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ほっといてくれ! 第8話

 突然、ドアを開ける音が聞こえた。

「お姉ちゃん、いる?」

まずい、聡子ちゃんだ。だが、この状況を隠すには、時間がなさ過ぎた。

「あっ、ごめん。」

見られた。

「って、やっぱり、恋人同士じゃないの。早く起きてよ。」

 栗原さんも目を覚ました。

(ごめん、ボク、酔いつぶれたんだね。)
(いいのよ。)

ボクらは背中を向け合って、服を着た。

「もう、やっぱり、そういう関係だったのね。」

もうボクは覚悟を決めた。

(栗原さん、ごめんね。もし嫌じゃなかったら、ボクの彼女になってくれる?)
(はい。)
(ありがとう。)

「ばれちゃったね。まだ、隠しておこうかと思ったけど、実はそうなんだ。」
「だと思った。お姉ちゃんが竹内さんの話するとき、なんだかうれしそうなんだもん。」
「そうなん?」

彼女の頬が赤くなっている。

(ボクのこと、好きだった?)
(うん。)
(なんだ、そうだったのか。)

「で、そんなこと言いにきたんじゃなくて・・・」

 聡子ちゃんが帰っていったあとで、ボクは気になっていることを聞いた。

(昨日、ボクはどうなったん?)
(完全に酔いつぶれてしまったわよ。)
(ひどかった?)
(とってもね。)
(ごめんね。)
(いいわよ。)
(で、ボクは君に何かしたのかな?)
(何って何よ?)
(その・・・)
(はっきり言ったら?)
(その・・・男女の関係になったのかな?)
(だとしたら?)
(ごめんね。まったく意識がなくて・・・)
(うそよ、何もないわよ。)
(よかった。)
(でも、私に抱きついて離してくれなかったわ。)
(そうなの?申し訳ない。)

 ボクは、ちょっと自分の気持ちと向き合っていた。栗原さんへ気持ちが流れ込まないように制限をかけて、気持ちの整理をした。本当に栗原さんと付き合うことになっていいのかどうか、ビジネスパートナーでいるべきではないか、栗原さんは単に同じような能力をもっているから好意を寄せているだけじゃないのか、でも栗原さんと別れることになったら仕事も終わることになる。もう、いろんな局面でボクと栗原さんは一緒になるべく道を進んでいるのかもしれない。

 栗原さんを彼女として意識すると、今までできたことができなくなるんじゃないかという気持ちになった。手が触れるだけでドキッとするし、顔が近くにくるだけでドキドキするし、どうすればいいんだろう。

(ねえ、コーヒーか何か飲む?)
(あ、じゃお願いしようかな。)
(モカがあるの、入れるわね。)
(ありがとう。)

 ここは栗原さんの部屋だった。なんとなく、彼女のうれしそうな気持ちが伝わってくる。ボクが彼女になってくれって言ったからだろう。

(本当に私でいいの?)

不意に栗原さんから、真意を突く質問がきた。

(なんで?)
(だって、橘さんのこと、気に入ってたんでしょ?)
(今はなんとも思っていないよ。)
(そんなにすぐに忘れられるの?)
(自分には、彼女がいないと思っていたから、ちょっと憧れただけだよ。)
(ふぅ~ん、そんなもんなの?)
(今はこんな身近に、こんな素敵な人がいることに、やっと気が付いたんだ。)

それを聞くと、彼女は真っ赤になった。

(灯台下暗しとはよく言ったものだよ。)
(君に気づかなかったボクは大馬鹿もんだね。)
(そんなに持ち上げないでよ、はずかしい。)

 二人で事務所に向かった。今日はちょっと遅い店開きだ。事務所に前には、近藤さんが待っていた。

「今日は遅いやん。」
「お待たせしてすみません。」
「二人で一緒にくるなんて、なにかあったのかな?」
「近くに住んでいるので、途中で会ったんです。」
「そっか。」
「で、今回はどのような用件ですか?」
「実は、どうやら警察内部の情報が洩れているみたいなんだ。」

(ヤクザ組織と内通している人がいる。)
(ほんと?)
(近藤さんはそれが誰なのか、知りたいのよ。)

「内通者の調査ですね。」
「さすがに話が早いね。で、わかるんかな?」

(もうわかったけど・・・)
(けど?)
(あとで話すわ。)

「ちょっと時間がかかりそうなんで、来週でもいいですか?」
「めずらしいね、そんなに時間がかかるのは。まあ、いいや。よろしくな。」
「それまでに調べておきますよ。」

近藤さんが帰ったあと、栗原さんはどうしようかという顔をしてこう言った。

(近藤さんの上司の巡査部長が犯人よ。)
(えっ、そうなの?)
(でも、今のところ証拠はないわ。)
(ヤクザと密会でもしてくれれば、写真を撮れるのにな。)
(SNSで、それも友人同士のやり取りにしかわからないようにしてるわ。)
(それ以外には何かないの?)
(ないわ。接点はそれだけ。ずっと昔には実際に会っていたけど、今は全然よ。)
(お金の流れは?)
(そっか、それは調べてなかったわ。ちょっと待ってね。)
(うん。)
(ん~、これじゃ、わからないわ。)
(どういうこと?)
(巡査部長は、自分が定年するまで一切手を付けないようにしてるの。)
(ずっと、貯めてるだけ?)
(そうよ。それに自分の名前じゃない名義でね。)
(つまり・・・)
(ヤクザに、偽名の口座に振り込ませて、自分は定年以降に・・・・ちょっと待って。)
(まだ、何かあるの?)
(ヤクザに振り込ませている口座から、定期的にまた別の口座に振り込んでいる。とにかく、自分は警察官でいる間は一切触らないようにしている。)
(どうしたら、崩せるんだろう?)
(たとえば、その口座を作った時の銀行支店の窓口の行員さんが覚えてないかな?)
(だめ。ヤクザに作らせてる。)
(そっか。困ったね。)
(とにかく、近藤さんに巡査部長があやしいって、伝える?)
(巡査部長はボクらのこと、知ってるもんね。)
(そうだよね、こまったね。)

 だが、そうこうしているうちに約束の日が来てしまった。よりによって近藤さんは巡査部長も連れてきた。これじゃ、話もできない。

「どう、わかった?」
「いえ、難航しています。」
「今日はどこまで話ができるの?」
「まだ、全然無理です。」
「じゃ、なんで今日と言ったんだ?オレたちが来る前に連絡もできただろうに。」
「大変申し訳ございません。」

(これじゃ、話もできないよな。)
(仕方ないわね。)

「オレたちも暇じゃないんだ。いい加減にしてくれ。」
「本当に大変申し訳ございませんでした。」

なんとか、二人には帰って頂いたが、あとでこっそり近藤さん一人に来てもらうよう、お願いした。

「なんだよ、今度は一人で来いというのは?」
「単刀直入に言いますと、今回の被疑者は、巡査部長です。」
「なんだって?」
「ただ、証拠は見つかっていません。」
「その巡査部長がそんなことするはずがない。」
「信じたい気持ちはわかりますが、間違いありません。」
「ありえないよ。」
「じゃ、一度、巡査部長だけにフェイクを流してみてはいかがですか?」
「かなり慎重な方なんで、証拠を残すなんてことはしてないんで、フェイクを流してやってみるしかないんです。」
「それが本当なら大変なことになる。」
「とにかく、彼に気づかれないようにやってみて下さい。」

半信半疑の近藤さんは、そのまま帰った。

(うまく、いくかな?)
(信じるしかないようね。)
(でも、すべての情報の中心になる人だから、これをだますのは・・・)
(そうね。でも近藤さんの作戦にかけるしかないわね。)

 数週間後、近藤さんは作戦にでた。ヤクザから押収した大麻数キロの保管場所を、まだくるまごと管内の駐車場に保管中と、偽って巡査部長に報告したのだ。その夜、案の定、そのくるまは盗難にあった。このことを知っているのは、近藤さんと巡査部長だけだったのだ。

 近藤さんから連絡がきた。

「本当に巡査部長だった。疑ってすまない。」
「よかったですね。」
「ほんとに君らはすごいな。」
「お褒めにあずかり光栄です。」

(なんとかなったね。)
(ほんと、よかったわ。)

 その夜、ボクらは、食料と飲み物を買い込んで、栗原さんちに行った。

(お疲れ様でした。)
(なんとかなってよかったね。)
(ほんと、ちょっと心配だったもんね。)
(近藤さんが信じてくれなかったら、どうなっていたことやら。)

ボクらは、ビールで祝杯を挙げた。

(あ、ちょっと待って)
(んっ?どうしたん?)

彼女はドライバーを持って来た。

(ここのコンセント、開けてくれる?)
(いいよ。)

ボクはそのコンセントを開けた。そこには、盗聴器があった。

(なんで?)
(これ、あのマスコミの人だわ。あなたの部屋にも仕掛けてある。)
(ほんとかよ?)
(いつの間にか、鍵をコピーしたのね。大家さんから。)
(付け替えるしかないわね。)
(あのさ、もし、君さえよかったら、引っ越して一緒に住まない?)
(えっ?)

栗原さんは明らかにビールのせいではなく、真っ赤になっている。

(どうかな?)
(それは・・・あまりに突然すぎて・・・)
(まだ、心の準備が・・・)
(これからは何かと一緒にいた方がいいと思うんだ。)
(ちょっと、時間がほしいわ。)
(わかった。)

栗原さんは奥手だ。気持ちはそうしたいのだろうけど。まあ、いいや、少し待つとするか。

 ボクが自分の部屋に帰ってから、栗原さんに教えてもらった箇所のコンセントから盗聴器を取り外した。しかし、困ったもんだ。ボクらの秘密を知りたいマスコミの人とは、あんまり関わりたくない。秘密裡に排除していくしかないのかも知れないな。

 そうこうしているうちに、またもや、栗原さんちに、今度は盗撮機器が設置されていた。

(やっぱり、物騒だからボクと一緒に住もう。)
(本当にいいの。)
(当り前さ。一人じゃ、怖いだろ?)
(うん。)
(じゃ、早い方がいいね。)

 ということで、ボクらは新たに探したセキュリティのしっかりしたマンションの2LDKの部屋を借りることにした。少々高いけど、二人だし、十分やっていけるだろう。ところが、栗原さんはルームシェアと思っていたらしく、2部屋を別々にしようとしていた。

(違うよ。この部屋がボクらの部屋だよ。)
(ふたりの?)
(ボクらは一緒に暮らすんだ。同棲なんだから。)
(だって・・・)

栗原さんはとことん奥手みたいだ。

(ボクらは恋人同士。だから、これからはいつも一緒に寝るの。)

顔は真っ赤になってしまった。だけどその前に、この部屋のすべてを確認しないとね。盗聴、盗撮など、ボクらは調べあげた。栗原さんもこの部屋に関する声をすべて確認してくれた。大丈夫そうだ。完全にボクらだけのプライベート空間だ。とはいうものの、しばらくは整理整頓だ。引っ越し箱から出して、ふたりでどこに置くのかを確認しながら、置いていった。夜も更けて、そろそろ寝ようということになったが、ボクにも聞こえてきそうなくらい、栗原さんのドキドキがものすごい。

(一度、一緒に手をつないで寝てるじゃん。)
(だって、あなたは酔いつぶれてたもん。)
(同じだよ。)
(全然違うわよ。)
(さあ、おいで。)

ボクは栗原さんを抱き寄せた。ボクが抱いたもんでから、栗原さんもボクにしがみ着くしかなかった。栗原さんの胸からはボクにもわかるくらいのドキドキ音が伝わってくる。相変わらず、奥手やな。

でも、ボクとしては寝心地がいいから、いつの間にか眠りについてしまった。栗原さんはしばらく寝れなかったにちがいない。

 翌朝、いつの間にか、ボクの隣には栗原さんはいなかった。もうすでにコーヒーのいい香りがしたので、台所にいるんだろうと思った。

(おはよう、早いね。)
(あ、おはよう。コーヒー淹れたわよ。)
(うん、いい匂い。ありがとう。)
(これからはいつも一緒だね。)

栗原さんは、顔を隠した。というか、ボクからは見えないように立っている。

(ねえ、これからも栗原さんというのは違う気がするんで、ゆうちゃんでいい?)
(じゃ、私からは、なぶクン?)
(なぶクン?そんなん初めてだよ。)
(まなぶクンの「ま」を抜いてなぶクン、いい感じじゃない?)
(まあ、好きなように呼んでよ。)
(決定~!)

 ボクたちはゆうちゃんの作ってくれた朝ごはんを食べて、事務所へ向かった。着くなり、ゆうちゃんは怖い顔をした。

(怖い人がくる。)
(何、それ?)
(ヤクザ。)
(まじか!)
(もうすぐ、くる。)

 いきなり、ドアが開いた。そこには、いかにもっていう人が二人、立っていた。

「いらっしゃいませ。」

仕方なしにボクは声をかけた。

「どうぞ、こちらへ。」
「おう。」

ふたりをソファに招いた。

(一応、お茶をお願い。)
(わかったわ。)

「今日は、どんなご用件で?」
「男をひとり、探してほしいんだ。」
「その前に、これをご一読ください。」
「なんだ、こりゃ?」

そこには、反社会的勢力、または反社会的勢力と関わりのある人の依頼は受けない旨の内容が書かれている。

「いかがですか?問題ありませんか?」
「てめ~、なめとんのか?」
「警察ともお付き合いがありますので、来ていただきましょうか?」
「もういいわい。」
「覚悟しとけよ。」

そんな捨て台詞を吐いて、出て行った。

(ねえ、どうしよう。あの暴力団の人たち、根に持ってるみたい。)
(何を考えてるんだろ?)
(まだ、具体的にはないけど、そのうち何かする可能性が高いわ。)
(計画的な内容なら、事前に考えるから、こちらとしてもわかりやすいけど。)
(そうね、急に思いついたりしたら、直前にしかわからないわ。)
(ちょっと、気をつけておいた方がいいね。なるべく二人で行動しよう。)
(そうね、ありがとう。)

 だが、そんなヤクザだけじゃなく、例のマスコミの人もまた、やってきた。

「もう有名人はやらないって?」
「そうですね。調査対象から外してます。」
「そういえば君たち、引っ越したんだね。」
「よくご存じですね。あなたの仕掛けた機器は外しておきましたよ。」
「何のことだか、わからないな。」

(悔しがっているわ。)

「そうですか。まあ、とにかく、今は安全ですけどね。」
「それはよかった。」
「で、今日は何ですか?」

(今度はこの事務所に仕掛けるために物色してるわ。)

「有名人を調査してもらえないとなると、そんなに来れないかもな。」
「結構ですよ。なんとかやっていけますので。」
「また、気が変わったら連絡くれよ。」
「事務所の方針なんで、変わらないと思いますよ。」

マスコミの人は帰って行った。

(盗聴器を付けやすそうなところを探してたわよ。)
(まあ、付けられたってすぐにわかるからいいけどね。)
(でも、勝手に侵入されるのって、やだわ。)
(確かにね。じゃ、こちらも防犯カメラを仕掛けておきますか?)
(そうね、その方がいいわ。)

そういうことで、事務所に防犯用暗視カメラを設置した。一応、撮影データはボクらのスマホにも飛んでくるようにした。

(つづく)

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