見出し画像

人類史上最高のチームワークの産物とも評されるシカゴ条約とは

1900年にツェッペリン飛行船の初飛行が成功してから、1914年には既に最初の飛行機定期便が誕生した。1920年には数多くの航空会社が設立され、そして飛行範囲は広がり米大陸横断航空路が開設された。さらに1930年代には飛行技術が進み航空旅客輸送が世界的に広がりを見せる。

しかし19世紀初期の旅客機は危険を伴う移動だった。1908年に最初の飛行機死亡事故がアメリカで起こり、さらに1933年には世界初の旅客機爆破テロ事件「ユナイテッド航空機チェスタートン爆破事件」が起こる。

旅客産業の成長に伴い航空機事故による死亡者が増え、1930年の100億旅客マイル当たりの年間の死亡者数が2000名を超えた。しかし現在では死亡事故率は改善されている。

米国定期航空輸送が黎明期にあった1920年代末における死亡事故の発生率は100万飛行マイル当たり1件程度であったが、2008年から2017年までの最近10年間の平均死亡事故率は100億飛行マイル当たり1件未満となり、最近10年間の平均死亡事故率は1920年代末の1万分の1未満にまで低下している。

航空輸送100年 安全性向上の歩みより(公益社団法人 日本航空技術協会)

この改善に貢献したと考えられるのがシカゴ条約である。

シカゴ条約

1944年、各国の航空局の責任者がシカゴに集い「国際民間航空が安全かつ整然と発達するよう、国際民間航空運送業務が、機会均等主義に基づいて確立され、健全かつ経済的に運営されるように締結する」ことを目的とした96個の条約から成る国際民間航空条約(Convention on International Civil Aviation )、通称シカゴ条約が採択された。又、この時の会議をシカゴ会議と呼ぶ。これにより初めて国際航空の枠組みが成立した。

スクリーンショット 2021-07-31 18.05.05

ちなみにこの会議で国際民間航空機関(ICAO)が1947年に設立されることが決まった。紹介したシカゴ条約の内容もICAOが公開している資料から閲覧できる。

日本が持つシカゴ条約の冊子も国会国立図書館でデジタル版が閲覧できる。

ちなみにICAOの呼び方は

略称は、日本語では「イカオ」や「アイカオ」と読まれることが多く、英語圏では「アイケーオー」と読まれることが多いが、英語圏以外では「イカオ」という読みが一般的である。

wikipedia

第26条 事故の調査

シカゴ条約には航空機事故にとって重要になる事故の共有が義務化された。これまで事故原因の調査は共有されることがなく、されたとしても各国で事故レポートフォーマットがバラバラとなり再発防止対策に活かすことがされていなかった。その反省から事故の調査形式の共通化と原因調査の共有化が定められた。それがシカゴ条約の第26条である。

スクリーンショット 2021-08-01 1.28.35

第26条 事故の調査
締約国の航空機が他の締約国の領域で事故を起し、且つ、その事故が死亡若しくは重傷を含むか、又は、航空機若しくは航空保安施設の重大な技術的欠陥を示す場合には、事故の起つた国は、自国の法律の許す限り国際民間航空機の勧告する手続に従つて事故の事情の調査を始める。 右の航空機の登録国には、調査に臨む立会人を派遣する機会を与えなければならない。調査を行う国は、右の国に対して、その事項に関する報告及び所見を通報しなければならない。

国際民間航空条約 p.11より

これにより各国の航空機事故の内容が条約参加国に共有されることになり、事故対策に有益な情報を効率的に得ることができるようになった。

第13附属書 航空機事故調査

第26条は事故調査の義務を定めたものであるので、具体的にどのような報告レポートを作成すればいいかは別の文書に記載されている。それが第13附属書 航空機事故調査(Annex13 Aircraft Accident and Incident Investigation)になる。

第13附属書 第5章 調査 1節
航空機事故の発生した国は、事故の事情について調査を開始しなければならない。その国は、また調査の実施に責任を負わなければならないが、その国はその調査の実施の全部又は一部を登録国に委せることができる。いかなる場合においても、事故の発生した国は、調査を容易にするあらゆる措置を講じなければならない。

国際民間航空条約第13付属書p.10より

附属書とはシカゴ条約を補足するもので、事故調査以外にも18の事項(技能証明、航空規則、航空機の登録、耐空性、航空通信、捜索救助、航空保安、危険物の安全輸送など)について世界的な統一ルール規定を行い、それを国際民間航空条約の附属書(Annex)として制定した。このようにシカゴ条約には附属書(Annex)が制定された。

中でも第13附属書が航空機事故の防止に貢献したとされる。FACTFULNESSの著者ハンス・ロスリングは第13附属書をこのように評価している。

特に13番目の「航空機事故調査」が重要だった。これにより、事故の報告書の形式が統一された。また、報告書は各国に共有されるようになり、お互いの失敗から教訓を得られるようになった。それ以来、すべての旅客機の事故に対して調査が行われ、結果が各国に報告されるようになった。事故のリスク要因が解明され、新しい安全対策がつくられ、それが世界中で使われるようになった。
すばらしいと思わないか?
シカゴ条約は、人類史上最高のチームワークの産物と言っても過言ではない。

ハンス・ロスリング / FACTFULNESS

ちなみに第13附属書はICAO公式ストアで購入することができる。ただ購入しなくても欧州海上保安機関が公開しているAnnex13のPDFから閲覧できる。又、国会国立図書館では実際に保管されている航空振興財団の附属書を閲覧することができる。

この第13附属書には付録が3つ記載されており、それぞれ「初期通知」「事故通知」「事故報告書の要約」について記載項目などが具体的に定められている。航空機事故の責任者はこの付録を参照することで事故調査から報告に関する執行手順と記載内容に迷うことがない。

付録1 初期通知

第13附属書 第4章 1節
航空機事故の発生した国は、最小限の遅延をもって利用できる最も適当かつ速やかな手順で、登録国及びその航空機の製造国に通知しなければならない。初期通知には容易に入手することのできる付録1の情報をできる限り多く含めなければならないが、その発送は完全な情報の欠如のためにおくらせてはならない。

第13付属書p.8より

原因調査や再発防止策などを行うよりも前に事故発生を共有することが求められる。その初期通知の内容は以下に定められている。

a)事故の場合は略語ACCIDを識別し、重大なインシデントの場合はINCID。
b)航空機の製造元、モデル、国籍、登録マーク、およびシリアル番号
c)航空機の所有者、運航者、雇用者の名前(ある場合)
d)機長の名前、および乗務員と乗客の国籍
e)事故または重大な事件の日時(現地時間またはUTC)
f)航空機の最後の出発地および着陸予定地
g)容易に限定しやすい地理的地点からの航空機の位置及び緯度経度
h)乗員及び乗客の数、機上死亡者及び重症者数、その他の死亡者及び重症者数
i)判明した限りでの航空機事故の性質と公の損害範囲
j)調査が行われる範囲、あるいは、自己発生国に委任するよう申し出た範囲の表示
k)事故区域の物理的特性
l)航空機製造国の参加が不用であるときにはその表示
m)著名(必要あれば)

第13付属書p.14より

さらに参加国と航空機製造国に通知する際には初期通知文の作成を迅速に行うための別添の資料、航空機事故調査マニュアル(Doc6920-AN/855)がある。

付録2 自後通知

第13附属書 第4章 2節
調査実施国は、輸送航空機に関する事故の自後通知を登録国又は適当ならば事故発生国、航空機製造国、5.8に述べる国及び国際民間航空機関に提出しなければならない。自後通知は付録2に示す様式で送らねばならない。安全性に直接に影響ある事項が関係しているときは、通知は、情報を入手次第、 かつ初期通知の送付に用いたのと同一の手段で送らねばならない。その他の場合には、通知は30日以内に航空便で送らねばならない。

第13付属書p.8より

自後通知では初期通知の情報に加えて、事故の手短な説明、事故の技術調査の進行及び技術調査間に決まった重大事実、とられた又は考慮中の予防処置、を通知する。

付録3 事故報告書の要約

第13附属書 第6章 3節
商業航空輸送運航に従事する航空機に関する事故の調査実施国、又は航空安全の振興に寄与しそうな情報がえられる事故の調査実施国は、ICAOの公式国語のうちの一を用い、付録3にかかげる様式で、かつできるかぎり、ICAO Lexicon (Doc 8291) にある用語で作成された「報告書の要約」三部を国際民 関航空機機関に送付しなければならない。

第13付属書p.13より


参考

さらにICAOはAnnex13の基準と推奨慣行を奨励するための報告マニュアルとなるDoc9756を作成している。このDoc 9756は事故調査の手順や慣行、技術に関する情報を各国に提供するために作られた。この事故調査マニュアルもICAOストアから購入できる。ただこれも欧州航空安全機構らが運営するSkybraryのPDFから閲覧できる。

第13附属書の採択により航空に関する国際基準の報告システムが生まれた。そして事故情報は締約国間で統一された形式で共有されるようになったことで原因分析と再発防止に役立てられる。1930年代以降、航空安全はさらに向上する。


国土交通省は航空事故等調査活動を運輸安全委員会年報で公開している。年報では航空事故等調査の流れも知ることができる。


事故報告書は運輸安全委員会事務局のサイトから閲覧できる。

報告書 ソカタ式TBM700型 飛行中の制御喪失による墜落
本報告書の調査は、 本件航空事故に関し、運輸安全委員会設置法及び国際民間航空条約第13附属書に従い、運輸安全委員会により、航空事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われ たものであり、事故の責任を問うために行われたものではない。

https://www.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/rep-acci/AA2019-6-1-N702AV.pdf


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?