思ってもみない旅路の果てに
世の中には3連休じゃないとできない仕事もある。それはわかっている。正月3日、その次の成人の日を含む3日、GWの3日、そして先週末の7月の3連休と、今年の場合は続く。
要は、休日が3日ないと成立しない本番移行というものが存在してしまうのだ。土曜日夜から日曜朝にかけて1晩で変えてしまえるものがあるのに、3日もないと変えられないものがある。
これには諦めが肝心だ。暴れて反抗したくなっても、3日は拘束されるものなのだから。
先週末の7月3連休は、うちのチームは5本あった。今年はずーっと3連休が仕事でつぶれている。全てが準備期間に1年はかかっているお金も時間もかかっている案件ばかりだ。
そんな中、私はNoteへの初投稿が7月2日であるという中で、何を思いたったか、創作大賞への応募を決めた。
既に書いたものを一作品だけ投稿した。
7月17日まではまだ時間があった。もう一作品投稿した。
この時点であと10日あった。そして、何を血迷ったのか、よもや書きあげてもいない作品の投稿を思い立ってしまった。そこから一気に書き上げたので、最後の7月17日は、3日かかる移行作業のフィナーレの歓喜の瞬間をチームで共有しながらも、私の頭の中はあと数時間で何文字書かなければならないのか?という思いでいっぱいだった。
仕事もやった。分刻みで間違いのない5本の進行を同時に眺めながら、構成を組み立て合間に書いていく。正直そんなんで新たに書くなんて、無理がある。私の力では逆立ちしたって無理だ。
奇しくも猛暑日だった。エアコンがどうせ効かないと諦めてしまうほどの日で、私はエアコンをつけず、窓を全開にして、仕事の合間の休憩時間と他の時間を書くことに費やした。(決して真似しないでください)
子供たちは1階のエアコンがきっちり効いた部屋で過ごしてもらって、親の私は汗だらだらで、書き続けていった。
サウナに入ってスッキリしたら、どんなに気持ち良いだろうかと思いながら、水のシャワーでスッキリさせることを繰り返して、オンラインでの仕事と、書くことを続けた。
結論、今年の7月の3連休は濃かった。仕事は全部成功できたようだ。それは長い準備期間をチームで頑張ってきた成果だろう。
10日で仕事と家事と育児の間に書き上げるのは、私には無理があった。17日の23時過ぎぐらいに、最後の文章を睡魔で朦朧としながら投稿して公開した。つまり、完成度は低いが締め切りまでの投稿は、一応間に合った。
反省点はいっぱいだ。
でも、とても楽しかった!!
子供たちは毎週末通っている図書館に行けて、父親に焼肉に連れて行ってもらって満足していたようだ。
どこに行くでもない、なんの変哲もない日常なのに、何万文字と作って書いていくと、果てしなく遠いところまで旅したような、不思議な境地にたてたのだ。お金も使わずに。心と頭の中の旅路は、実に不思議な達成感をくれたのだ。
秀吉の中国大返しくらいのインパクトが私の人生史上あった。どんなゴールになるのか分からない、難易度高い挑戦だった。勝手に一人で決めてやったのだけれども。
完成度については目を背けることなく、今後はちゃんと準備をしよう思う。でも、時には無理してみるのもいいかもしれないと思った3連休だった。
暑い夏も悪くない。