サウナ小説 ~サウナ音頭~ 第1話 個室という贅沢(SAUNA RESET Pint)
午後8時1歩手前。私は浅草にいた。
ホッピー通りという心地よい喧騒から、少しだけ離れたビル。それは確かにあった。
SAUNA RESET Pint
個室サウナという甘美な響き。
なのに3000円。
予約サイトに映る○の文字。
気がつけば、私のVISAが仕事を終えていた。
エレベーターで9階に上がり、扉を開ける。
なぜかは分からないが、素晴らしいサウナに出会う、そんな予感がした。
サウナ歴2年程度の私でも分かるくらい確かな予感、それは何の裏切りもなく的中することになる。
ニューバランスを下駄箱に休ませ、鍵を受付に預ける。代わりに渡されたものは、何とウェアラブル端末だった。
個室サウナの予約時間が終わるとアラームで教えてくれるらしい。他にもストップウォッチ、心拍数測定などの機能が使用できる。
サウナや水風呂どこでもつけたままで良いらしい。
この時、私はこのサウナの信念を感じ取れた気がした。
正直なところ、ウェアラブル端末がなくとも困りはしないとは思う。
各フロアに時計があれば済む話だ。
心拍数も何となくは自分でわかる。
とどのつまり、あればよりサウナを楽しめる程度のものだと考えている。
そう、そこなのだ。
サウナ体験をより楽しめるように。
その信念を私はここで強く感じた。
端末の導入、維持コストは決して安くはないだろう。それでも、よりサウナを楽しめるならば。
そんな会議が一度はあったのではないか。
そう勝手に想像させてしまうくらいの衝撃だった。
これからの120分、その信念は幾度となく裸の私に突き刺さる。
ロッカーで館内着に一度着替えたら、エレベーターに乗り自分のサウナがあるフロアに向かう。
脱衣所で服を脱ぎ、タオル1枚とウェアラブル端末でいざ出陣。
相棒(チープカシオ)よ、今日は臨時休暇だ。
まずはシャワーで体を清める。(サ道ものまね)
ここで少し驚いたのが、シャワー用の椅子がない。
いいから早くサウナを味わえ。そう言われている気がした。
シャワーも2種類ある。
真上で固定されたタイプとシャワーヘッドを取り外しできるタイプだ。真上タイプは、水風呂代わりのシャワーとして使ってほしかったりするのか?何かしらのこだわりがあることは確かだ。
体を清めて水分を拭き取ったら、いざ個室サウナへ。個室の入口付近にアロマオイルとロウリュのための水が置いてある。これは2回目以降の楽しみにとっておこう。
誘惑を断ち切り、いざ私だけのサウナへ。
清潔な木の階段が二段。優しいオレンジの照明が雰囲気を盛り上げる。
そしてちゃんと広い。個室なので多少の窮屈感は覚悟していた、が、とんでもない。3人は余裕で入る。
またセルフロウリュできるとのこと。
当然サウナストーンがあるフィンランド式。温度計は90℃を指している。
1人1種類の個室サウナにおいて、妙に奇をてらったサウナにしていないところがとても嬉しい。
個室という点に重きを置いているため、サウナはしっかりとした160km/hの直球がベストであり、変化球は不要。そしてサウナ以外のあらゆるサービスでサウナ体験を盛り上げよう。
といった会議があったのではないだろうか。勝手に色々すみません、妄想が止まりません。
一旦10分のタイマーをウェアラブル端末で設定してみる。
3、4分経った頃から、じんわりと汗が滲み始める。
次第に大玉の汗が体を伝い出した。既に7分が経過した頃、私は違和感を覚えた。
ナ、ナナフン!?
時間が早く経っている気がするのだ。
サウナが適温のため、長居しやすいというのも理由だろう。
が、きっと真因はそれに非ず。
何にも気を配らなくて良いからではないか。
私はサウナから出るタイミングをなるべく他の人と被らないように心がけている。
水風呂で待ちが発生することは、自分にとっても他人にとっても良くないからだ。
サウナ→水風呂→休憩を自分がスムーズに行えることで、周囲もスムーズにそれらが行えるようになると考えている。
他にも、室内での足の開き具合、空いた上段に誰が移動するかの見えない格闘、水風呂にもう1人入れるかどうかのせめぎ合い、、、私は知らぬ間にサウナでもいろんなところに気を配ってしまっている。
しかしこの私のサウナでは、それら全てが考慮不要である。この場所で初めて、思考を放棄してサウナと向き合うことができたと思う。
そんなこんなであっという間の10分。
私は即座に水風呂に向かう。サウナのみが個室のため、シャワー、風呂、水風呂、休憩スペースは共用である。
しかしこの水風呂、1人用の壺タイプ。それが2つある。
ここも、何のしがらみもない。
そのまま16℃の世界へ浸り込むと、気遣い不要な空間が、再び私を包み込む。
サウナ好きは羽衣などとよく言うが、通常の水風呂では他人の入水による波により、いとも容易く剥がされてしまう。
しかしこの壺の中は、誰にも邪魔されない。じっくりと羽衣に身を包むことができた。
しっかり1分冷やしてもらったところで、内気浴スペースへ。水風呂から僅か5歩。もはや動線はないに等しい。
ととのい椅子が4脚。一般的な白い椅子だが、質感が少しだけマットな質感だ。
よくある白いツルツルのととのい椅子は大好きだが、このマットな椅子からは、座った人をしっかりと捉え、絶対にこの場から離さないぞという意志すら(勝手に)感じる。それではその意志に免じて、失礼します。
うん、、、すごく心地良い。体中の血流が抑圧から解放され、元気に活動再開している。
椅子から少し離れたところにサーキュレーターがあり、さながら大自然のそよ風のようだ。
思考を低速化させてただただ休む。
これがいかに簡単そうで難しいことか。
サウナに来ないとそれができないほど忙しい現代を呪う。
同時に、pintのような素晴らしいサウナがある現代に感謝する。
そんなことをぼんやり思いながら10分弱の休憩を終え、ウォーターサーバーから水を一杯頂戴する。これが地味にありがたい。そして2セット目を始めるべく自室へと帰る。
2セット目は、楽しみにとっておいたセルフロウリュを解禁。
アロマオイルを水に数滴垂らす。気持ちがほぐれるような香りが即座に広がる。贅沢だ。
自室に入るやいなや、そのままノータイムでサウナストーンへ。
おたまで水を掬う。そこで私は、今までセルフロウリュをしたことがなかったことに気づいた。
セルフロウリュができるサウナには何度か行ったことがあるが、(錦糸町のニューウィング、後楽園のスパラクーアなど)大勢の人がいる部屋でロウリュすることはちょっと恥ずかしく、また目が悪いこともあり未経験だった。
初めてのセルフロウリュ、いただきます…。
掬った水をサウナストーンに、ゆっくり円を描きながら垂らしていく。
ジュ、ジュジュ、ジュー。
オノマトペで表すと陳腐な表現にしかならないが、サウナ好きの方なら脳内で再生していただけるだろう。この音が嫌いなサウナーはいない。
タオルで孤独に湘南乃風をかましながら、室内の空気を循環させていく。
瞬く間に体感温度が上がっていき、1セット目よりも早く汗が噴き出す。
それなのにずっと居られるような安堵的異空間。
あっという間に10分経過をウェアラブル端末が告げた。
個室サウナから壺水風呂に数歩で移動し、先ほどと同じようにととのい椅子へ。
えも言えぬ感覚が体の中心から手足まで押し寄せる。
サウナを見つけた人類の先輩方、この場を借りて感謝を表します。
この時点で私はかなり満足していたので、3セット目に行くか迷っていた。その矢先、ふと気づいてしまった。外気浴スペースあるやん!!
完全に見落としていた。これは体験しないわけにはいかない。
残っていたアロマオイルを全てボウルに投入し、アロマ水をサウナストーンへ。
先ほどよりもさらに蒸気が立ち込める。
今回は、タオルを2枚持ち込ませていただいた。
室内には木製の枕があり、横になるのもまた一興、と言わんばかりのセッティングだったためだ。
ただそのまま寝ると背中が熱いので、下にタオルを1枚敷くことにした。失礼します…
うん、これはこれで、すごく心地いい。
過剰なほどにロウリュしてしまったが、体の位置が下がっているのでそこまで熱くない。そのまま5分ほど、異質な体験に酔いしれていた。
ただちょっと温度が足りないかな、と思い座りの姿勢に戻ったところで、ふと閃いた。もう1枚のタオルは背もたれにかけても良いのでは?と。
かねてから、サウナ室で座るときに背もたれが欲しいと考えていた。正確には、背もたれはあるけど熱いからもたれづらいと感じていた。
ここのサウナは背もたれと壁に少し隙間があるので、タオルを掛けることが可能だ。
これにより背もたれの熱さを気にせずに、残りの時間サウナを堪能させていただいた。
こういった細かい創意工夫ができるのも、個室ならではの楽しみだろう。
さてサウナを出て水風呂に体をくぐらせたあとは、おまちかねの外気浴スペースへ。
ドア前にはスリッパがあった。
冬の夜は足先が冷えますよ、と言わんばかりの設備。完全に先回りして手が打たれている。
サウナpintは細かい配慮に事欠かなさすぎだ。おそらく従業員の中に豊臣秀吉がいるのだろう。
4つほどある椅子の1つに腰掛ける。
冬の夜は寒い。その寒さに対抗するかのように、血流は今日一番の活発さを見せる。
ただ少し調子に乗ってしまった…
フユノヨルヲナメスギテイタ。
チョットサムクナッテキタカモ。
個人的には、外気浴の真骨頂は夏。降り注ぐ大太陽光の下、またととのいに来ようと誓った。
安堵的異空間での体験に、大変満足させていただいた。風呂から上がると、野菜ジュースを1本もらえた。可愛らしい。
退店時間になったので店を後にしようとした時に、私はまだ未体験のものがたくさんあることに気づいてしまった。VR体験ルーム、1/fゆらぎ体験ルーム、アロマルーム、などなど…??
私はなるべく事前知識を入れずにサウナを新規開拓するが、それが完全に仇となった。まだまだ通わないといけないじゃないかpintさん。
また、VIPサウナ室というものもあるようだ。こちらはサウナ室だけでなく、水風呂、内気浴も含めて個室というもの。贅沢すぎるだろ。彦摩呂さんにしか表現できないくらいの贅沢さ。絶対にいつかお邪魔させていただきます。
そう心に誓い、私は浅草の喧騒を後にした。
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