【日本はアメリカのATMじゃない!】日・米宇宙協力に関する枠組協定
こんにちは。地方自立ラボ(@LocaLabo)です。
今回は、この度国会で承認を求められることになった『平和的目的のための月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の枠組協定』、いわゆる日・米宇宙協力に関する枠組協定について考えてみたいと思います(本稿で対象とするものは2023年第211通常国会で提出されたものです)。
同協定は2020年の『アルテミス合意』を基にしています。『アルテミス合意』は米国が主導して日本、カナダ、英国、イタリア、ルクセンブルク、オーストラリア、UAE、ウクライナと韓国、ニュージーランド、ポーランド、フランスなど合計21か国が署名しています。
「日米と6カ国がアルテミス合意に署名」在日米国大使館と領事館(2020年10月14日)
https://jp.usembassy.gov/ja/artemis-accord-sets-high-standards-for-moon-missions-ja/
ここで『アルテミス合意』の目的は次のように受け取られています。
なお、中国、ロシアは参加していないとのことです。宇宙産業や宇宙からの資源の採掘の取り組みに先立ち新しい宇宙条約に関する米国の見方を他国にも共有してもらうということを考えているようですが、中露が参加していない状況は世界的に不安の種ではあると考えても良いでしょう。
アルテミス合意については日本語訳を紹介している方のホームページがありますので、こちらからご参照ください。
今回の承認を求められている協定はアルテミス合意を基に、日本がどのように米国と協力して取り組んでいくかということを二国間で取り決めた協定であり、国会で求められているのはアルテミス合意ではなく、協定の方になります。
新しい宇宙飛行士の発表
2023年2月28日、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)が諏訪理(世界銀行職員上級防災専門官)さん46歳と米田あゆ(虎の門病院医師)さん28歳を宇宙飛行士候補として選出したと発表しました。JAXAは米国の月面探査事業「アルテミス計画」を見据えて募集していたとのことです。ちなみに宇宙飛行士に求める資質は次のようなものだと言われています。
だそうです。頑固な筆者などは到底無理です。笑
さて、過去にTBS記者から宇宙飛行士になった秋山豊寛という方がいます。諏訪理さんも茨城県つくば市で育ったため小学校の頃から宇宙に興味を持ち、秋山氏のテレビ中継を見て宇宙への思いを募らせていったということです。秋山氏はTBSとソ連宇宙局の協定により宇宙飛行士として選抜されました。秋山氏のミッションは1990年にソ連の宇宙ステーション、ミールに滞在し宇宙からの放送をするということで世界の脚光を浴びました。日本人としてスペースシャトルに乗って宇宙へ行った初の日本人は毛利衛氏ですが、秋山氏は日本人として初めて宇宙へ行った人となります。今年、毎日新聞社がインタビューした記事があります。そこに今回選出された宇宙飛行士に対するコメントがありましたのでご紹介しましょう。
実は秋山さんは宇宙飛行士の体験をした後、TBSに戻り社内に居場所がなくなったことを感じ退職します。現在はすでに80歳を超え、農業を営みながら生活しているとのことです。秋山氏がソ連の宇宙船に滞在することになったのは、政治的思惑があったのではないかと次のようにご自身で語っています。
日本人の宇宙ステーション訪問を政治的な演出として仕組んだかどうかの真偽は明らかではありませんが、このような演出は「アルテミス合意」の広がり方を考えても否定できない気がします。現在は中国が怒涛の勢いで宇宙技術開発を行っているため、けん制する意味でもアメリカの開発意図の理解者を増やすほうがアメリカとしては得策です。JAXAも本協定が国会に上程された段階で宇宙飛行士候補の発表を行いました。わが国は常にこのようにアメリカに積極的に協力する姿勢を世界に発信しています。
アポロ計画で月に降り立った始めの人類は男性のアームストロング船長でした。2025年にアメリカは月面着陸を目指していますが、この月面着陸を女性宇宙飛行士にさせるということが計画に盛り込まれているそうです。つまり、この女性がアルテミスに比せられるということで計画名称にもなっているのでしょうね。現時点では2024年の月周回飛行計画で搭乗するメンバー4人が発表され、女性も1人含まれていますが、月着陸の計画はないとのことで、まだ人類史上初の月面着陸をする女性は明らかにされていません。
アルテミス計画と協定の背景
さて、ここで米国の『アルテミス計画』を見ていきたいと思います。今回承認を求められた協定の対象となる『アルテミス計画』は一連のスペースローンチシステムミッションにより構成されています。まずは、再度人類が月面に到達することを最初のミッションとし、主眼は月周回有人拠点の建設、運用にあるとのことです。ISS(有人の地球周回国際宇宙ステーション、米露中日加欧が共同で運営、2030年ごろまでの運用とされている)参加国で検討中ということになっていますが、アルテミス合意に露中が入っていない以上、西側諸国での運用となるとみられています。
●「国際宇宙探査の取り組み」JAXAホームページ(2022年5月9日閲覧)
『アルテミス計画』の主眼である「月周回有人拠点(GATEWAY)」はアメリカの提案により現在開発中です。現在のISSより小型で4名の宇宙飛行士が年間30日程度滞在し、月及び火星探査のための機器、施設管理の拠点として運用されていくようです。国際協力の方針としてISSの「5極による国際協力」であったものから「パートナーシップによる」としています。今回日米が締結する協定はこれらの開発における日米間の共同計画、共同作業時におけるパートナーシップを包括的に規定できるものとなっています。
●「GATEWAY」JAXAホームページ(2022年5月9日閲覧)
●宇宙開発利用部会 国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会
『資料53-2 Gateway利用に関する検討状況について(JAXA資料)』
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2019/05/27/1417114_4_3.pdf
米国のアルテミス計画への協力としてこれまで日本が合意、決定した主な国内、国外での協議の内容は次の通りとなります。
●国際宇宙ステーション多数者間調整会合にて月周回の有人拠点であるGatewayについて、各極の技術的検討状況を確認し今後の協力の意思について共同声明に合意(2019年8月6日 JAXA、文部科学省)
●「米国提案による国際宇宙探査への日本の参画方針」の決定(2019年10月18日 内閣府宇宙開発戦略本部)
資料:https://www8.cao.go.jp/space/decision/pdf/r01housin.pdf
●「民生用月周回有人拠点のための協力に関する日本国政府とアメリカ合衆国航空宇宙局(NASA)との間の了解覚書」(2021年1月13日外務省)
●「月周回有人拠点「ゲートウェイ」のための協力に関する文部科学省と米航空宇宙局の実施取決め」(2022年11月18日文部科学省)
従来は上記のように必要に応じて覚書などを交わすことにより協力を行ってきましたが、米国のアルテミス計画の進捗が順調であることから、わが国内での対応のスピードが問題になってきたようで、想定可能な手続きにおける事務処理の包括的な規定として協定を整備することになったと、当協定の『概要』に記載されています。
気になるのは『アルテミス計画』という名称です。人や物を運ぶ宇宙船の名称が「オリオン」とされています。ギリシャ神話では女神アルテミスがオリオンと恋愛関係になったことから、アポロンがアルテミスをだましてオリオンを弓矢で射殺させたとされていることです。米国の思惑はどのようなものなのでしょうか?
協定の内容について
1961年、ソ連の有人宇宙船「ボストーク1号」の飛行計画の成功を受けて、ケネディ大統領下のアメリカはアポロ計画を加速させました。ケネディ大統領は大統領選挙中、宇宙開発に関する公約を高らかに掲げて当選しましたが、月着陸船の計画成功に至る予算の巨額さになかなか署名しなかったと言われています。その後、国際情勢の変化に伴う大統領の認識の変化と成功への意欲は産官学を奮い立たせ、やがて月着陸の成功へと導いたのです。アメリカのアポロ計画は1969年の月着陸成功に全世界が熱狂しました。しかし、やがて国民の無関心や巨額の予算への批判からすべての計画を実施することなく1975年のアポロ、ソユーズドッキングミッションを最後に終了しました。その後、スペースシャトル計画など様々な宇宙技術開発計画が進められましたが、2011年にスペースシャトルが退役した後、アメリカは独自のロケットを使用したプロジェクトを行っていませんでした。それが2017年になって、トランプ大統領が「宇宙政策指令1」に署名し、月を拠点に火星探査につなげる計画が進められることになりました。
そのような中、2022年に宇宙ステーションモジュールの打上げに成功するなど、独自の宇宙ステーション計画を進行させていたのは中国です。中国はすでに2020年に月の土などを持ち帰ることに成功しており、2030年までに月面基地の建設を始める計画を打ち立て、月探査の先頭集団に躍り出ようとしています。中国の月面基地は宇宙開発の足掛かりであり、目指すところは火星だということです。中国はすでに火星の表面にロケット噴射技術により着陸ができる技術力を有し、火星探査を進めています。アメリカがアルテミス計画を前倒しで進めているのはこのような情勢も当然含まれていることでしょう。
さて、当『日米宇宙協力に関する枠組協定』は2020年にトランプ政権が発表したものです。米国の月その他天体探査技術開発事業である「アルテミス計画」を前提にしたものですが、1967年に締結された『宇宙条約』というものがあり、それを含む『宇宙5条約』の『宇宙救助返還協定』『宇宙損害責任条約』『宇宙物体登録条約』など、そのほか、すでに進行中のアルテミス計画関連に必要とされる物流、団体間協力関係に関する覚書などを包含して日米二国間の協力を円滑にするための法的枠組みを設けるために協定を結ぶとされています。
『宇宙条約』は正式名称を『月その他天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約』と言い、1967年1月に作成され、10月に効力が発生、公布された古い条約です。「平和目的」での宇宙利用を前提としているため「核兵器もしくは他の種類の大量破壊兵器を運ぶ物体を地球を回る軌道に乗せること又はこれらの兵器を天体に設置することを慎む」ことを参加国に求めていますが、これなんかすでに有名無実化しているのでは? と思うものもありますが、宇宙開発に関わるガイドラインとしての意味があるようです。
具体的な内容としては下記の事柄が挙げられています。
すでに『アルテミス計画』での物品の輸送については米国から日本へ関連部品を持ち込む可能性があるとして、その際の消費税等を非課税とすることなどが検討されています(輸入品に対する内国消費税の徴収に関する法律の改正)。
●「日米宇宙協力に関する枠組協定(仮称)に基づく物品等の輸入に伴う税制上の所要の措置」(外務省令和5年度税制改正要望)
日米宇宙協力条約の締結について
最初に述べたように、日本はすでに米国の『アルテミス計画』に向けた協力、準備を進めてきました。そして、アメリカの宇宙開発計画に政治的意図が常に見える事、現在は5極よりも各国とのパートナーシップにより協力関係を広める事、GATEWAYの役割、わが国のアルテミス計画の受容状況などについてまとめてきました。
ここからは協定の意義について考えてみたいと思います。日米の協力関係は2014年のオバマ大統領の訪日から新たな進展を迎えました。日米の安保、防衛協力に関しては閣僚級協議「2プラス2」の内容が優先されることとなり、重要な節目ごとに協議の場が設けられています。この協議で決まった政策に基づき、下位の部会において各種政策について幅広く議論されています。
このようにしてみると、「2プラス」協議での決定事項が最優先されるため『アルテミス計画」に協力しないということはあり得ないことになります。かつてアメリカは宇宙開発事業を単独でおこなったため巨額の予算を使うことになりました。その結果国民から猛反発を食らいました。今度は宇宙開発事業をパートナーシップという形式で複数の国が参加することにより費用を分担しあえる仕組みを作ったと言えます。宇宙技術開発の面でも日本は米国のATMになったようなものです。日本はすでにこのパートナーとして確実にこの仕組みに組み込まれ、抜け出すことはできないかもしれません。
しかし、あえてここで本協定を結ぶことは得策ではないと結論を述べたいと思います。
別の観点から宇宙開発に関する話題を見てみることにしましょう。2007年、当時のGoogle(及び米国のXPRIZE財団)が「Google Lunar X Prize」という、賞金総額3000万ドル(優勝賞金2000万ドル)の月面探査ロボットの開発コンテストを始めました。XPRIZE財団はIoTテクノロジーを推進する企業を母体にした団体です。新たな産業の創出と市場の活性化を刺激するためにさまざまな新技術開発のコンテストを行っています。資産家のアニューシャ・アンサリが出資し、アンサリ氏自身、民間女性で世界初の宇宙旅行者となりました。このコンテストはさまざまな理由から期限延長を繰り返し、結果として受賞該当者なしで終了しています。
上記プロジェクトの素晴らしい点は、民間資本が新規技術開発を促進し、多くの参加者が生まれたということにあると考えています。宇宙開発というこれまで国家規模のプロジェクトだったものであっても民間資本が参入できる時代になっているということを再認識するべきでしょう。当然「アルテミス計画」もすべて国家予算を使い進めている計画ではありません。実際に月面探査をするロボットは民間企業のロボットが使用されることになっています。日本の企業も入札に参加し、各社のロボットやシステムをGATEWAYや月面、火星着陸計画などに意欲的に使ってもらえるよう研究開発を進めています。
他にも民間宇宙ステーション事業を計画している会社はあります。わが国でも三井物産、兼松など複数の企業がすでに外国の企業との間にはなりますが、業務提携を結び宇宙事業へ進出しようとしています。また、小型の衛星技術で言えば日本は先進的な位置にあると考えられます。わが国の資源を米国の宇宙開発に資するために浪費してしまうのと、これから発展していくであろう産業に向けて投資していくのかを考えた時、国内を優先する必要があるのは誰の目で見ても明らかではないでしょうか。
また、わが国の宇宙開発予算として『アルテミス計画』については特例枠となりアメリカとの協力関係の中で必要とされれば日本側が負担することになることも考えられます。このような懸念を抱えた本協定の承認には反対であると言って、本稿を終わりたいと思います。
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