見出し画像

オタクがF1を好きになるまで。

2021年12月30日。時間は午後4時を回ったところだった。
私は実家のプリンタを借りて年賀状を印刷していた。
正確には印刷が終わるのを待っていた。
実家のプリンタの印刷速度はとにかく遅かった。それを知っていながら、カラフルな全面印刷のデザインを選んでしまった。それも「元旦」と書かれたやつだ。
元旦に届けるための最終集荷日など、とっくに過ぎているのは承知していたが、近隣の市町村に出すのだからいけるだろうと判断した。
余裕入稿が常のオタクが、年賀状だけは極道入稿だった。
もちろん、私は非常に焦っていた。なぜなら、この後、すべての年賀状に手書きで一言添えるつもりでいたし、さらにその後には、おせち作りも控えていたからだ。

その時だった。弟が突然部屋にやってきて言った。

「今年のF1最終戦すごかったんだよ〜!」

急に何???

この弟、普段はあまりしゃべらない。私が実家に遊びに行っても基本的に自室にこもっていて、なんなら「早く帰れよ」というオーラを出してくる可愛くない弟である。それが急に何?(2回目)

実際、私は「急に何?」と言ったと思う。「それ今しなきゃいけない話?お姉ちゃん忙しいんだけど」とかなんとか言って話を切り上げようとした。しかし、弟はこちらのことなどまったく気にせず、早口で2021年シーズンのF1について語ろうとした。

我が弟、オタクではないのだが、言動がオタクっぽい。

そして、正真正銘のオタクである私は理解した。
よく分かんないけど、F1がめっちゃくちゃ面白かったんだな。誰がに話したくて仕方ないんだな、と。

だが、今はだめだ。お姉ちゃんは忙しい。そういうのは年始にこたつでダラダラしてる時とかに話してくれ。

そうは思ったが、弟がF1好きだなんて初耳だ。年賀状の印刷もなかなか終わらないし、ちょっとくらい話聞いてやるかと「F1なんて見てたんだね」と話を振ると、

「昔から見てるよ」
「昔っていつ?」
「地上波でやってる頃から」

地上波でやってる頃……??

「……古舘伊知郎?」
「さすがにそんな昔は見てない。でも20年くらいはゆるく見てる」
「ゆるくって言っても相当長いね。今F1て何で見てるの?」
「DAZN」
「へ~」

弟がDAZNでサッカーを視聴しているのは知っていたが、F1も見ていたとは知らなかった。ていうか、DAZNてF1も見られるんだ。

ここで私はある人物のことを思い出していた。
ある人物とは、X(旧Twitter)で知り合ったオタク友達である。

彼女とは某少年漫画を通して知り合った。
同じCPが好きで、創作の方向性も似たところがあり、合同サークルでイベント参加をするくらいの、とにかく気の合う仲間だった。
(オタクに明るくない方には何を言っているか分からないかもしれないが、とっても仲良しってことです)

その彼女が、最近、モータースポーツに関心があるようなのだ。
ついこの間まで、某漫画のボーイズがラブする妄想でキャッキャしていたのに、なぜ……。

答えは簡単だった。彼氏の影響だ。
当時、お付き合いを始めた彼が大のモータースポーツファンだったのだ。

正直、ちょっと複雑な気持ちだった。
モータースポーツ(彼氏)に彼女を取られてしまったような寂しさ。なんなら、私は少し疑ってもいた。本当にモータースポーツが好きなのか?だって、あまりに世界がかけ離れ過ぎている。

しかし、彼女が一眼レフを携えて富士スピードウェイやモビリティリゾートもてぎに足を運ぶようになると、これは本物だ!と認めざるを得なくなった。

彼女はモータースポーツのどこに惹かれたんだ……?教えてくれ、レースには何があるんだ!?

しばしそんなことを考えていると、弟が目の前のPCを操作してYouTubeを開いた。目当ての動画を手早く検索して私に見てくれと言う。

「ちょっと後にして。さすがに動画なんて見てられないよ。他のデザインも印刷するんだよ」

そうなのだ、年の瀬も迫りに迫ったこんな日に、私は複数の年賀状デザインを印刷しようとしていた。もちろん、全部「元旦」と入っている。極道入稿もいいところだ。

しかし、弟も負けじと再生する。
モニターの中では、なんかようわからんがレースが始まっていた。

どうやら、2021年最終戦アブダビGP決勝のダイジェスト映像らしかった。

映像を見ながら、弟は説明を始めた。

「このレース、メルセデスのルイス・ハミルトンとレッドブルのマックス・フェルスタッペンの戦いなんだけど、まず何がすごいって、現時点でこの2人は同点なのよ。このレースに勝った方がワールドチャンピオンになるわけ。もうこの時点で『サイバーフォーミュラ』の最終戦みたいなんだよ。ハヤトと新条とランドルが1点差で最終戦迎えたじゃん。あんな感じ」
「え、むしろ『サイバーフォーミュラ』超えてない?」

弟のプレゼンは出だしから冴えていた。

『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』とは、架空のモータースポーツを描いたアニメで、私がオタクになるきっかけとなった作品である。その名前を出されたら、反応せずにはいられなかった。

その後も、弟は巧みに『サイバーフォーミュラ』を織り交ぜながらレースを解説していく。

「このレース、フェルスタッペンのチームメイトのペレスもすごいんだよ。ぺレスがハミルトンをブロックして、ハミルトンとフェルスタッペンのタイム差を5秒も縮めたの。ブーツホルツがハヤトのために、道をこじ開けてアシストしたみたいな感じ?」
「ちょっと待って。チームメイトがいるの?アオイフォーミュラとアオイZIPフォーミュラみたいな?」
「最初からアオイフォーミュラに加賀さんと新条がいるんだよ」
「何それ、最初からクライマックスじゃん!」

オタクの語彙はだいたいキャラクターの台詞でできている。

「あと数周でレースも終わりってタイミングで、クラッシュした選手がいて、セーフティカーが入ったんだけど、その間は、みんな徐行運転になるから、タイヤ交換に入りやすいタイミングなのね。で、フェルスタッペンは逆転を狙ってソフトタイヤに交換して、あ、ソフトタイヤっていうのは、耐久性はないけど、その分速く走れるタイヤのこと」
「ばかな!このレースはタイヤ交換なしでは走り切れない。半分を過ぎてもまだしないとは……まさか、マシンチェンジか!?(cv.緑川光)」

無理やり『サイバーフォーミュラ』の台詞をねじ込んできた姉を、弟はちょっと面倒くさそうな目で見ながら続けた。

「アスラーダのマシンチェンジほど大がかりじゃないけどね。しかも、このままレース終わる可能性もあったし。だけど、ラスト1周ってところでレース再開になって」
「待って待って、ラスト1周??そんなことある?」

あまりにドラマチックな展開に「今までのは奇跡なんかじゃないよ。奇跡はこれからだ!」とハヤトの台詞が蘇る。

「それでコーナーでフェルスタッペンがハミルトンを抜いて」
「トルネードバンクか?」
「違う。普通のコーナー。まあとにかく、フェルスタッペンがハミルトンを抜いてそのまま優勝。ワールドチャンピオンになったんだよ!」

「ひ~と~のひ~とみが、せ~なか~に~、ついてな~いのは~♪」

私の脳内では、2021年アブダビGPが『サイバーフォーミュラ』最終戦によって完全に補完された(後から考えるとそこまで似てないのだが、思い込みって大事である)

F1って面白い。
そう気づいた2021年の年末だった。
教えてくれた弟、ありがとう。プレゼンの才能がありすぎる。
オタク友達のこと、疑ってごめん。これからもF1の話しようね。

「元旦」と書かれた年賀状は、当然、元旦には着かなかった。でも、その代りに私は新たな趣味を見つけることができた。

その後、私は弟と一緒にDAZNでF1を視聴するようになった。
そして、今年はついに鈴鹿で日本GPを観戦する。
弟はハミルトン、私はノリス推しだ。
鈴鹿でメルセデスとマクラーレンのキャップを被った二人組を見かけたら、それは私たちきょうだいかもしれない。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?