今井雅子作 「膝枕」 藤井康平作 「 IFルート」バージョン
新人ナレーターの藤井康平と申します。
お気軽にフディとお呼びください😊
8月24日(木)に行われたナレーター事務所 ビー・グラッドの新人13人で今井雅子先生の膝枕をリレーしました。
その時に朗読した原稿です。
原作の膝枕から少しアレンジをしました。
こちらの原稿は自由にお使いください。
Clubhouseなどでの朗読使用大丈夫です!
皆さんに朗読していただけると嬉しいです♪
私が朗読した膝枕はこちらからお聴きいただけます!
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「下間都代子のアメムチLesson」
【今井雅子作 膝枕 IFルート】
休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男は、チャイムの音で目を覚ました。
ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。オーブンレンジでも入っていそうな大きさだが、受け取りのサインを求められた伝票には「枕」と書かれていた。
「枕」
男の声が喜びに打ち震えた。
「受け取ってもらって、いいっすか?」
配達員に急かされ、男は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。
はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない。箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。届いたのは「膝枕」だった。ピチピチのショートパンツから膝頭が二つ、顔を出している。
「カタログで見た写真より色白なんだね」
男が声をかけると、膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。見た目も手ざわりも生身の膝そっくりに作られている。さらに、感情表現もできるようプログラムを組み込まれている。だが、膝枕以外の機能は搭載していない。膝を貸すことに徹している。
幅広いニーズに対応できるよう、商品ラインナップは豊かだ。体脂肪40%、やみつきの沈み込みを約束する「ぽっちゃり膝枕」。母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇る「おふくろさん膝枕」。「小枝のような、か弱い脚で懸命にあなたを支えます」がうたい文句の「守ってあげたい膝枕」。頬を撫でるワイルドなすね毛に癒される「親父のアグラ膝枕」……。
カタログを隅から隅まで眺め、熟慮に熟慮を重ね、妄想に妄想を繰り広げた末に男が選んだのは、誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の「箱入り娘膝枕」だった。
「箱入り娘」の商品名に偽りはなかった。恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品がある。正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。一人暮らしの男の部屋に初めて足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが伝わってくる。
「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」
強張っていた箱入り娘の膝から心なしか力が抜けたように見えた。この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみあげるのを、男は、ぐっと押しとどめる。強引なヤツだと思われたくない。気まずくなっては先が思いやられる。なにせ相手は箱入り娘なのだ。
「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて.……」
男がしどろもどろに言うと、箱入り娘の膝頭が少し弾んだ。
「一緒に買いに行こうか」
さっきより大きく、膝頭が弾んだ。喜んでくれているらしい。
男と膝枕にとっての初夜となる、その夜。男は箱入り娘に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる膝枕の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。
翌日、男は旅行鞄に箱入り娘膝枕を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。
「窮屈でごめんね。少しの辛抱だから」
ファスナーが閉まりきらない旅行鞄を抱きかかえ、鞄に向かって話しかける男の顔は最大限にニヤけていた。怪しすぎて、店員は寄って来ない。
「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」
男が手に取ったスカートを旅行鞄に近づけると、鞄の中で膝頭が弾んだ。
裾がレースになっている白のスカートを買い求めた男は、帰宅すると、早速箱入り娘に着せてみた。
「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」
男は箱入り娘の膝に倒れ込んだ。マシュマロのようにふんわりと男の頭が受け止められる。白いスカート越しに感じる、やわらかさ。レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさ。天にも昇る気持ちだ。
この膝があれば、もう何もいらない。男は箱入り娘の膝枕に溺れた。職場にいる間も膝枕のことが気になって仕事が手につかない。
「ただいま!」
男が飛んで帰り、玄関のドアを開けると、膝枕が正座して待っている。膝をにじらせ、男を出迎えに来てくれたのだ。なんて、いじらしい。愛おしさがこみ上げ、男は箱入り娘の膝に飛び込む。
膝枕に頭を預けながら、男はその日あった出来事を話す。ときどき膝頭が小さく震える。笑っているのだ。
「僕の話、面白い?」
拍手をするように、二つの膝頭がパチパチと合わさる。もっと箱入り娘を喜ばせたくて、男の話に熱がこもる。仕事でイヤなことがあっても、箱入り娘に語り聞かせるネタができたと思えば、気持ちが軽くなる。うつ向いていた男は胸を張るようになった。顔つきに自信が表れ、目に力が宿るようになった。
「こんなに面白い人だったんですね」
職場の飲み会で隣の席になったヒサコが色っぽい視線を投げかけてきた。男の目はヒサコの膝に釘づけだ。酔った頭が傾いてヒサコの膝に倒れこみ、膝枕される格好となった。
その瞬間、男は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。
骨抜きになっている男の頭の上から、ヒサコの声が降ってきた。
「好きになっちゃったみたい」
その夜も、箱入り娘膝枕は、いつものように玄関先で男を待っていた。ヒサコの膝枕も良かったが、箱入り娘の膝枕も捨てがたい。
「やっぱり君の膝枕がいちばんだよ」
つい漏らした一言に、箱入り娘の膝が硬くなる。浮気に感づいたらしい。そこに「今から行っていい?」とヒサコから連絡があった。男はあわてて箱入り娘をダンボール箱に押し込め、押入れに追いやると、ヒサコを部屋に招き入れた。
その夜、男はヒサコに膝枕をせがんだが、手を出すことはしなかった。ヒサコは男に大事にされているのだと感激したが、男は膝枕にしか興味がないのである。
翌日からヒサコは男の部屋に通うようになるが、あいかわらず膝枕止まりで、その先へ進まない。ヒサコはじれったくなるが、女のほうから「そろそろ枕を交わしませんか」と言うのもはばかられる。
もうひとつ、ヒサコには気になることがあった。男の部屋にいると、視線を感じるのである。誰かが息をひそめて、こちらをジトっと見ている気がする。
「ねえ。誰かいるの?」
「そんなわけないよ」
すると、今度は押入れからカタカタと音がする。
「ねえ。何の音?」
「気のせいだよ。悪い。仕事しなきゃ」
「いいよ。仕事してて。私、先に寝てる」
「違うんだ。君がいると、気が散ってしまうんだ」
男は急いでヒサコを追い返すと、ダンボール箱から箱入り娘を取り出す。箱の中で暴れていたせいで、箱入り娘の膝は打ち身と擦り傷だらけになっている。その膝をこすりあわせ、いじけている。
「焼きもちを焼いてくれているのかい?」
男は箱入り娘を抱き寄せると、傷だらけの膝をそっと指で撫でる。
「悪かった。もう誰も部屋には上げない。僕には、君だけだよ」
男が誓うと、「お願い」と手を合わせるように、箱入り娘は左右の膝頭をぎゅっと合わせる。それから膝をこすり合わせ、「来て」と言うように男を誘う。
「いいのかい? こんなに傷だらけなのに」
「いいの」と言うように左右の膝をかわるがわる動かし、箱入り娘が男を促す。打ち身と擦り傷を避けて、男は箱入り娘の膝に、そっと頭を預ける。
「やっぱり、君の膝がいちばんだよ」
「最低!」
男が飛び起きると、いつの間にかヒサコが戻って来ていた。玄関に仁王立ちし、形のいい唇を怒りで震わせている。
「二股だったんだ……」
「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」
「じゃあ、それを今証明して!」
「えっ……」
男が後ろを振り向くと、そこには箱入り娘が「ひどい」というように膝をわなわなと震わせていた。その姿を見た男は、ヒサコへの愛を誓うことをためらった。
「どうしたの?本気なのは私だけなんでしょ、なら早く証明してみせてよ」
男はこれまでにない二者択一を迫られた。作り物だがいつも寄り添ってくれる優しい箱入り娘にするのか、本物の温かみを持つヒサコにするのか、自分にとってはどちらも本気で愛しているのだ。男は苦悩する、そして一つの答えを出した。
「そうだ……そうだよ、別にどちらかを選ばなくてもいいじゃないか」
真夜中、雨が降っていた。男は箱入り娘を分解し始める、その側にヒサコが横たわっていた。しかし箱入り娘からもヒサコからもなんの音もしなかった。ただ、雨音に交じりカチャカチャと音が響くのだった。
眠れない夜が明けた。男は部屋を片付けいつも通り仕事に向かった。この日はいつも以上に仕事が手につかなかった。寝不足のせいなのか膝枕が気になってなのか、とにかく早く帰りたかった。
「ただいま」
男が飛んで帰り玄関を開けると、いつものように正座して出迎えてくれる膝枕がいた。男はすかさず膝枕に頭を預ける。
「今日は特に疲れたよ、でも君たちの膝が僕の疲れを忘れさせてくる」
膝枕の膝頭が小さく震えて笑っている、そして「やっぱり面白い人ですね」と声が聞こえた。
男が出した答え。それは愛するものを一緒に愛すればいいというものだった。箱入り娘からはマシュマロのような柔らかい膝と優しさをヒサコからは作り物にはない本物の温かみを持つ膝を。それらを掛け合わせて、作り物も本物も超えた、かつて味わったことのない自分だけの膝枕を作り上げたのだ。これも箱入り膝枕の購入特典である自作用デイブイデイ(DVD)のおかげである。
「君たちの事、一生大切にするからね」
男は玄関のダンボール箱に目を向ける、その箱にはいらなくなったただのものが納められている。その箱からは血がにじんでいた。
「明日になったら誰にも見つからない場所に捨てに行かないとなぁ。あっそうだ!帰りに君たちの新しい服を買ってくるよ」
膝頭が弾んだ、そして「好きになっちゃったみたい」とヒサコの声が降ってきたのだった。
完