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夏の日と受け継がれてるモノ
十数年前の7月。
空はどこまでも澄んでいて、見上げていると
目眩がするほどの晴天。
そんな清々しい天気とは打って変わって
我が家の一室は、陰鬱な空気に包まれていた。
そんな雰囲気の元凶は、鏡を見つめている
姉のせいといっても過言ではないだろう。
30分ほど前までは
付き合って1年になる彼との記念デートだと、
ニコニコしていたが
鏡を見始めて、5分経つにつれ
10分経つにつれ顔は険しくなり
こうか?いや、この方が…
と呟いていた独り言も
チッ
と云う舌打ちと共になくなり、今では
険しい顔で、黙々と鏡に向かっている。
陰鬱な空気から逃げたければ、違う部屋へと
行けばいいだけ。
分かってはいる。でも今、物音を経てれば
何を云われるか分からない。
私は、手元の本に夢中なんです。
そんな顔をしながら、壁と同一になるよう
必死に気配をなくす。
あと20分すれば、姉は駅に向かう時間になる。
遅くともあと10分で、この空気からは逃げられる。
私は、このまま時間が経ちますようにと
神様に祈りながら、時計をチラチラみる。
ドタドタドタドタ
けたたましい音が響く。
マズイ、母だ。
母は無邪気で、よく笑う人だ。
母がいれば、その空間は明るくなる。
でも今はマズイ。相当にマズイ。
持ち前の無邪気さは、今はただの不躾になってしまう。
「アラ?!まだおったんかいね?!」
少し驚いた顔で、姉に声をかける。
神様、どうかこの人が「気を付けて行っちょいで!」の一言だけで、リビングに行きますように
「今日の服、可愛かね!」
祈り虚しく、母は部屋へと入ってくる。
そして、
「時間、ギリギリなんちゃうん?」やら
「お母さん、車出さへんよ?」と、姉に声を掛けまくる。
母よ、見てくれ。姉の顔を。
あなたが酔うとすぐ、可愛かね!と頬っぺたグリグリする姉の顔を。
もう生成りから、般若になりそうだぞ。
お願いだから、黙ってくれ。
5分以内に、2回も無視された神様ではなく
母自身に祈って願う。
鏡そない見たって、変わりゃせんよ!
ブチッ
私の耳には、確かに聞こえた。
姉が般若通り越して、真蛇になる音を。
こないな鼻やから、時間掛かるんやわ!
姉はそう怒鳴って振り向く。
まさしく真蛇だった。
いや、見る人が見れば
真蛇以上の能面が造られたんじゃないかっつーくらいの形相だった。
母を見れば、まさかの母も真蛇になりそうだった。
お母さんが若い頃は、そんな鼻高く見せる技術なんかなかったし!
わぁお、びっくり。混沌すぎやしません?
真蛇を2人も形成した理由が、代々受け継がれてるお鼻の形って、混沌がすぎる。
我が家は何を隠そう、代々団子っ鼻。
親戚一同介しても、みんな団子っ鼻。
ひいおばあちゃんのお母さんも
団子っ鼻だったらしいから、もう団子っ鼻界のサラブレッド。
なんやねん、団子っ鼻界のサラブレッドて。
母と姉が、如何に団子っ鼻で苦労したかの
唸りあいをしてる最中、私はヒッソリと洗面台へ向かう。
鏡に映し出された私の顔の真ん中には
やっぱり団子っ鼻。
7月の太陽に照らされて、ちょっと輝って見えるのが腹立たしい。
今日から洗濯バサミつけて寝ーよう。
それが、無駄な努力なんだなと気が付くまで、あと3ヶ月。
高くなったお鼻を想像しながら、私は意気揚々と洗面台を後にした。