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【量子コンピュータの現状と将来 by IonQ】

2025年01月18日にシアトル日本人研究者の会とSeattle IT Japanese Professionalsの共同主催で、「量子コンピュータの現状と将来 by IonQ」というイベントが行われた。場所はシアトルにあるFred Hutchinson Cancer Centerで、朝9:00から長い人は夕方4:00過ぎまでいるという非常に熱量の高い会だった。

私は、そもそも量子コンピュータは研究段階だと思っていた。それが2024年の夏に登壇者である円尾芽衣さんと出会い、すでに製造をしていると聞き、驚いたのを覚えている。また、その直後くらいに同じく今回の登壇者である相京祐飛さんに出会い、現在の流れを聞き、さらに驚かされた。そこから今回のイベントを企画するに至ったのだが、このイベントでの衝撃は、その驚きを遥かに超えるほどの凄まじさだった。

そもそも量子コンピュータってなんなの?という方に向けて、こちらも書いてみた。量子コンピュータの概要から知りたい方は、こちらを読んでから本記事を読むと、少しは理解できるかもしれない。(ただし、私も理解しているわけではないことはご承知おきを…)


1. イベント概要と全体の感想

繰り返しになるが、このイベントは「量子コンピュータの現状と未来 by IonQ」というタイトルで、日本人研究者の会とSeattle IT Japanese Professionalsが共同主催で行った。登壇者は、IonQのシステムオペレーションズエンジニアである円尾さんと、同じくIonQでシニアエンジニアを務める相京さんの二人。どちらもアメリカのシアトルの工場でイオントラップ方式の量子コンピュータを日常的に運用しているメンバーである。

会場には、ソフトウェアエンジニアや、物理も工学も関係のない生物系や社会学系の研究者や、学生など多方面から興味を持つ人々が集まり、終始活気にあふれていた。全体の印象としては、「思ったより実機が大きい」「もうすでにクラウドで使える段階まで来ている」といった驚きと同時に、「よくわからないけどすごい」というようなことを感じてた方が多かったように思う。

2. 前半パート:円尾芽衣さんのプレゼン

2.1. 円尾さんの経歴と自己紹介

前半は、IonQのシステムオペレーションズエンジニアを務める円尾さんが登壇した。彼女の仕事は、IonQの量子コンピュータ実機を運用しながら、レーザーのアライメントや配線の細かい調整を行うこと。エニアックの時代(1940年代)に女性オペレーターたちが配線を差し替えてプログラムしていた写真を紹介しつつ、「現代の量子コンピュータも物理的な操作を伴うので、当時と通じるものがある」という話をしていたのが面白かった。

2.2. IonQとはどんな会社か

続いて、IonQという企業についての紹介があった。2015年に設立され、メリーランド大学の研究成果を基盤にクリストファー・モンローとジュンサン・キムが立ち上げた会社で、2021年にはNYSEに上場している。本拠地はワシントンD.C.近郊のメリーランド州にあり、イオントラップ方式の量子コンピュータを「フルスタック」で開発しているのが特徴。AmazonやMicrosoft、Googleなど主要クラウドサービス上でアクセス可能な実機を提供していて、金融や輸送、自動車、製薬など、さまざまな業界とPoCを進めているらしい。

2.3. イオントラップ方式量子コンピュータの外観・サイズ

円尾さんが見せてくれた写真では、黒いサーバーラックのような箱に、真空チャンバーやレーザー制御器、RF電源などがぎっしり詰まっていた。チップそのものはコイン程度のサイズで、そこにイオンを閉じ込めてレーザーを当てるのが肝になる。常温あるいは数K程度で動作するといっても、高真空を保つ設備や光学系のモジュールが必要なので、最終的には背の高い箱にならざるを得ないようだ。いわゆるラップトップのパソコンのようなものを想定していた人からは「意外と大きい」という声があったり、スーパーコンピュータのようなものを想定していた人からは「意外と小さい」という声があったりと、見方はさまざまであったが、イオントラップ方式は超伝導方式に比べれば冷却装置がシンプルとはいえ、やはり大掛かりな“実験装置”という印象が強かった。

2.4. 量子コンピュータ活用の具体的事例

プレゼンの後半では、IonQが連携している企業や用途の事例がいくつか挙げられた。金融機関のリスク管理やポートフォリオ最適化、エアバスのカーゴローディング問題、自動車メーカーのバッテリー材料研究や自動運転の3D認識、そして製薬分野の分子シミュレーションなどだ。どれもクラシカルコンピュータでは計算量が膨大になりがちな課題で、「いつ量子コンピュータが有利になるか」は未知数だが、少なくともPoCレベルでは既に動き始めているらしい。クラウド経由で実機を呼び出せるという点も、「未来の話」というより「いまここにある技術」だと実感させる要素だった。

3. 後半パート:相京祐飛さんのプレゼン

3.1. 相京さんのバックグラウンド

休憩を挟んで登壇したのは、IonQのシニアエンジニア相京さん。IonQ創業当初の研究室メンバーとして、量子コンピュータのハードウェアづくりをゼロから見てきたという。現在は光学システムやハードウェアの集積面を担当していて、量子アルゴリズムも含めて広く知識を持っているそうだ。

3.2. 量子アルゴリズムの基礎

まずは量子力学の奇妙さを改めて確認するところから始まった。重ね合わせでは0と1が同時に存在しうるし、もつれ(エンタングルメント)では離れた量子ビットの測定結果が不思議な相関を示す。観測によって状態が崩れるという性質もあり、クラシカルな論理とは全く違う挙動をするのが量子コンピュータだという説明だ。そこにCNOTゲートやハダマールゲート、ブロッホ球といった概念が登場し、一気に難易度が上がった印象がある。ただ相京さんは「数式と実験で証明できているので使うだけ」というような淡々とした口調で語っていたので、逆に「現実なのだ」と納得させられるところがあった。

3.3. ゲート操作(シングルキュービット/CNOT/もつれ)

具体的にはXゲートやZゲート、Hゲートなどの単一量子ビット操作と、CNOTゲートのような二量子ビット操作を組み合わせると、もつれ状態が簡単に作れるという話だった。たとえばハダマールゲートとCNOTゲートを連続して実行すると、二つの量子ビットの測定結果が同じか逆かで連動する不思議な状態が生成される。これがいわゆる“量子もつれ”であり、観測しない限り両方のビットが確率的に浮遊しているように見える。「理解というより、実験で見えてしまうから認めるしかない」というコメントが印象的だった。

3.4. 量子もつれがもたらす不思議な世界

会場からは「超光速通信なのか」という質問も出たが、相京さんの答えは「情報のやり取り自体は光速を超えない。あくまで測定結果の相関が瞬間的に確定するだけ」というものだった。それでも古典物理の直感からすると受け入れがたい現象であり、そこに量子力学の面白さと難しさが詰まっていると感じる。こうした“あり得ない”性質を計算に利用できるからこそ、従来のコンピュータでは手が届かない領域で量子アドバンテージを発揮できる可能性が生まれるわけだ。

4. 休憩後の質疑応答・懇談タイム

イベント終了後には、希望者向けに円尾さんが追加の話をしてくれる時間があった。IonQの現行マシンは36量子ビット程度だが、量子ビット数だけでは性能を評価しきれないことや、オールトゥーオール接続がイオントラップ方式の強みであること、今後はバリウムイオンやマルチコア型デバイスの研究も進行中であることなどが紹介された。総じて「現在は過渡期という扱いではあるが、すでに商用レベルの実機を動かしている手応え」を感じさせる内容だった。

参加者との質疑応答では、「量子ビット数の増やし方」「エラー補正の実装」「クラウド経由での使い方」など技術的な質問が多く飛んだ。誤り訂正はまだ導入されていないが、将来的にはイオンチェーンの拡張やマルチチップ接合と合わせて検討しているという回答があった。懇親会のような雰囲気になってからも熱心な質問が続き、多くの人が量子コンピュータに対してリアルな興味を抱いているのを実感した。

5. Q&Aで印象的だったトピック

5.1. イオンの冷却と真空技術

「そもそもどうやってイオンをそこに留めているのか」という質問が目立ったが、イオントラップ方式ではRF電場を高速で切り替えてポテンシャルを揺らし、イオンが中央に留まるようにする。そしてレーザー冷却によってイオンの運動エネルギーを下げてチェーンを安定させる。さらに外界からの粒子との衝突を防ぐために非常に高い真空度を要し、宇宙空間よりも真空に近い環境に保つ必要があるという。理屈を聞くと難しいが、実現しているところがすごい。

5.2. イオンチェーンの拡張とスケーラビリティ

今は数十キュービットを一列に並べているが、将来的に数百や数千に拡張するときはどうするのかという疑問も出た。答えとしては、複数のイオンチェーンを行き来させたり、複数のチップを量子ネットワークで結合したりなど、さまざまなアプローチを研究中という話だった。エラー補正も絡めて論理量子ビットを形成する構想もあり、実験物理と情報工学の両面で課題が多いが、IonQはデータセンターのように“量子ラック”を並べる未来を想定しているらしい。

5.3. クラウド経由の量子コンピューティング

IonQの装置は、Amazon BraketやMicrosoft Azure Quantumなどを通じてジョブを投げられるようになっているそうだ。プログラミング言語としてはPythonベースの量子フレームワークを使い、ブラウザからジョブを送ることも可能とのこと。リアルタイムな対話というよりはバッチ処理のイメージだが、数回〜数十回程度の測定を行い、結果を確率分布として返してくれるらしい。「本当に好きなときに量子計算が呼び出せる」という現実がここまで来ているのかと驚かされた。

7. 「サイズ感は思っていたより大きい?」という衝撃

このイベントの中で、一番多くの人が驚いていたのは、実際の装置サイズだったように思う。イオンという原子スケールの対象を扱うなら、システムももっと小さいのではないかと想像していた人が多かったからだ。

7.1. 超伝導方式よりはコンパクト? でも依然として“実験装置”の迫力

たしかにIBMなどの超伝導方式の量子コンピュータと比べれば、超低温に冷やすための大掛かりな冷却機構は必要ない。しかしイオントラップ方式には、真空チャンバーやレーザー光学系、RF電源など実験室レベルの装置が欠かせない。結果としてサーバーラック並みの大きさになり、外観を見ると研究所の光学ベンチを凝縮したような迫力を放っていた。

7.2. なぜそんな大きさになるのか:周辺機材の存在

チップ自体はコインサイズだが、真空ポンプやレーザー発振器、ビームのアライメントを行う光学ユニット、イオン源の交換用エアロックなど、多くの周辺機材が不可欠だ。しかもこれらを高精度に制御し続けなければ、量子ビットが不安定になってしまう。商用レベルの安定性を追求するならなおさら、集積度を上げた大きな“箱”を構成する必要があるようだ。

7.3. 今後さらに小型化は進むのか?

「スマホサイズの量子コンピュータが出るか」という問いには、「短期的には難しい」という答えだった。ただ、電子回路がそうだったように、長いスパンで見ればどこまで小型化できるかはわからない。IonQとしては、まずデータセンターにラック型の量子コンピュータを並べ、クラウド経由で提供する段階を充実させ、その先の進化を模索しているようだ。

8. イベントを通じた全体感想と未来への期待

8.1. わからないことだらけだからこそ面白い

量子力学の概念(重ね合わせ、もつれ、観測による崩壊など)を聞けば聞くほど、直感では理解しきれないと思うシーンが何度もあった。会場でも「頭がこんがらがる」という声が聞こえたが、登壇者が「実験と数式で扱えるから使っている」とあっさり述べていて、逆に説得力を感じた。やはり「わからなくても動いている」ことが目の前にあると、不思議と納得させられてしまう。

8.2. 量子コンピュータの社会実装はどこまで来たか

今回最も衝撃だったのは、すでにクラウドから量子計算を呼び出せる環境が整いつつあることだ。IBMやGoogleも独自に提供しているが、IonQは主要クラウド三社にすべて対応しているというから、かなりオープンな利用が可能になっていると言える。もちろん「すぐにクラシカルなスパコンを完全に凌駕する」わけではないが、PoCレベルでは十分に試せる段階にある。歴史的に見ても、これは大きな転換点だと感じる。

8.3. シンギュラリティが近づく予感?

AIが急速に進歩しているいま、量子コンピュータと組み合わせたときにどんな化学反応が起こるのか。スケーラビリティや誤り訂正など課題は山積みだが、私としては「シンギュラリティはより近く」なっていることが何となく感じられたところだった。

まとめ

今回のイベント「量子コンピュータの現状と未来 by IonQ」は、自分にとって「量子コンピュータが本当にここまで来ているんだ」という実感を与えてくれるものだった。イオンを真空中に捕捉し、レーザーで制御して重ね合わせやもつれを計算に活用するという仕組みは、SFさながらの魔法に見える。しかし実際の装置はサーバーラック大で、企業のデータセンターにあるようなラックを想像させる外観だし、クラウドを通じてジョブを投げれば動かせるというから、もう研究室の奥だけに存在する話ではないと思わされた。

量子力学には直感に反するところが多く、何度説明を聞いても「よくわからない」だとか「本当なのか」と感じる場面がある。それでも動く実機が存在し、さまざまな企業がPoCを始めている現状を目の当たりにすると、「わからなくても使えてしまう時代が来るのかもしれない」と期待せずにはいられない。10年後、データセンターに量子ラックがずらりと並び、AIと組み合わさってシンギュラリティが訪れる、あるいはさらなる小型化が進んで身近な端末でも量子計算が可能になる…そんな未来を想像すると胸が躍る。いずれにせよ「量子」はすでに動き出しており、次のステージである「シンギュラリティはより近く」にあるのかもしれない。

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Masahiro Nakashima
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