ギターと君
むかしは部屋の隅っこで縮こまりながら似合わないアコースティックギターを触っていられればそれでよかったなあ。なかなか覚えられないコード、届かないFコードの人差し指。
「こんなの本当に押さえられる人間いるの!?」なんてすこし理不尽に怒ってみたりして。
扇風機しかない狭いあの空間で蒸し暑さを感じながら吸ったラッキーストライク。梅雨。ギターもすこし湿った音がして漠然と「死にたいなあ」なんて思ったりしたこともあったなあ。
基本的に人を見る目がないので、いつだったかも名前すらも忘れた男に二股かけられてブチ切れたこともあったっけ。あの時のアイツの顔、面白かったなあ。初めて宇宙人と出会った時みたいな顔してた。っていうことはわたしは宇宙人みたいな顔で怒ってたってことになるのかな、それはそれで嫌だな、何か。せめてギリギリで良いから人間でありたい。
西日の眩しい部屋だったな。午後になると太陽の光が沢山差し込んできて悲しい気分の時ってその光が何故かわたしを責め立ててきているように感じて半泣きでカーテンを閉め切って布団にくるまったこともあったっけ。「つらいから、悲しいから照らさないで」って。
そんなわたしに眩しいライトを浴びせて「はーい!今この人はさも自分が世界で一番辛いかのような顔してまーす!!」って晒し者にされている気がしたり。でも今考えたらそれでよかったんだ。わたしの世界はわたしの人生。わたしの人生はわたしの世界。だからわたしが「今世界で一番つらくて悲しいの!!」って思うのは正しいことだったなあって、最近ようやく気付いたところ。
相棒だったアコースティックギターは誰かにあげちゃった。やっぱりどうがんばってもFコードが押さえられない。届かない。だからね挫折して誰かにあげちゃった。馬鹿だなあ。
君はFコード。わたしの手じゃ届かない。ギターは手放しちゃったけど、でも君は手放したくないかな。君の声がすきだよ。
優しくてすこし癖があって心地よい低音で、何よりわたしが触れなくても奏でてくれる。とても美しい感情を。君はFコードみたいに意地悪はしない。
ねえ、ずっとずっとこのまま幸せでいたいよ。
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