへの依頼は鬱陶しいものだ。しばらくすれば諦めるだろうと思っている。そんな時には納得できる情報を集めて主張し続けるしかない。
環境の変化は不確かで些細なことが多い。そのような予想しずらい状況でも固い決意と強いストレス耐性で飛び込める企業が大きな利益を生む。例えば経済危機が起こるとメディアは業界の終焉だという。しかし、誰も見向きもしなかったものを買っていた企業が景気が回復した後に勝利を手にすることができた。
③ 勝つための戦略とは
1. 戦略
2. 予算
3. 新規事業
戦略とは
戦略コンサルタントなら科学的アプローチを使った理論と数値を元に戦略を立てるが、勝利に最も近いのは行動することだ。まず価値がありそうなアイディアを思いついたら資源と人材を適材適所で配置してあとはベストプラクティスになるまで反復作業だ。特に重要なのはどこに資源を投入するかだ。どのポイントで競争するのかによって投入場所は変わってくる。事業の継続的な競争優位性があるかは5つのチェック項目で分かる(勝利の経営 p.204参照)
予算とは
予算の1番の問題は目標設定の楽しみを奪っていることにある。楽しい予算というのは経営と現場(事業)が前年よりも成長するための戦略シナリオを考え、そのための運営予算を算出するというものだ。部署ごとの思惑を腹に隠して交渉を元に作られる予算は内向きの目的で楽しくない。
予算に思惑が込められてしまうのは予算で決められた数字達成が評価に連動しているからだ。GEではこれを切り離して考える。これにより現実的に達成できそうな数字に抑えたい気持ちから予算が解放され、よりストレッチな目標にしやすくなる。それに市場環境が変わって業界全体がラッキーな増収になったとしても他社よりも収益割合が低ければ最善を尽くしてないことが分かる。これまではそういう場合にもボーナスをたくさん支給してきたが、単純な数字達成と評価と切り分けることでボーナスが調整される。
新規事業とは
勝利のためには最も見返りが大きい新たな参入が期待される。しかし世の中の新規事業は失敗になることが多い。それはリソースを割かずにひっそりとスタートさせながら本社でコントロールしているからだ。新規事業には注目を集める必要がある。やりすぎというぐらい大騒ぎし、失敗をしたら責任を認め、成功したら大いに祝う。子供と一緒で過保護では成長できない。育っているのであれば自立するために手綱を緩めなければならない。