人と人を繋いで、熱海をもっと魅力的な街に 市来広一郎×糀屋総一朗対談3
ローカルツーリズム株式会社代表・糀屋総一朗と熱海でまちづくりに取り組み、地域を再生させた立役者である市来広一郎さんとの対談、3回連載の最終回は、街を介して人をつないでいく取り組みについてです。
前回はこちら
https://note.com/localtourism/n/n447601d4af85
街と企業を有機的につなぐ
糀屋:今、新しく始めていることってあるんですか?
市来:引き続き、面白くてクリエイティブな30代って感じで、自分から「こと」を仕掛けていってくれるような人たちを呼び込んでいこうというのは変わらずあります。とはいえもうちょっと「層」を広げて考えていかなきゃいけないなと思っていて、今は企業さん向けの取り組みも増やしています。例えば、大手企業さんと一緒に熱海の地域課題を解決するようなプロジェクトをやったりとか。
糀屋:具体的にはどういう会社さんだったりするんですか?
市来:例えばNECさんの研修事業をやっています。基本的には次世代リーダー育成みたいな研修で、「全然違う分野の体験」をしてもらう研修を受けていただいて、それによってリーダーシップを見つけてもらう。その「場、フィールド」として熱海を使ってもらう感じです。他にも、メーカーさんの場合だと、地域の交通に関する課題を解決していこうと、一緒にリサーチをやってたりとか。
糀屋:市来さんはどんな形で関わり方を?
市来:うちの会社で研修の企画からオペレーションまで全部やっています。4カ月間ぐらいの期間をかけて地域の課題を解き明かしてもらって、提案を作ってもらうんですけど、その中で出てきた事業プランに対するメンタリングをするのが僕の役目です。
糀屋:リノベーションスクールでやっているプロジェクトのような感じでしょうか。
市来:そうです。あれを長期でやってるような感じですね。実際、大手の企業さんが地域に入ってくるためには、地域との合意形成などを含めてなかなか難しいんです。地域への進出に企業がコストをかけるよりは「僕らも一緒にやりますよ」ってことで、結果、形として「研修」というものになっているんです。事業計画を作るときもあるし、実際のリサーチをしたりするときもあります。
糀屋:それは、会社の仕事の割合のなかで結構大きいんですか?
市来:始めたのはこの2年ぐらいなので、今はようやく「何をやっていくべきか見えてきた」ところです。今後はちょっと増やしていきたいなって考えていますね。研修には地域の事業者さんに入ってもらっているんですよ。例えば「エネルギー」みたいな研修テーマの時は「地元のガス会社さん」に入っていただくとか。その人たちも一緒にプロジェクトに関わってくみたいなことで、より具体的、現実的な話もできる。
人材育成が目的ではあるんですけど、アウトプットとしてはちゃんと「地域で続いていくもの」にしたいんです。そこを受けとめてくれる企業に入ってもらって、新しいビジネスモデルだったり、事業提案をしてもらったりするんです。そうすれば地域の事業者さん側にも、研修の機会にも使ってもらえるんです。
糀屋:なるほどね。外の人たちと中の人たちをつなげる。
市来:だから「オンたま」でやってたことと同じです。同じなんですけど、それをちょっと違う切り口でやってる。
糀屋:そうやって「繋ぎ合わせる」ことって、効果としては大きいですよね。僕自身、自分で事業を作ることはできるけど、自分で何か作ってると限界ってあるじゃないですか。体一つだし。
市来:そうですよね。
糀屋:自分が何かをするより、今みたいな感じで人と人を繋ぐ方が実は影響が大きい、ってあるんだろうなと思いますね。市来さんの中でも、自分で何かやるっていうモチベーションよりも「繋ぐ」みたいなところが結構モチベーションとして大きいのかなと思ったんですけど。
市来:そうですね。元々それをどんどんやっていきたいんですよ。それに地元にある企業が関わっていかないと、地域って変わらないと思うんですよ。「オンたま」で体感したことですけど、単純に「出会う」とか「一緒にプロジェクトをやる」とか、そういうものだけでも大きく変化したりするんだなというのは感じてきましたから。体験、プロジェクトを通して、関わった人たちが変化してくれると、その後やっぱり地域にとってすごくプラスになっていくんじゃないかと思います。
実際、そういう形の研修をできるようになってきたのも、地域の中でそういう事業者さんが次々と生まれてきてくれてるからっていうのはあるんです。新しく起業した人たちや、代替わりで跡を継いだ人たち。今までの本業から脱却していこう、変えていこうという人たちがどんどん出てきています。
糀屋:いい流れになってるんですね。
市来:その人たちが徐々に経験を積んできているし、会社でも実権を握るようになってきたということもあって、今、やれるタイミングになってきてるというのはあると思います。僕らが10数年かけて地道にやってきたこと、まちづくりを、若い世代の経営者が見てくれているんですよ。それで「自分も街に対して何かもっとできることをやりたい」って言ってくれる人たちが現れ始めている。
糀屋:市来さんのやってきたことは間違いなく影響を与えていると思いますよ。小豆島で「shima fes」を主催する丸尾くんは、10年以上も続けてやっている。彼とも話して、やっぱり「やり続けていること」で受け入れられることもあるんだと改めて思って、続けるって本当に重要だなって思います。市来さんを見てる人たちが、モチベーションをもって動き始めているというのは、僕はすごく納得がいっています。
市来:誰かその地域で「やり続ける人」がいることで、いろんなものが動いていくんだなっていうのは、ここ数年実感していることですね。もちろん若手のプレーヤーだけではなく、不動産のオーナーさんとか地域の重鎮の人たちとかも含めて。最初はとやかく言われてましたけど、最近あんまり言われなくなってきているんです。「なんだかんだ言って、お前10年以上やってきたもんな」っていう一言になるんですよ。
糀屋:それは絶対ある。
市来:「これからもやっていくんだろうな」って思ってもらえるからこそ、信頼してもらえるっていう。逆に言うとそうじゃないと、培うことのできない信頼ってのもあるんだろうなっていう感じます。
熱海の文化を生かしていくこと
ーー熱海って映画祭やってらっしゃったりとか、文化人の方が移住してらっしゃったりとか、文化の匂いが出てきてると思うんですが、その辺りは意識されてきたイメージなんでしょうか?
市来:そういう見方をされる方がでてくているのはすごく嬉しい状況ですね。やっぱり改めて熱海が元々持ってるポテンシャルっていうところが大きいんじゃないかなと思っています。昭和の時代、大衆観光地になっていた時代に忘れ去られていた部分。かつては多くの文化人の方々が使っていた街だと思うんですけど、ここ数十年、そういうものがなくなっていたっていう状況なんですよね。そこはなんとか取り戻したいところだったので、意識して「場」を作ってきたつもりはあります。
市でやっている「ATAMI2030会議」っていう一般の人たちも出入りできるような会議でも、アートのテーマで結構やってきましたし、そういう人材を後押しして、呼び込んできたりするのはある程度意識しながらやってきています。それが、じわじわと効いてきているのかもしれません。実際に動きを作っているのは、創業支援のプログラムを卒業した人たちだったりとか、うちのテナントさんたちだったりとか、そういう周辺に集まってくれた人たちがどんどんボトムアップで作ってくれた結果なんですよ。
ーー熱海の持っている、昭和のキッチュな部分に関しては、ネガティブに取られることもあったと思うのですが、そこはどんなふうに捉えていましたか?
市来:僕が東京在住時代に「熱海を変えたいな」って思ったのは、若いカップルたちの会話なんですよ。同じような会話に何度か遭遇したことがあるんですけど「今度は旅行どこ行く?」みたいな話をしていると、だいたい男子の方が「熱海とかどう?」って言う。そうすると、女子が「えっ?!」てなるんです。「箱根でしょ?!」みたいな(笑)。まだ20年ぐらい前の話ですけど。
ーー東京から旅行に行くとなると、近場には「熱海」「箱根」「軽井沢」みたいな選択肢があって……近いし安いなら箱根、新幹線使うならやっぱり圧倒的に軽井沢じゃない? みたいな話になっちゃう。
市来:僕だって、当時はそう思ってたと思います。それは当然だなと思って(笑)。ただ、熱海の面白さにみんな気づいていないって気持ちはあったんですね。例えば昭和の20年代からある喫茶店とか、今もあるんですが、すごくかっこいいわけですよ。昭和初期とかの時代には、かっこいい店がもっとあったんだみたいな話をいっぱい聞くんです。熱海っていう土壌は、そういうかっこいい人たち、おしゃれな人たちが集まっていた街なんです。
糀屋:喫茶店「ボンネット」いいですよね。僕も東京から人を連れていく時は必ず行きますよ。みんな「いいね」って言っていいますから。
市来:マスターも今月で94歳ですからね。三島由紀夫に泳ぎを教えたおじいちゃん。
糀屋:あと夜のディープスポットも市来さんに教えてもらって。面白いですよね、ああいうところも。
市来:昭和の大衆化した時代をマイナスの方に捉えるのではなくて、その時代にあった人間の欲望だとか、カオス感みたいなことも、清濁併せ呑んだような面白さがあるっていうのが今の熱海の良さだと思っているんですよ。うちのコワーキングスペースから見下ろせばストリップ劇場もあるし。そこで踊る踊り子さんも、うちのゲストハウスを使ってくれたりするし、それが面白いなと思って。
糀屋:市来さんが描く熱海の未来ってどんな感じですか?
市来:さっき「観光からの脱却」って言いましたけど、ひとつ補足するなら「熱海って何やったって観光になる」んですよ(笑)。だから観光のど真ん中を考えるより、そうじゃないことを考えた方が、観光にとってもプラスになるという考え方です。公共交通で言えば、観光の人たちがいっぱい利用するから、地域の足になったりする。脱却とは言いましたけど、観光っていうところから切っても切り離せないとは思っています。
だからこそ、ちゃんと別のところに価値を作っていったり、回る仕組みとかを作ってかないと、持続出来ないと思ってるんです。だから、いっそ「観光」を突き詰めて考えてみるといいんです。せっかく海が目の前にあるのに、街と海が道路で分断されてるのはもったいないなと思うんです。街から車をもうちょっと排除できないのかなって。熱海ってどこにいても車の音がうるさいんですよ。もっと静かになったらもっと心地よくなんだろうなと思ってるんで、道路なんて地下を通したり、山を通したりして、もっともっと心地が良い街になっていくといいなと思っていますよ。
過ごしやすい街の中を作るための基本的なことが、実は観光地としての価値を高めたりする。観光地からの脱却と言いましたけど、やっぱり世界中から人が来てくれる街でありたいなとは思っているんです。だってそれって観光地の特権ですからね。いながらにして世界中の人と交流ができたら最高に楽しいじゃないかって。観光と地元の暮らしが分断されてることをどんどん回収していきたいと思ってますね。せっかく来てくれるので、そうした人が来ることが街にとってもプラスになることにしていけるといいなあって思ってます。
(構成・斎藤貴義)
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