敵基地攻撃能力

衆議院選挙、自民党総裁選で「敵基地攻撃能力」の保有が話題になりました。敵基地攻撃能力に対してどう思っているか書いていきます。

保有の是非

個人的には敵基地攻撃能力は賛成です。但し攻撃を抑止する力としての効果に関しては疑問です。

敵基地攻撃

一般的に議論されている敵基地攻撃は早期警戒管制機による監視、レーダー妨害で相手を混乱。その後空母などから出た戦闘機や地対地ミサイルなどによる基地の無害化、または、発射されたミサイルを相手領域内で落とすことも含んでいると報道や各党の意見を見ると考えられる。

敵基地攻撃能力の抑止効果には疑問

敵基地攻撃能力は相手が攻撃準備している時に攻撃前に相手を叩くものです。しかし、今の時代は移動発射台からミサイルを発射させるため敵基地からとは限りません。移動発射台からであれば奇襲攻撃が可能です。実際北朝鮮は列車から発射させました。また、ただでさえ速く高度も低くレーダーに映りにくい超極音速ミサイルを相手領域内で落とせるでしょうか。奇襲攻撃ができるというそんな中、準備に時間のかかる敵基地攻撃能力を、と言っても「攻撃させない」という抑止力にはなれないと考えています。

敵基地攻撃能力に疑問=反対、ではない

実際に攻撃された場合、波状攻撃が考えられます。波状攻撃の被害を軽減させるには、相手が2波、3波攻撃をする前に叩く、ということが考えられます。もし敵基地攻撃能力がなければ波状攻撃の第2波3波を防げるでしょうか?国民の命を守る自衛は現行憲法で認められているという解釈なので、できることだと思います。攻撃しなければ多数の被害が出ます。必要な対策をして国民の命を守るのは国の義務です。

憲法との整合性

敵基地攻撃能力、と言うと憲法違反と言われることがあります。私は敵基地攻撃により国民の命を守れるなら自衛の範囲内だと思います。「コロナで死者が出るのは政府の責任だ」と共産党は言いますが、ミサイルが発射されて防衛網を突破され命中した場合、死者が出るのは確実。これは政府の責任ではないでしょうか。撃ち落とすための自衛隊、被害軽減の敵基地攻撃能力は憲法違反と言うのは国民を守ろうとする意思がないのではないでしょうか。こんなこと考えればすぐにわかる話です。

敵基地攻撃能力の議論は不要ではないか

極端な理論ですが私は敵基地攻撃能力をどうするか、という議論は不要だと思っています。必要ないとは言ってません。効果に疑問と言っても必要なのになぜ、議論は不要だと思っているのか。敵基地攻撃能力は抑止力ではなくミサイル防衛の一つにすぎず、当たり前のことだと考えているからです。ミサイル防衛は核抑止力、敵基地攻撃能力、迎撃能力、国民避難を合わせたことを言うはずです。日本は核抑止力をアメリカに頼っていますが近年のアメリカの行動では核抑止力が働くか不明。敵基地攻撃能力は忘れられ。ミサイル防衛は相手の技術向上で破綻状態。国民避難まで忘れられ。そもそもミサイル防衛に敵基地攻撃能力は含まれているのだから敵基地攻撃能力云々より、当たり前の事としてすればいいという考えです。

敵基地攻撃能力云々よりも

敵基地攻撃能力云々より抑止力向上とは何か。それは「反撃能力」です。それこそ「攻撃すれば痛い目を見るぞ」というメッセージを出す本来の抑止力ではないでしょうか。反撃能力は日米同盟でできるでしょうが、相手の技術向上に合わせるなら日本も反撃能力を保有すべきだと思いますしその議論こそする必要があると思います。

まとめ

敵基地攻撃能力は抑止力としては働き得ないかもしれないがミサイル防衛としては当たり前。敵基地攻撃能力より反撃能力の議論をするべきだと思います。


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