アレスグート 第1話
大学を卒業して、両親がバタバタと亡くなって、いつの間にかオレ一人になってしまった。ややこしい相続手続きを済ませると、相続税もつかない、価値の少ない古い一戸建てと小さな敷地のみが残った。兄弟もいないし、親戚もない。本当に天涯孤独になってしまった。こんなことってあるんだなと人ごとのように思っていた。
まあ、なんとか生活していけるし、ややこしい親戚の付き合いもないし、親の面倒も見なくていいし、ちょっとの蓄えもあるので、今勤めている小さな工場でぼちぼち働けば、当面問題ない。特に彼女もいないし、会社の先輩たちとたまに飲みにいくだけの毎日だ。オレはそれでよかったのだ。なんとなくだが、すべてうまくいっている気がしてる。オレ、高橋洋。24歳。
ある日、先輩らとの食事の帰りにふとズボンがきつくなったことに気が付いた。だんだん、太ってきたもんだ。そういや、わき腹にも下腹にも肉がついてきている。まだ、20代前半、これではあかんなと思った。
家に着くと、シャワーを浴びに風呂に入ると、
「ああやっぱり太ってきてるな」
鏡に映った自分の姿を情けなく思った。ダイエットなんて数か月必死の思いでやっても、飲んで食って、いつのまにか元通りになってしまう。だいたい、ストイックに食事制限したり、運動したりするなんて、性に合わない。だけど、このままじゃ、だんだん太ってきて、みっともない体型になってしまう。
「まいったな」
そう思いながら、シャワーを浴びてぼーっとした。
「この脂肪ってどんなふうになっているんだろう?」
そんなふうに思っていると、なんとなく黄色く思えてきて、ボコボコしてて、なんか、グロテスクな感じがした。気色悪いので全部取り除き、ふっと息を吐いた瞬間、かがみに映る自分の姿を見て
「うわぁ!」
と声を上げてしまった。
かがみじゃなくて、自分の体を腹あたりをみるとぽちゃとした腹ではなくなっている。しっかり、腹筋が浮き出ている。足もなんか細くなっているし、腕だってそうだ。も一度、かがみをみると、そこには細マッチョ化した自分のからだが写っていた。
顔も感じが変わってしまっている。どうアゴを動かしても二重にならない。ほほがこけ、というか多分脂肪が落ちて、こけたんだろう。
で、
「その脂肪はどこに行ったんだ?」
と、思った時、いきなり腹痛がした。
とにかく、多少だが、からだを拭いて、トイレに駆け込んだ。
こんなに多量に出たのは初めてだった。
「マジ、流れるんか?」
不安になった。こんな黄色いのは初めてだし、どうしたらいいんだろう?
恐る恐る流してみたら、なんとか流れて、ほっとした。しかし、自分のとはいえども、強烈な匂いにまいった。こんなんじゃ、だれも呼べない。消臭剤が必要だ。
やっと、落ち着いて、マジマジと体をみると、本当に脂肪が流れてしまったみたいだ。体重計の表示は20キロ近くも減っていた。で、体脂肪は1%となっている。
「マジか?!」
皮膚の下はほぼ筋肉ということだ。だけど、1日でこんなに変わってしまったら、みんながびっくりするだろう。どうしようか、いろいろ考えたが、いい案が浮かばないい。幸い、明日は土曜。出社するのは、月曜なので、2日は誰にも会わずに済む。しかしだ。マジ、困った。
「ん~~、待てよ。第一、こんなことってあり得るのか?」
「月曜、病院へ行ってみよう。内科でいいのかわからないので、綜合病院へ行けば、なんとかしてくれるかも?」
「とにかく、月曜に会社に連絡して、病院行って調べてもらおう。」
病院ではかなり待たされたが、何とか自分の番になった。
「どうしましたか?」
「いきなり、脂肪が全部落ちました。」
「はっ?」
「私にもよくわかりません。」
医者も怪訝な顔をしている。
「とにかく、ぶよぶよだったからだの脂肪が全部、うんこになって出て、こんなからだになってしまったんです。これって異常なのでしょうか?」
かなり、頭をひねってから、
「では、ここに横になって下さい。上向きで。」
私はその指示に従った。
「ちょっと、お腹を出してもらえますか?」
言う通りにした。脂肪がないんだから、ものの見事に筋肉が見れる。
「何かの運動選手ですか?」
「いえいえ、なにもしてませんよ。」
お腹をさわったり、聴診器を当てたりしたが、首をひねるだけだった。それから、体重計に乗せられた。体脂肪は家で計った時と同じで1%になっている。
「ここまで、体脂肪率の低い競技者に出会ったことはないです。ですが、ちょっと少なすぎですね。せめて、7~10%になるようにして下さい。」
ちょ、ちょ、ちょっと、そんなことを聞きにきたんじゃないんですけど?
「いや、25%ほどあった脂肪率が、一瞬でこのパーセントまで減ったのは、なぜかということを聞きたいんです。」
「そんなことは不可能です。ありえません。」
即答だった。
その後、だいぶ押し問答した覚えがあるが、結局、納得できる答えはもらえなかった。特に、どこも悪いところもないとのことだったので、帰ることになったが、
「会社、どうしよう?困ったな。」
とにかく、体調が悪いということにして、今週は休むことにした。来週、この姿で会社にいけば、みんなよっぽど、心配してくれるだろう。なんて、結構、計算してた。
でも、なんでこんなことが起こったんだろう。ウェストだってかなり減ったんで、今までのパンツがぶかぶかだ。でも、腹筋はしっかり割れている。これはかっこいいかも?えへへ。
顔はだいぶ細くなった。ほほがこけているんだから、当たり前よな。小顔になっているんで、それなりにかっこよくなったかもね。もしかしたら、目いっぱい食っても、脂肪を排出できるんだから、絶対太らないってことだよな。なかなかいい能力だ。って、ほんとにそうなのか、実践してみないとわからんじゃないか。今回限りの能力かもしれないし。
数日後、結局、何回でも脂肪を落とせることがわかった。さて、いよいよ、会社にいくんだけれど、散々、心配してたから、なんて言われるんだろうか?
会社に着くと、早速、先輩に見つかった。
「もう、大丈夫か?直ってよかったな。え?おい、マジか?」
その声にみんなが集まってきた。そりゃそうだ。20キロ近くやせたんだからね。
「めっちゃ、やせたやん。だいじょうぶか?まだ、無理せんと休んでおけよ。」
「そんなにやせれるんなら、おれも?!」
「あほか!」
みんな、好き放題、言ってる。
社長もえらいびっくりしてた。
「そんなんだったら、誰か看病にいかせたのに。」
「ありがとうございます。お気持ちだけで。」
「ほんとにしんどかったら、もう2~3日休んでええぞ。」
「いえいえ、もう大丈夫です。見た目はやせちゃいましたが、もう元気です。」
さすがに、びっくりするよな。でも、みんなに心配されたのは当日だけで、私の働きぶりに安心したのか、もう何も言われなくなった。慣れってすごい。普通は病気でやせても、すぐに元にもどるもんだけどね。オレはもどらない。これからも。へっへっへっへ。
冬が近づいたある時、不思議な感覚を感じた。私の中に不快なものが入ってきた。そいつはなんとか私に取りつこうとしている。あまりに気色悪いので、追い出した。そんな感覚だった。
いままで、そんなことは一度も感じたことはない。追い出す時は脂肪と同じで便意をもよおす。不快だから早めに追い出したいが、トイレが近くにないと非常に困る。便意を止めることが非常に難しい。
まあ、そんなことがあって、病気になることはほぼない。空気感染は感覚でわかるし、変なもの食べても分かる。恐らく、毒であっても、排せつできると思う。ってことは、体調が悪くならないじゃん。なる前に排せつできるんだから。
それからというもの、自分の感覚が変わっていくのを感じた。会社でインフルエンザにかかったヤツがわかるんだ。体調の悪いヤツのからだに病原菌がはびこっているのが見えるのだ。
「先輩、それ、絶対インフルだから病院行った方がいいっすよ。」
「そうかな、なんか調子悪いんだよな。」
「絶対そうですよ。いまからでも行って下さいよ。」
「いやいや、会社終わってからにするわ。」
「周りに移したら、やっばいですよ。会社、操業停止になっちゃいますよ。こういうときは、無理せず、すぐにいく。」
「おまえ、ただの風邪だったら、覚悟しておけよ。」
「はいはい、この勝負私の勝ちですから。」
と言って、無理やり、会社から追い出した。
どんどん、変化して、空気中の細菌みたいのも、見えるようになっていた。それを吸い込んだヤツが調子悪くなっている。明らかにインフルのウィルスなんだろう。あっちこっちのドアノブとか、人が触りそうなところにたくさんいる。アルコールの除菌は結構役に立つ。しっかり、拭いてまわっておこう。しかし、なんで、冬にこんなに飛沫状態で、飛んでるんだろう。マスクは侮れないな。しっかり、菌を受け止めてる。すごいもんだ。
外からの病原菌は見えるので、対処できるようになった。要は、からだのいらないものを排せつできる能力を持っているということみたいだ。
あるとき、なんか違和感を感じた。この違和感は外からのものではなく、内から湧いたみたいなものだった。そいつをギュっと絞って、切り取って、ポイと捨てるイメージだ。そんなときは、相変わらず、うんこがしたくなる。もう、大丈夫。
でも、それって、どこかでみたことがあるような気がする。ネットで調べてみると、あった!それはガン細胞だった。おいおい、オレはガンだったのかよ。でも、からだに必要ないものを感じると排せつできる能力はなかなかいいぞ。これで、病気で死ぬことはないのだろう。へっへっへっへ。
オレの生活パターンは相変わらずで、いつものように工場との往復と、週に1~2回の居酒屋通い。ある時、居酒屋からの帰りにコンビニに寄った。帰ってから食べるカップラーメンを物色していたら、すぐ左の女性から病気のメッセージが出ていた。それも、軽くない。やばそう。
「あの、大丈夫ですか?」
そう言うと同時に倒れ込んだ。やっば!
「おーい、店員さん救急車呼んで!」
「はい。」
オレは、この女性がどんな病気なのかすぐにわかった。最近は手に触れるだけで、イメージが流れ込んでくる。腸が途中で途切れて、その先が腐りかけている!救急車がくるまで、すっごく長く感じられる。こんな時は、誰であってもそう感じるものだ。やっときた救急隊員に言ってしまった。
「腸が途切れてて、とても危険な状態です。一刻も早く、手術が必要だと思います。」
「あなた、医者ですか?」
「いえ、違います。」
やってもうた。へんなふうに見られたやろな。
「一緒に来て下さい。」
「へっ?」
初めて救急車に乗った。やっぱり、意識があるかどうか尋ねるんやな。とにかく、私が最初に言った一言が決めてとなって、緊急手術ができる病院へ。
「なんで、腸閉塞ってわかったんですか?」
「なんでやろ?感かな?」
「でも、あれだけ、しっかり限定的に言えるなんてなかなかないですよ。」
救急隊の人に疑われたと思った。しかし、病院の医師が診断した内容も同じだったので、すっごくびっくりされてしまった。だって、見えるんだもん。なんて、言えないし。
すぐに手術が始まった。これで、ひと安心だ。帰ろうと思ったら、ちょっと待ってくれ!って、拘束された。オレ、この人知らんし、もうええやん。手術は3時間くらいかかったと思う。出てきた医者は
「もう大丈夫です。」
と言った。そこへ、年配の夫婦がやってきた。あの女性の両親だろうことはすぐにわかった。じゃ、もう解放ですよね。
ということで、帰ろうとすると、手術をした医者が、
「あなたのおかげであの女性は助かったんです。本当もどうもありがとう。でも、すぐにあの症状を見抜きましたよね。医学を勉強されていたんですか?」
「いえいえ、たまたまです。親戚に同じ病気の人がいて、その症状によく似ていたんでそうだと思っただけですから。」
「あなたが娘を助けてくれたんですか?本当にありがとうございます。」
おいおい、オレそんなにお礼言われることしてないし。
「ちょうど、飲んだ帰りで遭遇しただけですから。でわ、失礼します。」
「あの、ちょっと。」
もうこれ以上、ゆるしてくれ!と小走りで帰途についた。しかし、もうこんな時間(3時を回ってる)電車ないし、歩くか?それも、遠いし、タクシーしかないか?お金、微妙。
それから、しばらくして会社にお客さんがきた。とてもきれいな女性だった。
「おい、高橋、お客さんだ。」
社長から言われたときは、オレにお客って、いったい誰だ?全然、知らん人だと思った。
「高橋、いったい誰だ?めっちゃかわいいぞ。」
先輩は冷やかすし、ますますわからん。応接セットに座っているその女性は、確かにとってもきれいな女性だった。思わず、見とれてしまった。
「あの、高橋さんですか?」
「はい、そうですけど。」
「先日は助けて頂いてありがとうございました。病院の先生に死ぬとこだったと言われました。それを、あなたが助けてくれたと聞いて、すぐにでもお礼に行きたいと思っていたんですが、退院するまで行けず、申し訳ありません。」
「そうなんですか?コイツがそんなことを。」
横から、社長が口をはさんだ。
「あの、これ。」
彼女が差し出したのはオレの名札、代わりの社員証。そうだよな、これがないとわからんわな。あのとき、何も言わず帰ったんだから。
「名前も言わず、立ち去ったと聞いて、でも、これが落ちていたと伺って、ほんとにうれしかったです。」
「いえいえ、当たり前のことをしただけですから。」
散々、お礼を言われ、お礼の品まで頂いて、逆に恐縮してしまったわい。あとで、社長にもあれこれ聞かれ、散々な日だった。でも、社長に褒められ、食事とお酒をおごられ、まあ、いい日だったのかもね。
それ以来、オレはあの能力をあまり出さないようにしている。自分にはしょっちゅう使っているが、人に対してやり過ぎると、なんかヤバイ気がしてね。
同窓会の案内に誘われて、久しぶりに同窓会にいくことにした。中学の時から会ってないヤツもいるし、だいぶ変わったんだろうか?
夕方、会場に着くと、全然変わってないやんけ!さすがにまだハゲはおらんな。女性陣はみんなきれいに変身だね。すぐに誰でもほれてまうやろ!って感じだ。
だが、ひとり、問題を抱えているコがいた。おいおい、大丈夫か?オレは飲み物を持って、彼女の元に行った。やけに顔色が白い。
「やあ、ひさしぶり。」
そう言って、飲み物を渡した。そのとき、彼女の手に触れた。すべてわかった。
彼女はやけに白血球が多い。多分、白血病なのだろう。今日、この場に来るのもどうかと思うほど、ヤバイ。
「ああ、高橋くんね。お久しぶり。」
オレは彼女に近づいて
「調子悪いんだろ。無理すんなよ。」
って言った。あ~、また、やってしまった。
彼女はびっくりした顔をして、こちらを凝視した。それから、ふっと笑って、
「やっぱり、分かる?」
「血液の病気だろ。」
「え、高橋くん、お医者さん?」
「いや、違うけど、分かるよ。」
「そうなの?すごいね。誰もわからなかったのに。」
「こっちにおいで、椅子がある。立っているのもしんどいんだろ?」
彼女はうなずいた。オレにエスコートされ、椅子に座った。
「あのね、あと6ヶ月なの。」
「マジか。でも、治せるよ、オレなら。」
「やめて。医者も見放したのよ。」
「信じてくれたら、治せる。」
なんの確証もなかったけど、この口が勝手に言いやがった。
「もし、長生きしたくなったら、オレに連絡くれ。」
そう言って、スマホの連絡先を渡した。オレって、ブラック・ジャックか?!なんて、あほなことしてしまったんだ。オレのアホ。
1週間もしない間に、彼女から連絡がきた。彼女は長田育子。中学時代は足が速くて有名だった。
「ほんとに治してくれるの?」
「ああ、治る。」
「じゃ、治して。」
「君の白血病はオレが治してやる。」
「どうして、病名まで?」
「だから、信じろよ。オレには不思議なちからがあるんだ。」
「オレを信じて、すべて任せてくれ。」
「どうしたらいいの?」
「二人だけになる場所が必要だから、ホテルを取るよ。」
「やっぱり、いやらしいことしたいだけなんでしょ?」
「だから、オレを信じろっていったろ?真剣に治してやりたいんだ。」
「わかった、いくわ。」
オレは近くのホテルを取った。ホテルのロビーで待合せた。彼女はとってもしんどそうだった。ほんとに1ヶ月で亡くなってしまいそうな気がした。
「やあ。来てくれたね。」
「お願いね。」
「信じてくれてありがとう。」
彼女を連れて、部屋に行った。
「ベットに寝てくれる?」
彼女は横たわった。
「はだかになればいいの?」
「いや、そこまでしなくていいよ。」
手をふれると病気がわかるけど、これを治すためには、オレが取り込んで、トイレに出すしかない。どうやって取り込むのか?聞くと彼女の血液型はA型だという。オレはO型だ。となると、血液交換みたいなことはできない。
「君の口から病気を吸い取る。」
「うん、わかった。」
ほんまにそれでいいのか?適当なこといってるよな、オレ。
彼女は抵抗もできないくらい衰弱していた。本当は退院なんてできないくらいな状態なはずだ。オレは彼女にキスをした。舌を入れて、彼女の舌にからめた。その時、彼女の病気をオレがどんどん吸い取っていくのがわかった。こいつを全部排せつするのだ。かなり長い間、キスをした。握っている彼女の手から、病気がなくなっていくのが分かった。
本当に長い長いキスだった。女の人とキスなんてしたことがないのに、オレとしたことがこれがファーストキスになるなんて。
ようやく、全部、吸い取った。とたんに、もよおしてきた。トイレに駆け込み、いつものとおり。しかし、今までに感じたことないくらい、苦しかった。口からも吐いてしまう感覚が起こった。トイレを流しながら、トイレに顔をうずめて、吐きまくった。あまりにきつかった。今度はオレが死ぬかと思った。
ようやく、落ち着いた。全部流して、シャワーを浴びて、ほっと一息した。でも、ひどい匂いだ。持ってきた消臭剤をまいて中和して、なんとか匂いを消した。こんなにしんどいなんて、もう絶対やめよう。これで、終わりにしよう。
バスルームから出てきた時、彼女はベットで眠りについていた。手に触れてみて、もう病気がなくなっているのを確認できた。よかったな、長田。
オレはたまらなく腹が減っているのに気が付いて、食事をしに行くことに。
ホテルからでて、近くのラーメン屋へ。なんとか、生き返った気分だ。
ホテルの部屋の前で、アホな自分に気が付いた。鍵を持ってでるのを忘れてた。しかたないや。このまま、帰ろう。ロビーで精算だけして、帰った。
「治ってよかったな。これから、楽しい人生を送ってくれ。see You」
って、キザなメールを送っておいた。
次の日、長田から
「本当にありがとう。病院で先生が奇跡だって。詳しいことは聞かないけど、本当にありがとう。」
よかったな。オレももうなんともないし。
「とにかく、検査する間は入院するけど、問題なければすぐに退院できるみたい。」
長田の声には、とても元気があった。うれしそうだった。
だんだん、自分のことがわかってきた。他人の病気を吸い取るときは体液を接続しないといけないらしい。だから、キスもそうだけど、例えば、針で指先を突いて出てきた血液をなめる程度でも可能だということ。相手に触れるだけで相手の健康状態がわかってしまう。吸い取った後はえげつないくらい強烈な便意をもよおすし、ひどいときは吐いてしまう。その匂いも強烈なので、脱臭剤も必要だってこと。
だけど、なんでオレはこんな能力があるんだろうか?人助けをしろってことか?でもまあ、あんまり目立つことはやめておこう。
長田のことがあって、間がない頃、会社で社長が倒れた。いつも世話になっている人のいい社長だ。みんなの前では明るく元気なふりをしていたが、そうではなかったようだ。オレもそれに早く気付けばよかったけど、いままで全然気づかなかった。
病院に見舞いにいくと、相変わらず元気そうに振る舞っていたが、なんかヤバイ!そんな気がした。
「社長、早く元気になって下さいよ。」
といって、手を握った。やっぱ、そうだ。ガンだった。かなり進んでいる。この病室からトイレまで、結構遠い。排せつするのに、持たないかもしれないな。でも、なんとかしないとな。でも、この能力をバラすことになるけど、この人には本当に世話になっているから、なんとかしたいよな。もしかしたら、一度にやらなくても、2~3回ほどに分けてやれば、なんとかなるかも?
「社長の病気、オレが治します。」
「何言ってんだ?」
「実はその病気、ガンですよね。それもかなり進行していますよね?」
「なぜ、それを?」
「オレ、その病気を吸い取れるんです。」
「はっ?」
「オレを信じてくれませんか?」
「いったい、何言ってんだ?」
「だから、オレがその病気を治しますから、信じて下さい。」
「おまえは、気にせんと頑張って働いてくれ。」
全然、信じてもらえない。無理もないよな。その後、なんとか説得したが、信じてもらえない。無理にでもやってしまったほうがいいのか?だけど、やはりちゃんと話をしてわかってもらった方がいいよな。
そのうち、だんだん、様態は悪くなっているのが見て取れた。放射線の治療でもともと薄かった頭はみごとにつるっぱげになった。見舞いに行くたびに、社長にお願いしたが、全然、信じてもらえない。オレもあんまりこのことが公になってしまうと、大変なことになると分かっていたので、それ以上どうしようもなかった。
冷たい雨の降る日、社長は亡くなった。病室で次の社長に指名された先輩が、会社のかじ取りをすることになった。この能力は相手が信じてくれて、初めて発揮されるものだ。オレが無理やりするわけにはいかない。でも、オレは社長を見殺しにしてしまったという罪悪感はぬぐい取れなかった。できるのにやらなかった自分は卑怯者だ。そんな感覚がしばらく抜けなかった。
(つづく)
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