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こども

子供が産まれた時、『どんな出来事よりも幸せ』だとか、『涙が止まらなかった』などと言う定型的な台詞は良く耳にするが、私が子供が産まれた時に感じた感覚は『明確な死』だった。

思えば妻は、妊娠初期からつわりが酷く、約2ヶ月間は飲めず食えずの上吐き続けていた。
妊娠前の体重から10キロも落ち、元々痩せ型の体型がもはや病的なモノになっていた。

つわりが落ち着いてもからも食欲が戻る訳では無く、膨らむお腹に圧迫され、更に胎児による胃袋へのダイレクトドロップキックの弊害により、0.7人前を食べ切れれば良い方だった。

出産の日にいたっては、陣痛どころか何の前触れも無く破水。
そのまま入院し、妻はそこから8時間もの時間を闘う事になる。

分娩が始まり産道が開くと、子宮の壁が裂け、そこからの出血が酷く、無事3300グラムの男の子は無事産声を上げたが、それと引き換えに3リットルもの血液が失われ、それと同時に妻の意識も失われた。

そこには感動や喜びなどのポジティブな感情を抱ける訳もなく、私はただただ妻の無事を祈った。

妻の意識が戻ったのは、出産から15時間後の事だった。

その後の妻の回復は、医師や看護師の方々が驚く程目覚しく、退院予定日通りに息子と共に退院出来た。
数日ぶりに見た妻の顔は、想像よりもずっと血色良かった。

ホッとした。


忙しくも忙しい育児生活がスタートすると、出来る限り妻のサポートに努め、寝不足と戦いながら仕事を死ぬ気で定時で終わらせる事に己の全力を注いだ。

ある日、息子にミルクを飲ませている時に驚いた。
生後2週間足らずの息子が、哺乳瓶を両手で握り締め、必死でミルクを飲んでいたのだ。

必死で飲んでいた。

必死で生きようとしていた。

誰に教えてもらったでも無いミルクの飲み方も器用にこなし、ただただ黙々と、必死で生きていたのだ。


これまで私は『生きる意味』なるモノを常日頃考え続けて来た。
生きる理由がわからなかったからだ。

だが、息子のその姿を見た時、『生きる意味』を追い求めいた自分が本当にバカバカしくなって、自然と笑いが込み上げて来た。


生きる事に意味を追い求めても、全くの無意味なのだと理解した。
何故なら、その『意味』こそが生きる事そのものだからだ。


『死ぬ為に生きる』

貰い受けた命などに意味は無く、ただただ天寿を全うする為に生きる。
これ以上に尊いものを私は見た事が無かった。

そう。それだけで良いのだと。

それ以来、私は生きる意味を求めることをやめた。

『明確な死』を肌で感じ、その温もりから『生きる意志』を感じ取るなど、夢にも思わなかったが、そこには確かに『一つの命』があった。
今の私には、コレがなによりも尊い。

大きな子供が小さな命に教わった最初の話である。


『…でも母ちゃん死にかけたんはオマエのせいやからな!( ゚д゚)』

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