リレー小説その④「某日」

 まず僕は愛車に跨るところから始めた。

 年季がはいったヘルメットは、右側のミラーに引っ掛けておくことにした。


それは、なるべくヘルメットをかぶっている時間が少ないほうが、首の負担が軽減されるだろうという考えからだった。それと、あのジメっとした密閉感が、なんとも好きになれないのだ。


結局、最後は被るしかないのだから変わらないだろうと言う人がいるかもしれないが、これは僕のルーティンなのだ。とやかく言われるような筋合いはない。

そして、右足の先で重心をとりつつ、左足の踵で素早くサイドスタンドを外す。バイクの自由が僕に委ねられた瞬間である。


私はこの時が好きだ。


どっしりとした重量感、オイルまみれの重厚な機械が昆虫のような甲殻を静かに身に纏っている様は、いつ見ても僕に童心を思い起こしてくれるのだ。


 ここでやっとヘルメットを被る。心の準備が完了した合図である。すると、僕は直ぐに右手でエンジンをかける。このタイミングは早ければ早いほど、緊張感があって良い。


ここでドュルン、と一吹かし。


生憎、風はない。


 今年の梅雨は長かった。

人間、半端なもので、雨が降れば気が滅入ると言い、カンカンに晴れれば今度は暑苦しいとぼやいてみせる。

とはいっても、僕も近頃の天気は随分気分屋なものだと思う。時代なのだろうか。
どちらにせよ、人間と空模様の関係は妙なものだ。


一昔前なら、わざわざてるてる坊主を作り、お天道様、どうか明日は晴れていただけないでしょうか、と人間から歩み寄る余裕があった。


しかし、そんな非科学的なモノ、時代の子は信じない。となれば、天気の方も人間とお近づきになりにくい。

今まで人から多少なり崇められていた対象なのだから、同等の立場とは到底理解が及ばないのだろう。

我儘なのだ、とにかく。


 

プスン、と音を立てて僕の相棒は弱々しく傾いた。こいつは、オンボロだから走っていないと直ぐにエンジンが止まってしまう。だが、長い付き合い、僕も慣れっこだ。



ごめんよ、待たせたね。
もう暫く、雨は降らないようだよ。
お前の好きな日が、何日も何日も続くことになる。

じゃあ、行こうか。


そう言って僕らは走り出した。


———勿論、僕も好きだ。排ガスと草の匂い。

最近気づいたんだけど、

夏の風は僕らの周りに吹くようだよ。





読んでいただきありがとうございました。

お初です。緊張しますね。

テーマは「夏の匂い」でした。

この後も何作か続くと思いますので、楽しんでください。ではでは。


さんぴん倶楽部 みろ


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