「フォロワーの影」
第一章: 見えないカーテン
早川真琴は日々、SNSの世界で忙しく過ごしていた。彼のスマホには次々と通知が届き、数えきれないほどの「いいね!」とコメントが彼を取り囲んでいた。10万人を超えるフォロワーたちは、彼の日常を追いかけ、彼の発言に共感し、彼の写真や動画に感動していた。しかし、それは表面上のものにすぎない。画面の中に映し出される自分は、真琴が作り上げた「理想の自分」だった。
リアルな日常は、そのキラキラとしたオンラインの世界とは大きく異なっていた。大学の講義に遅れそうになり、バイトでは上司に叱られ、友達との関係はどこかよそよそしい。真琴は、そんな現実に目を背けるように、SNSの世界に逃げ込んでいた。そこでは誰もが彼を「特別」として扱い、完璧なイメージで見てくれる。しかし、その仮面の裏で真琴は、次第に息苦しさを感じていた。
ある夜、彼はふと考えた。「本当に、これが自分なのだろうか?」スマホの画面に映し出される自分の姿が、どこか他人のように思えた。投稿した写真は笑顔で満たされていたが、その笑顔は嘘だったのかもしれない。完璧に見せるためのメイク、加工、そして選び抜かれた言葉。現実の自分と、SNSで作り上げた「早川真琴」の間に大きなギャップが生まれていた。
その夜、彼はベッドに横たわりながら、画面越しに向き合う「自分」に対して初めて疑問を持った。「もし、この全てが崩れたら、僕はどうなるんだろう?」彼が抱えていた不安は、SNSの成功とともに膨れ上がっていた。もし、フォロワーが一斉に離れていったら?もし、自分の投稿がもう誰からも見向きもされなくなったら?
その時、スマホが振動した。新しいフォロワーがついたという通知だった。真琴は興味本位でそのフォロワーのプロフィールを開いたが、何も記載されていなかった。アイコンもなく、名前も意味不明な文字列。彼は気にも留めず、そのままスマホを閉じたが、そのフォロワーが今後の彼の人生に深く関わることを、この時はまだ知る由もなかった。
数日が過ぎ、真琴のSNSでの活動は変わらず続いていた。新しいコラボのオファーや、次に投稿するコンテンツの準備に追われていた。しかし、いつしか彼の心には一つの疑念が芽生えていた。「フォロワーたちは、僕をどう見ているのだろう?」これは以前ならば考える必要もない質問だったが、その無名のフォロワーの存在が、彼の心に影を落とし始めていた。
そのフォロワーは、毎回の投稿に必ずコメントを残すようになった。その内容は、最初はごく普通のものだった。しかし、次第にコメントが真琴の心に引っかかるようになった。
「君は本当に幸せ?」
「その笑顔は、誰のためのもの?」
これまで、フォロワーからの称賛や感謝の言葉に囲まれてきた真琴にとって、そのフォロワーの言葉は異質だった。彼はそれを無視しようとしたが、どこか心の中でその言葉が引っかかり続けた。
真琴は、そのフォロワーの正体を突き止めたいという衝動に駆られた。誰なのか、なぜ彼のことを知っているかのように語りかけてくるのか。しかし、何度調べてもそのフォロワーの情報は何も出てこなかった。それどころか、そのフォロワーのコメントはますます不気味さを増していった。
「君は自分が誰か、分かっている?」
その一言が、真琴の心に深く刺さった。彼は自分が作り上げたSNSの世界の中で、自分自身を見失っているのではないかと、初めて自覚する瞬間だった
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