公園のベンチのはなし
私はどこらにでもある小さな公園のベンチだ
私の仕事は朝から始まっている
老人が散歩に来たついでに私に座ってくれるのだ
こんなボロくて綺麗とはいえないベンチに毎朝座りに来てくれている
それだけでも大分嬉しい
老人のルーティンに私に座るということが入ってるとなるとまたまたかなり嬉しくなって老人がため息をつくたび軋む音を鳴らしたりして励ますかのようにしている
昼の3時頃から夕方にかけては幼い子供が幼い子供同士でボール遊びをしたりと遊んでいる
疲れたら休憩しようと私に座って水筒のお茶かなにかしらを飲んでいる
最初から母親も来ている時には近くにある自販機で飲み物を買っていたりする
5時頃、夕方になると子供たちは母親に駄々をこねながらバイバイと友達たちに御別れを言い自分の家に帰っていくのだ
名残惜しい、ずっと私の側で楽しい笑い声を聞かせてくれながら遊び呆けて欲しいと言うのが私の心情
夕方の5:30頃になると部活を終えたであろう中学生が私がいる公園の前を友達と談笑しながら自転車に乗り帰っていく
それを公園のベンチという立場でありながらふむふむと見守るのも私のルーティンだ
そこから夜になるとめっきり人が来なくなる
たまに酔っぱらいがきて家にも帰らず私に座って妄想を語っているのだ
俺は本当はもっと大きな会社の社長で人当たりが良くて酒に溺れたりなんかしなくて、、、と自分の理想を意味のない妄想を大きな声でまるで私に言っているかのように言うのだ
だがその今にも崩れ落ちそうな腰を、足を、支えるのも私の仕事だ
誰にでも分け隔てなく嫌いなやつでも座らせてやる
私は自分で言うのもなんなんだが、なかなか心の器が大きい方だ
ふふふ
そして酔っぱらいは語り終えると渋々冷めきった家に帰っていくんだ
またここに来てくれたら私が支えるよと言わんばかりにまたまた軋む音を鳴らす
人間は物に意識がないと思いがちだがあるものにはあるのだ、そう、私みたいに
真夜中の1時頃から暇になってくる
言い忘れていたが夕方辺りになると犬の散歩をしている女性などもくる
いや、来るだけならいいのだが私の足のところに犬が小便をかけてくるのだ
それも毎日のように
犬にとってのそれが決まりごとなのだろうか、私に小便をかけるということが
他の人が座る所でもあるのだし小便をかけるのは是非ともやめてもらいたいが私は声を出せないのできぃきぃ鳴らして不満を訴えている
もしかしたら犬には「こいつ俺が小便してる間だけ耳に触る軋む音を鳴らしているな」とか考えられているのかもしれない
だがもしバレて吠えられたとしてもきぃきぃと対抗してやる心構えは出来ているつもりだ
現在時刻は真夜中の3時、高校生らしき人たちがグループで深夜徘徊をして私がいる公園にまた来たではないか
深夜徘徊は危ないのでやめて欲しい、と前までの私なら思っていたのだが今回の私はウェルカムモード、この高校生グループが来るのは初めてではない
前もほぼ同じような時間にきてこのようなことがあった
古くてこれも大して綺麗じゃないブランコを交代交代で少年のような笑い声で遊んでいるのだ
そして待機している人たちはベンチに座ってくれてる
深夜徘徊をしているちょっとやんちゃな高校生グループには珍しいかもしれないがゴミはゴミ箱へ、ベンチの回りのゴミ箱もついでにいれてくれてるのだ、あぁ、全員がベンチの回りのゴミを拾ってくれてるのではなく毎回誰か一人がブランコからどれだけ飛べたか、一番飛べなかったやつに罰ゲームとしてゴミ拾いをさせるのだ
まるで小学生かよと思うのだが私にとってもありがたいし公園にとってもありがたい、これからも続けていただきたいと思う
そして朝の6時頃、いつものように老人が散歩にきた
ベンチに座り持ってきた飲み物を飲み、思いがけないことを呟いた
「ここの公園、今日で閉鎖されるんじゃなぁ」
と、呟いた
何故と思い老人の次の言葉を待つ
「遊具も錆びてきて危ないしって言っていたが本当に悲しいことじゃな、ここで遊んでいる子供たちが可愛そうじゃ」
そう、呟いたのである
私は公園の隅にいるのだがもしかしたら私がいるところも損害を食らうのか?
公園そのものが閉鎖されるとなると毎日ここに来てくれてた人たちはどこへ行くんだ?
そういえば最近見たことのない人たちが公園のフェンスに張り紙を張っていたな、裏側だから見えなかったがその時から閉鎖するのは決まっていたのか
いや、遊具が錆びて危ないなら取り替えればいいじゃないか
何故だ、何故だ、
まあそれも自分勝手な言動か
私に力はない
私は小さな公園の小さなベンチ
遊具を望んでいる声はあるだろうが私を望む声はあるだろうか
そう一人で考え込んでるときに老人はまた言葉を発した
「ここのベンチも名残惜しいのぉ、わしがため息をつくたびきぃきぃと鳴ってくれてなんだか励ましてくれているようじゃった、ありがとさん」
私は何故か申し訳ない気分になった
それと同時にありがとうと言う気持ちが出始めてきぃきぃ、きぃきぃと相づちを打つかのように最後の音を発したのだった