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安曇野いろ「八月の光」


ふっと目くらましにあったように、言葉から置いてけぼりになることがしばしば。そんな瞬間を何度か繰り返しながら、読み終えた。

リーナ
未婚で妊娠したリーナは家を抜け出し、アラバマからミシシッピまで
恋人、ルーカス・バーチをさがす旅に出る。誰の目にも、バーチはリーナから逃げ出したのが明らかなのに。
ジェファソンの製板所にバーチがいると知り、リーナはジェファソンへ行く。

バイロン・バンチ
製板所で働く、見映えはしないが善良な若者。
(残業するときも、休憩時間を自分ではかって怠けないような人)
バーチとバンチを取り違えて教えられやってきたリーナを手助けし、
後に控えめながらリーナを愛するように。

ジョセフ・クリスマス
肌は白いが黒人の血が混じっていると言われて育った。
孤児院に捨てられ、里子になるが養父母を愛せず、自分をも肯定できない。
精板所にふらりとやって来て、働き始めるが、のちに
ウィスキーの密売をはじめる。

ジョアナ・バーデン
黒人地区の屋敷に住み、黒人たちの相談相手、世話をする
奴隷制廃止論者末裔の女性。屋敷の小屋にクリスマスが住み、やがてミス・バーデンと関係を持つが、彼の手によって殺害される。

ブラウン(ルーカス・バーチ)
仮名を使い製板所で働くが、後にクリスマスの
ウィスキーの密売を手伝う。殺人犯となったクリスマスの捜索を
賞金欲しさに手伝う。リーナと再会するも再び逃げ出す。

ハイタワー
隠遁生活をしている元牧師。
現実逃避的な性格で、妻が精神的に追いつめられ、
おかしな行動をするようになり、ついに自殺。ハイタワーは教会から追われるが、ジェファソンに住み続ける。

ハインズ夫婦
ジョセフ・クリスマスの祖父母。
昔娘のミリーが生んだジョセフを孤児院に捨て、
祖父はその孤児院のボイラーマンとしてジョセフを見張る。

主の登場人物だけあげてみた。どの人物からも宿命の糸が伸びていて、
ジェファソンという架空の土地に引き寄せられ、そこでもつれたり絡まったりしながら、ひとつの事件を引き起こしていく。
根底には、南北戦争とそれ以前から続く人種差別の暗い歴史がある。
単純なものではない。同じ戦争体験でもそれを栄光ととらえるものと敗北ととらえるものに二分され、法的には禁止された奴隷制も、心の中では消え去ることはなく、家系に一滴でも黒人の血が混じればその人物は黒人であるとされる「ワンドロップルール」などの意識もあった時代。ジョセフ・クリスマスの心の葛藤は、重苦しく胸に迫る。クリスマスだけでなく、すべての登場人物の心の傷が痛々しい。その傷を信仰や虚勢や暴力や権力によって覆い隠して生きている。あるいは金や血筋によって。
禁欲的でありながら、暴力的、狂信的。そんな人物が多く登場し、呪われたような相関図の中で、ひたすら礼儀正しく善良であり続けるリーナとバイロン。すべてが終わり、ふたりは最後に八月の光の中を旅していく。その様子は、トラック運転手の男によって語られる。
「次に落ち着くところには、たぶん一生の間いることになるとわかっているからさ。俺はそう思うね。トラックの荷台に座って、今はそばにあの男がいて、乳をうんと飲む赤ん坊がいる」
注には「リーナはマリア、赤ん坊はイエス、バイロンはヨセフと、旅をする三人を聖家族に見たてている」と書かれている。
ならば、バイロンは赤ん坊が自分の子ではなくても、きっと良い父親になるだろう。それは、クリスマスの悲惨で孤独な少年時代をも明るく塗り替えるような予感を感じさせる。







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