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かたつむりの娘

【人物一覧表】
百瀬優衣(25)劇団員
百瀬柊弥(28)優衣の兄
百瀬勝司(55)優衣の父
百瀬幸子(58)優衣の母


※M:モノローグ

○公園(夜)
   ベンチに座り、イチャイチャしているカップル。
優衣の声「恥を知れ!」
   驚くカップル。
   外灯の下で百瀬優衣(25)が宙を指差している。
   怪訝そうに優衣を見るカップル。
   優衣、カップルの視線に気付かずに、
優衣「由緒正しきヘンデドルック家にあるまじき行為! 
 そなたはもはや私の兄ではない! 即刻この城から……
 あれ?」
   優衣、ズボンのポケットにねじ込んでいた台本を
   取り出して、
優衣「(ページをめくり)違う、この家から? 
 じゃなくて、えっと……国? あ、国だ!」
   優衣、再び台本をズボンのポケットにねじ込んで、
優衣「即刻この国から――はっくしょい!」
   優衣、鼻をすする。
   唖然としているカップル。
   優衣、ようやくカップルに気付いて、
優衣「あ、すみません……」
   スマホのバイブ音が響く。
   優衣、スマホを取り出す。
優衣「(出て)ナイスタイミング。ううん、こっちの話。
 え、鼻声? 大丈夫、そろそろ帰ろうと思ってたから」
   優衣、通話しながら歩いていく。
優衣「え?」
   立ち止まる優衣。
優衣「話そうとは思ってるんだけど、そっちはなかなか
 タイミングがね……」
   白い息を見つめる優衣。
 
○同・百瀬家の前(夜)
   『MOMOSE』と書かれた表札。
優衣の声「ただいまー」
 
○同・リビング(夜)
   カウンターキッチンのあるリビング。
   コタツを囲むように座っている百瀬家の人々。
   並んでテレビを見ている百瀬幸子(58)と
   百瀬勝司(55)。
   ウトウトしている勝司とは対照的に、
   幸子はテレビを熱心に見ている。
   その横にテストの採点中の百瀬柊弥(28)。
   部屋着に着替えた優衣、カレーを持って柊弥の
   向かい側に座る。
   カレーを食べながら台本を読む優衣。
柊弥「読みながら食うのやめろよ」
優衣「(食べながら)このほうが覚えやすいの。
 っていうか、お兄ちゃんこそココで仕事しないでよ」
柊弥「俺の部屋寒いんだよ」
優衣「エアコンつければいいじゃん」
柊弥「底冷えすんの」
   優衣、柊弥の手元を覗いて、
優衣「青木雄太くん88点」
柊弥「おい、プライバシーの侵害だぞ」
優衣「じゃあここで採点しなきゃいいでしょ」
柊弥「見るなっつってんの。お前こそコタツで食わずに
 あっちで食えよ」
   と顎でダイニングテーブルを指す柊弥。
優衣「無理! だって寒いし(と食べる)」
   カレーの汁が皿に落ち、台本に飛ぶ。
優衣「あ」
柊弥「(睨んで)答案用紙に飛ばしたら殺す」
優衣「そっちまで飛ばないし。っていうか、教師が
 「殺す」とか言っていいわけ?」
柊弥「バカ、教師じゃなくても言っちゃダメに決まって
 んだろ」
優衣「ムカつくー!」
幸子「ちょっとあんた達、静かにして」
   優衣と柊弥、テレビを見る。
優衣「(ハッとして)このドラマって」
柊弥「音楽番組だろ? さっき歌ってたし」
優衣「ドラマでも歌うことあるし」
柊弥「じゃあドラマだな」
優衣「適当過ぎない?」
柊弥「俺にとっちゃ作業用BGMだからな。どっちでも
 いいんだよ」
   優衣、スプーンを置いて、
優衣「あ、あのさ」
幸子「優衣ちゃんはテレビには出ないの?」
優衣「え? うーん、私は舞台のほうが好きだからなぁ」
   鼻で笑う柊弥。
優衣「(ムッとして)何よ」
柊弥「その気があれば出れるみたいな言い方するじゃん」
優衣「出れますけど?」
柊弥「ムキになるなって」
優衣「オファーあったけど断ったの」
柊弥「(鼻で笑い)大物俳優かよ」
優衣「は?」
幸子「お母さん観たいなぁ。優衣ちゃんが出てるドラマ。
 ね、同じ劇団の人に出てる人とかいないの?」
優衣「……いるよ」
幸子「そうなの? えー、なんてドラマ?」
優衣「えっと……刑事が歌って事件解決するやつ」
柊弥「なんだそりゃ。捜査に専念しろよ」
優衣「フィクション」
柊弥「はいはい、虚構虚構」
幸子「えっ、じゃあこのドラマじゃない?」
   幸子、テレビを指差して、
幸子「さっき刑事さんが歌ってたもの」
優衣「(ぎこちなく)へぇ、そうなんだ」
柊弥「……?」
幸子「ねぇお父さん、このドラマにね、優衣ちゃんの
 劇団の人出てるんだって」
勝司「(目を閉じたまま)んー、すごいなぁ」
優衣「寝てるし」
勝司「起きてる、起きてる……(寝る)」
幸子「ねぇねぇ、どの人?」
優衣「そんな都合よく出てこない――」
   テレビを観てギョッとする優衣。
幸子「それもそうか。テレビ出るのって大変だもんね」
柊弥「お母さん分かるの、テレビに出るのが大変だって」
幸子「そりゃあ分かるわよ。簡単ならお母さん出てる
 じゃない」
柊弥「……ま、死体の役なら出られるかもね」
幸子「もうっ、縁起でもない」
   熱心にテレビを観ている優衣。
柊弥「優衣」
優衣「(ハッとして)え?」
柊弥「コーヒー飲みたいんだけど……」
   とジャンケンのモーションをする柊弥。
優衣「分かった」
   優衣、コタツから出てカウンターへと向かう。
   唖然とする柊弥。
   コーヒーマシンをセットし始める優衣。
優衣M「どうしよ、もう言っちゃう?」
柊弥「お母さん、優衣がコタツから出た」
   テレビを観ている幸子。
柊弥「(強く)お母さん」
幸子「何よ」
柊弥「優衣がジャンケンせずにコタツから出たんだけど」
幸子「珍しいわね。一度入ったらテコでも動かないのに」
柊弥「だよね。あいつ死ぬのかな?」
幸子「ええ!?」
   幸子、優衣を見る。
   コーヒーマシンに水を注いでいる優衣。
幸子「顔色はいいけどねぇ」
柊弥「いや、死ぬとかは冗談だから」
幸子「あんたね、冗談でもそういうこと言うの
 やめなさいよ」
柊弥「でもさ、一度コタツに入ったらテコでも動かない
 あいつが出たんだよ?」
幸子「(テレビを見て)あれ? 喋ってる間に
 刑事さんどっか行っちゃった」
   コーヒーマシンが音を立て始める。
優衣M「とりあえず軽く言っとくか。あくまで自然に、
 かるーく……」
柊弥「(テレビを見て)捜査じゃないの」
幸子「あ、ボイストレーニングしてる」
柊弥「捜査しろよ。何かイライラするなぁ、このドラマ」
優衣「あ……あのさ!」
柊弥・幸子「!?」
   寝ながらビクッと震える勝司。
幸子「やめてよ、お母さん心臓弱いんだから」
優衣「ごめん。その……さっき映ってたから」
柊弥「主語がないぞー」
優衣「ウザ……」
幸子「はいはい、野党は静粛に」
柊弥「野党って――」
幸子「で? 優衣ちゃん、どうしたの?」
優衣「……劇団の人、映ってたの」
幸子「あらっ、さっき言ってた人?」
優衣「うん……」
   訝しげに優衣を見る柊弥。
幸子「へぇー、すごいわねぇ。やっぱり優衣ちゃんも
 出てほしいなぁ。ねぇ、柊弥もそう思うでしょ?」
柊弥「もしかして、彼氏か?」
優衣「!」
柊弥「ほーん、なるほどね」
幸子「え? どういうこと?」
優衣「その、映ってた劇団の人……彼氏なの」
幸子「うそぉ!? 彼氏がいるとは聞いてたけど……
 劇団の人だったの?」
柊弥「(テレビを指差し)これ?
幸子「(柊弥に)ちょっとあんた、失礼よ。
 指差してこれとか、大根じゃないんだから」
柊弥「(吹き出して)ちょっとお母さん、よりによって
 大根はダメでしょ」
幸子「なんで――あ、違う違う! そんなつもりじゃ
 ないのよ?」
優衣「(苦笑し)分かってる」
幸子「それにしても、優衣ちゃんの彼氏かぁ。
 ねぇ、今度連れて来てよ」
柊弥「またそんな気軽に――」
優衣「そのつもり」
柊弥「ええ?」
優衣「実は……彼と、結婚を考えてて」
柊弥「は?」
幸子「まぁ」
優衣「ホントはもっと前に紹介したかったんだけど、
 結婚する前に会わせると別れたときに気まずい
 っていうか……お兄ちゃんのときそうだったから」
柊弥「おい」
幸子「どうしましょ、黒留袖どこやったかしらね」
優衣「(笑って)気が早過ぎ。まだ日取りも何も
 決まってないんだから」
幸子「でもこういうのは早めに準備しておかないと。
 (勝司に)ねぇお父さん、起きて」
勝司「(眠そうに)うん?」
幸子「優衣ちゃん結婚するんだって」
勝司「ええ?」
優衣「ちょ、ちょっとお母さん」
幸子「彼氏がいてね、さっきのドラマにも出てて、
 その人と結婚するって」
勝司「え、何、どういうこと?」
柊弥「ダメだお母さん、お父さんが情報過多で溺れそうに
 なってる」
幸子「とにかく結婚! 優衣ちゃんが結婚するの」
勝司「結婚……」
   照れ臭そうに頷く優衣。
幸子「ね、すごいわよねぇ」
勝司「そうか……かたつむりが蝶になるんだなぁ」
   キョトンとする幸子・柊弥・優衣。
幸子「(爆笑し)なーに言ってんのお父さん!」
   と勝司の肩をバンバン叩く。
勝司「(痛がりながら)いや、優衣ちゃんの好きな人は、
 優衣ちゃんをコタツから出す力があるんだなー
 ってことを言いたくて……」
幸子「それならそう言えばいいじゃないのー。
 なのにかたつむりが蝶になるとか言って」
勝司「ダメ? 我ながらロマンチックな表現だと
 思ったんだけどなぁ」
柊弥「どこが? だいたい、かたつむりは蝶にならない
 からね」
勝司「それぐらい分かってるよ。お父さん、
 理科は得意だったんだから」
柊弥「本当かなぁ。お父さんもお母さんと一緒で
 天然だから油断ならないよ」
幸子「ええ? お母さん、天然? どちらかというと
 養殖じゃない?」
柊弥「ほらもう、そういうとこだよ」
優衣「(吹き出して)変な家族」
柊弥「何を他人事みたいに……お前もその一味だろ」
幸子「一味ってあんたね」
   優衣、匂いを嗅いで、
優衣「コーヒー、出来たみたい」
   と再びカウンターへ向かう優衣。
勝司「そうだ、言い忘れてた」
優衣「(振り返って)うん?」
勝司「結婚おめでとう」
優衣「まだ早いって……でも、ありがとう」
柊弥「で? 結局どれ――誰なんだよ」
   とテレビを指差す柊弥。
優衣「もう映ってない」
幸子「また出てくる?」
優衣「どうだろ、死体の役だったからなぁ」
幸子・柊弥「死体!?」
優衣「いい死にっぷりするのよ、彼」
   幸子と柊弥、顔を見合わせて、
柊弥「死体だって」
幸子「うーん、出来れば生きてるときに会いたいわねぇ」
勝司「ねぇ、何の話?」
   家族のやり取りを見て笑う優衣。
<完>


※横書きのため改行など従来のシナリオの書式と変えています

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