「この程度の冊子が1000円」発言に関して思うこと - 私なりの見解とサークル主さんへの賛辞 #技術書典
※まず最初に、この記事は件のツイートに対する反論記事ではありません。あくまでもサークル主の方々と、いつもお世話になっている素晴らしい編集さんへの応援記事であることを明言しておきます。
こんにちは。湊川あい(Minatogawa Ai)と申します。
フリーランスでWebデザイナー/漫画家/技術書執筆をしています。著書はわかばちゃんと学ぶシリーズなど。技術書典6では2500部ほど持ち込み、新刊・既刊あわせて1日で1600部ほど頒布しました。
自分の知見を他人の脳にダイレクトに伝える。これって最高におもしろいですよね。技術解説、書くのも読むのもすっかりハマってしまいました。2年前から技術書典のとりこです。
ちなみに商業出版・技術同人誌(オリジナル一次創作)・Web連載、必要だと感じたらぜんぶやるマンです。商業でも技術書典でもWeb連載でも、媒体が違うだけで、届けたい人に向けて書くという行為は同じですから。
さて、巷で話題になっている下記のツイートについて。
2019年4月14日に行われた、技術書典6について言及されたものです。
こちらのツイートを取り巻く状況に関して、具体的にはこちらの記事をご参照のこと。
数日間、モヤモヤと考えておりましたが、少しまとまってきたので、
・自分なりの見解
・サークル主さん、書き手へのエール
を書いてみましょう。
事象
・ツイート主は技術書典に初めて来た
・試し読みコーナーに並んでいた本を撮影
・「個人経営の書店さん」に対して「同人誌即売会に行ってみるべき・薄い本を作って売るべき」とアドバイスする形でツイート
以下ツイート原文の引用:
個人経営の書店さんは、同人誌即売会に行ってみるべきです。
「この程度の冊子が、1,000円で売れるのか」とカルチャーショックを受けられます。
「取次から配本される本だけ売ってたら、もったいなくない?
売り場持ってるんだから、うちでも薄い本を作って売ろうかな」となるはずです。
なぜ炎上したか?
・言葉の選び方が適切でなかった
・「この程度」→作った本を低く評価されたように見えた
・同人誌は「売る」ではなく「頒布」
・おそらく撮影許可なく、その場にあった14冊の冊子の画像を撮影して添付した
・その発言をしたのが、本来言葉を選ぶべき編集担当者であった(プロフィール文を読む限り)
・言葉の選び方の問題を抜きにしても「個人経営の書店さんが独自に技術同人誌を作って店頭に置く」ことは費用対効果が少なく、手放しでおすすめはできない
・「同人誌」という言葉のミスリード(同人誌=アニメ作品の二次創作、という認識のユーザーまでこのツイートが広がったため、どうしても意見が食い違う。技術書典で頒布されている技術同人誌は、開発のハウツー本や実用書。ほぼオリジナルの一次創作)
「この程度」という言葉の解釈
まず言葉の解釈について、2種類の意味に捉えられるのが論点になっています。ひとつめは「この程度の冊子(と僕は思った)」という解釈。ふたつめは「この程度と(書店さんに)思われるかもしれない冊子」という解釈です。
個人的な見解ですが、前後のツイートからして後者だと思われます。
こちらのツイートを見るに「紙の本・限定部数」に対してポジティブなイメージ、出版業界を盛り上げたいという意気込みが感じられます。
ただ、やはり「この程度」という言葉のインパクトが強い。強すぎます。
もし、あなたが書いた本があの画像の中に写り込んでいたとしたら、どうですか?本じゃなくとも、ブログ記事やアプリでもいいです。自分が丹精込めて作ったものに「この程度」という言葉がそえられていたら……。
私はそのシーンを想像すると、どうしても心臓がバクバクしてしまいます。おおう……。
▼私の描いている個人制作誌。すべてオリジナルで、マンガ・解説両方を手がけています。技術書典6【あ03】にて出展していました。BOOTHで無料試し読み可能。ダウンロード販売中。
▼技術書典では、自著であれば商業誌も頒布可能なので、自分のスペースに一緒に並べておりました。
読み違え?実は技術同人誌をめちゃくちゃ褒めてる?
「たまたま言い方が誤解を招いただけで、ご本人に悪意はないのでは」という考え方もございます。
つまり、実は「この程度の(製本だけど中身が素晴らしい)冊子が、1000円で売れるのか」という意味合いで、技術同人誌を褒めているのではないか
という考え方です。
ただ、もしその意味合いでつぶやいたとするならば、遺憾のリプライがつき始めた序盤でご本人が「いえいえ、読み違えですよ。技術同人誌を尊敬してこのようにつぶやきました」と補足するはずです。今回、プラスにもマイナスにもとれる文章で、その後もその真意がわからないからこそ、ここまで炎上することになったように思います。
褒めてくださっているのであれば、ありがとうございます。そして、もしお時間が許すならば「読み違えですよ」の一言でもつぶやいていただければ、我々書き手にも安堵が広がるのではないでしょうか。
欲しい人がいるから買われる。サークル主さんへの賛辞
私はこのツイートへ反論するよりも先に、まずすべきことがあると思いました。
それは、書き手の皆さんへの感謝と賛辞です。
・技術書典6に出展する決意を固め、申し込んだ!
・原稿の題材となる技術のコーディング、デモ、技術的裏付けを集めた!
・Re:VIEWやVivlioStyleといった自動組版技術について調べて自分のリポジトリを作った!CIを回せるようにした!
・忙しい中、時間を捻出して原稿を完成させた!
・知人の詳しいエンジニアにも原稿をチェックしてもらい、修正に修正を重ねた!
・締切に間に合うよう、印刷所さんへ入稿した!
・印刷代はばかにならないけど、売り切れてしょんぼりする読者さんを減らすために身銭を切って多めに刷った!
・自分で自分の作品を精一杯プロモーションした!
・世界にひとつしかない作品を生み出し、必要とする人へ届けた!
これは素晴らしいことです。
技術書典のサークル主は、第一線を走るエンジニアやデザイナー、大学教員など、プロフェッショナルの方が多いです。でなければ、あんな濃い内容の高度な技術書は書けません。
決して「この程度」ではできないことです。
「1000円でも売れる」。最高じゃないですか。
今市場にない情報で、欲しい人がいるから1000円でも買われるんです。
それでも、一般的に技術同人誌って赤字ギリギリなんです。
もし単純にもうけたいならば、冊子を作る時間で、得意領域の技術でWebサイト制作なりアプリ制作なりの仕事を請けた方がはるかにもうかります。
じゃあなんで書くの?
書きたいから書いてるんです。誰かに言われて書いているのではないんです。
自分が思う「こんな本があったらいいな」がまだ世の中にない。じゃあ自分で書くっきゃない!いてもたってもいられない!
そんなわけで書いているんです。
それぐらいの情熱がないと書けません、技術同人誌は。そりゃ1000円でも5000円でも「売れ」ますよ。街中で無作為に10000人集めても、1人に刺さるかどうかぐらいのニッチな技術書。でもその1人は強烈に欲しがる技術書。今までこの世に存在していなかった、まったく新しい切り口/内容の本なんですから。
だから、すべてのサークルさんは誇ってください。たとえ16ページでも、完成させて世に出したことが価値なんです。
16ページでも、冊子として完成させるのって大変です。やったことある人はわかると思うんですけど、むしろ16ページ内にうまくまとめるのって頭かきむしりたくなるほど難しいですよね。
推測ですが、この編集担当者さんから見ると、技術書典というイベントは「すごい」を通り越して「不気味」だったのかもしれません。
手軽に作っている(ように見える)技術同人誌が、64ページ1000円の価格帯でも飛ぶように売れていく。なんということだ、信じられない。技術書典、マジでキテるぞ……!
技術同人誌の今に素直に驚き、ある意味負けを認めている。そんな心境から出た言葉が「この程度」「寝言を言っている場合じゃない」なのではないでしょうか。極力ポジティブに捉えると、ですが。
危惧していることその① 編集という仕事のイメージ。いい編集さんもいるよ!
危惧しているのは、この一件のツイートによって、商業出版の編集担当者そのもののイメージが世間的に悪くなってしまうことです。
たとえば私がお世話になっている出版社の編集さんは本当に素晴らしい方で、拙著わかばちゃんと学ぶシリーズの意向を汲み取って、一番よい形を提案してくださいます。
私が気づかないところに気づいてくださるし、読みやすい組版のプロフェッショナル。キャンペーンの提案のほか、書店さんに配る的確なPOPも作ってくださいます。
いつも穏やかな物腰で、著者に対する思いやりがあります。彼は「この程度の冊子」なんて言葉、口が裂けても言わないでしょうし、そもそもそんな風にはみじんも思っていないと思います。
しかも、編集さん自ら、技術書典4から毎回出展申込をしています。イベント当日は、社長さん・編集さん自らスペースに立ち、来場者の方やサークル出展者の方と直接交流。さらには出版社の社長自らが個人制作誌を作り、スペースで頒布するという全力を挙げての楽しみぶり。「純粋にものを作るのが大好きなんだな」「狩場や売り場として見るのではなく、技術書典というコミュニティ自体を愛してくださっているんだな」というのが伝わってきて、私も嬉しかったです。
人間というものは、その特性上、ポジティブなことより、ネガティブなことに反応しがち*です。
結果、悪いニュースが広まりがちですが、素晴らしい編集さんもいるよということを声高に伝えたいです。
*ネガティビティ・バイアス ……Hanson博士によれば、私たちの脳はネガティブな経験から脳構築を行うことに長けているのだそう。なぜなら、人間の祖先は、天敵や自然災害の脅威に日々さらされてきたから。生き延びるために進化の過程でネガティブ思考が受け継がれてきたのだとか。
危惧していることその② 「立ち読み広場」の存続可否
技術書典には立ち読み広場というコーナーがあります。
>「立ち読み広場」は、参加者の方が各サークルの提出いただいた新刊・既刊(の一部)を立ち読みできるスペースです。
> とりあえずいろんなサークルの本をざざざっと読んでみたい…!という方は、出口付近までぐるっと回ってみてください。
今回話題になっているツイートの画像は、立ち読み広場で撮影されたものと考えてほぼ間違いないかと思います。(机・冊子の置き方等)
私は技術書典公式のスタッフでもなんでもなく、いち参加者ですが、個人的に危惧しているのは、立ち読み広場の今後についてです。
現状
・立ち読み広場への冊子の提供は、任意です
・見本誌とは別物です
・撮影の可否について、公式ガイドは以下の通り定めています
イベント会場内で撮影を行う場合は個別に許可を得てください。
会場内の撮影などは相手の許可をとってください。「撮ってもいいですか?」の一言ですごく気持ちよく過ごせます。不特定多数の方が来場するので、配慮をお願いします。またスタッフを撮影するときもスタッフから許可をうけて撮影してくださいね。彼らも汗を拭ってから準備万端の笑顔で撮影されたいと思ってます!
私は2年前の技術書典2から参加していますが、立ち読みコーナーでの撮影は、私が観測している範囲では見たことがありませんでした。
著作物の撮影は作者に確認をとるのが常識・マナーだと思っていましたし、今まではそれでうまく回っていました。
規模が大きくなってくると「大人なんだからよしなにやってね」では通じない層が入ってくることもあるのですね。新しい学びです。
今後の対応策
・立ち読み広場を存続したい場合
→立ち読み広場のメリットをアピールする
→立ち読み広場のデメリットをなくす(例:撮影禁止の札を置く、スタッフが監視する)
・今回のように許可なく撮影・ツイートされるのが嫌なサークル主さんの場合
→立ち読み広場に冊子を提供しない
簡単ですが私どもが取れる行動はこんな感じになると思います。
撮影禁止の札を置くだとか、冊子を提供しないだとか、なんだか性悪説のようでさみしい感じがしますが……。
ほとんどの人がマナーを守ってくださっている技術書典。
せっかくの楽しいイベントですから、性善説で行きたいですよね!
技術書典6のキャッチコピーを思い出してみましょう。
夢いっぱい、本いっぱい。
技術書オンリーイベント 第6回
来場者も、サークル主も、みんな技術書が大好き!
書くのも読むのも最高!
自分の本が画像に写っていたサークル主さん、好きなサークルさんの本が画像に写っていた読者さん、どうか気を落とさないで。
このニュースは一部だけを切り取ったものであって、大手出版社が注目してわざわざ足を運ぶぐらいのにぎわいだったこと、誇りに思ってほしい。
そして「技術書を書いてみたい!」と思っている方。あなたにしか書けない素晴らしい新刊をたずさえて、ぜひ次回の技術書典に出展してほしい。
次の技術書典も、みんなの笑顔がいっぱいのイベントになりますように!
サポートいただけると制作速度が上がります!!