英国の住宅危機から見る世界的な政策の失敗
case | 事例
(国連ハビタットのマイムナー・モハメド・シャリフ事務局長の論説)
ロンドンをはじめ英国は過去数十年間、住宅物件の供給不足が価格を押し上げ、現在の英国では1,100万人以上が収入の4割以上を住宅に費やしており、その割合は欧州で最も高い。この住宅危機は英国だけの問題ではなく、世界的にも過去から失敗が繰り返されてきたものでもある。1948年の世界人権宣言では、人々の充分な生活を享受する権利を認め、1976年にバンクーバーで開催されたハビタットI会議では、各国の指導者たちは適切な住居は基本的人権であり、それを実現することは政府の義務であるとし、その実現のための64の提言をまとめた。しかしながら、75年経った今も、世界的な住宅問題は続いている。世界で約28億人が、ホームレス状態や標準以下の住宅に手が届かないなど住宅不足に直面している。適切で安全かつ手頃な価格の住宅への普遍的アクセスに関するSDGs目標11を達成しているのは、オーストラリアとニュージーランドだけである。ヨーロッパ全体では、若者が最も影響を受けている。FEANTSAによると、アムステルダム、ヘルシンキ、リスボンなど一部の欧州の首都では、1ベッドルームのアパートの平均家賃が若者の所得の中央値を上回っている。
この問題を解決するには、普遍的な考え方の転換が必要である。適切で手頃な価格の住宅への投資は、雇用機会を提供し、経済的価値を創造し、住宅格差を埋め、経済回復のための強力な手段になる。シェルター・スコットランドによると、手ごろな価格の住宅に1億ポンドの公的・民間資金が投入されるごとに、2億1,000万ポンドの経済効果が生まれ、1,270人の雇用が維持されるという。また、アフォーダブル住宅への投資は健康と社会的利益をもたらし、適切な住宅への公平なアクセスがあれば、予防可能な死亡を減らすこともできる。2023年6月にナイロビで開催された国連ハビタット総会では、すべての人に適切で手ごろな価格の住宅をという決議が採択された。各国政府と政策立案者は、都市の貧困、ホームレス、非正規雇用、不十分な住宅に対処し、あらゆる場所で誰もが安全な住まいを確保できるようにする、というコミットメントを再確認した。
世界的な規模でこの危機に取り組むには、必然的に各地域に合わせた解決策が必要になるが、普遍的に焦点を当てなければならない重要な分野が3つある。(1) データ主導のアプローチ:住宅に関するデータを収集・理解し、格差を特定し、経済発展に対する住宅の貢献度を算出すべき。(2) 適切な住宅を人権として認識する政策的枠組みの構築:政府が目標・基準を設定し、モニタリングを進めるなど、様々な機関や住宅関係者に任務を割り当て資源を配分すべき。(3) 国から都市・地方まですべての政府レベルの間での効果的な協力体制とアフォーダブル住宅プログラム開発への参画:適切な住宅には、基本的なサービスや雇用機会、緑豊かな公共空間が必要であることから、国だけの課題ではない。
insight | 知見
戦後の住宅不足から生まれた日本の公的住宅制度は、戦後復興の一環として住宅の大量供給を行い、その後低所得者層や身体障害者向けなど社会福祉としても位置づけられましたが、住宅金融制度と併せて、その後発展を遂げてきているアジア諸国が参考にする制度にもなっています。
このような歴史ある整った住宅政策を持っているからか、日本ではあまりアフォーダブル住宅の議論が切羽詰まったものになっていないと思います。しかしながら、日本全体の持ち家比率が下がっていたり、公営住宅の数が減り続けていたり、若者がマイホームを手にすることが困難だという記事を目にするに、上の論説にあるような、データで格差や経済への影響を見える化して、切羽詰まった問題になる前に、古い制度の再構築をしないといけないのではないかと思います。