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社労士と板前は似ている
今季2回目の最強寒波が終わりました。週間予報では今日からしばらく気温が高めのようです。もう1、2回は天気が荒れるのでしょうけど、大きな流れとしてこれから雪が解け、フキノトウが出始め、この雪国にも春が来るのでしょう。
今回は何が言いたいのかというと、上記のタイトルがすべてです。目立つために奇をてらっているのではなく、社労士受験生だった頃からずっと感じていたことです。
社労士の資格は得ましたが、実務をやっているわけではなく、社労士(業界)のイメージはX(旧Twitter)で目にした投稿や親しくさせていただいている方々との交流、県会や支部の先輩たちのお話などを基にしています。
また、ぼくは板前の経験はなく、板前のイメージは、中学卒業後に修業を経て居酒屋を開店し、半世紀近くにわたって繁盛させ続けた義父から聞いた話がほぼすべてです。自らの経験に基づいた推論ではないことをお断りしておきます。
では、思いつくものをいくつか。
①「資格(技術)の習得」イコール「稼げる」ではない
「社労士資格を得て人生一発逆転」とお考えになっている方も多いでしょうし、ぼくも「オワコン業種に長くいて、つぶしがきかないので何か『手に職』をつけたい」というのが動機の一つでした。
社労士は、「難関資格」とは言われますが、弁護士や公認会計士、司法書士、税理士といった「難関中の難関資格」とは明らかに異なると思われます。
もちろん、これらの「難関中の難関資格」も「資格さえ得れば将来は必ず安泰」というものではなく、うまくやっていくには不断の努力と独特の才覚は必要でしょう。しかし、社労士の場合は、これら「難関中の難関資格」よりもシビアに「その個人の努力、才覚、センス」が問われるのかなぁと。
「社労士×○○」と銘打った本が売れるのも、「ただ社労士資格を取っただけでは通用しないんですよ」という厳しさの現れなのかな、とみています。この辺は、「料理の腕が確か=成功が約束されている」ではない板前と似ていると思われます。
②「新人」は稼ぎが極めて少なく、「雇われ」も大部分が収入低めだが、独立して当たるとデカい
よほど大きな会社やホテル、飲食チェーンで役職がつくとかしない限り、「雇われ」板前の給料は低いようです。義父の居酒屋は、義父も含めて調理スタッフが2、3人でずっとやっていますが、給与は低く、労働条件も厳しいようです。
義父は昨年末に亡くなり、店のすべての権利や資産は、中学卒業からずっと働いている一番弟子の男性(ぼくと同い年です)が引き継ぎました。この方がいなければ店は存続できなかったでしょうし、これまでの功労を称える「一括ボーナス」という意味合いもあるのでしょう。
義父の店で修業して独立した板前さんもいますし、「給料タダでいいから働かせてほしい」と言って、半年~1年ぐらいノウハウや味付けを学んで店を出した方も複数いたそうです。
Xなどで「社労士事務所は給料が低い(待遇が悪い)」というポストを読むたび、義父の話を思い出します。
小規模飲食の場合、雇われ板前イコール「低賃金だが技術やノウハウは教え、独立前提で、早期に辞めても後腐れが少ない」印象を受けましたが、この点は、社労士業界だと微妙に異なるのかもしれません。
③専門知識(味)だけでは売れない。人間関係がすべて
義父は店に立ってても、常連さんに呼ばれればそのテーブルに行って一緒に飲み、「二次会に行くぞ」と言われれば、店を出てスナックなどに行っていました。で、一番弟子さんは「この忙しい時に…」とプリプリ怒る、というのが常でした。
妻は若いころ、そんな義父に対して、一番弟子さんと一緒に怒っていました。しかし、義父の代わりに店の看板を背負って商工会議所の活動に参加するようになると、「ああやって飲み歩くのは、店のためにも大事なことなんだ」と気づいたと言っていました。
言われてみれば、地元の人気飲食店の経営者がスナックに顔を出し、20分ぐらいでサッと帰っていく姿をよく見ます。ああやって一晩で4、5軒を回るのだそうです。
専門知識があって(味が良くて)当たり前、それは大前提であって、スタートラインに立ったというだけだ、ということなのかもしれません。
書いているときりがなくなるため、この辺で締めますが、飲食と社労士、全く異なる業態なのですが、いずれ開業しようと考えるぼくにとって、学ぶべきところは多いなと感じているというお話しでした。
読み直してみて、義父の自慢話のようにも読めますが、まあ自慢話ですね。妻のキャラも含め、頭でっかちなくせに視野が狭い「田舎の元優等生」にとっては異次元なエピソードばかりで、妻の一族と縁ができたことには、「ぼくの人生を豊かにしてくれてありがとう」と感謝しかありません。