ボクのライフワーク 第4話
加藤さんはついに音を上げて、前田助教に助けを求めたが、前田助教にも分からない。結局、大橋教授にも話を持っていったが、大橋教授も図面のすごさには感心していたらしいが、結局どうやったらうまくいくのかわからなかったみたいだ。
「もう、これが解けるのは、あんたしかおらへん。」
「それ、ライフワークにする?」
「あほか、一生考えてられんわ。」
「わかった、3ヵ月あげるから、がんばってみてよ。」
「くっそ~、負けへんで。」
加藤さんはかなりの負けず嫌いのようだ。見てて、飽きないよ。
しばらくして、ボクは加藤さんを我が家へ招待した。
「あれ、ご両親、おらへんの?」
「あのふたりは世界一周の旅にいってる。」
「ええ身分やな。」
「ボクが資産運用して、プレゼントしたからね。」
「資産運用ってか。あんた、どこまですごいんや。」
「ハードも面白いけど、ソフトも楽しいよ。ネットに接続されているすべてのコンピュータから、統計情報を入手して、資産運用させるんだよ。そうすることで、ローリスク、ハイリターンの運用が完成するんだ。」
「う~ん、そこのところは、ようわからんわ。あんた、ほんとにすごいんやな。」
「ところで、この部屋の照明とか、カーテンとか、もしかして、IoTになってる?」
「よくわかったね。その通りだよ。暇なもんだから、ぜんぶIoTにしちゃったんだ。」
「例えば?」
「そうだな、照明つけて。」
当然、照明が付いた。
「カーテン、閉めて。」
カーテンが閉まる。
「声で反応するんやな。なかなかのもんやね。」
「雨戸も閉めて。」
「それもできるんかいな。」
「今日の晩御飯は?」
「日付の迫っているものを優先すると、野菜炒めはどうでしょう?」
「お、提案しよった。そんなんもできるんかいな。驚きやな。」
「両親は今、どの辺にいる?」
「現在、メキシコシティーで滞在しています。」
「凄すぎや。恐れ入ったわ。」
「なかなか、ハイテクは家だろ?」
「感動や。」
加藤さんはかなり感心していたみたいだった。ボクは散々家の自慢をしたあと、彼女を連れて、いつものラーメン屋へ行った。
「結局、ここかいな。ワンパターンやな。」
「まあ、しばらく飽きるまでここだね。」
「さよか。」
加藤さんはかなり真剣に例の設計図面と格闘していたが、ついに音を上げた。
「あかん、お手上げや。」
「じゃ、これ。」
「あんたも、つくったんかいな。」
「そうです。確認済です。」
「ちゅうことは、動くんやな。」
「そうです。試してみてちょ。」
「すっご、動くやん。それもものすごい高性能や。」
「くっそ~、あんたにできて、私にできひんなんて、悔しいわぁ。」
「だけど、あの設計図を理解できる人、ほとんどいないからね。」
「でも、そこから動くもの作れないなんて、やっぱり、情けないわ。」
それから、しばらくしてうちの両親が帰ってきた。
「お帰り、楽しかった?」
「本当にありがとう、最初で最後かもしれない、楽しい旅行だったわ。」
「最後かもしれないだなんて、そんなことないよ。」
「こんなに長くゆっくりさせてもらえるなんて、思わなかったよ。」
「サトシのおかげで、幸せだわ。」
「ボクは久しぶりに親子3人で、食卓を囲めることがうれしいよ。」
しばらく、両親が家でゆっくりできた頃、ボクは一応話しておかないことを切り出した。
「とうさんもかあさんも、聞いてほしいんだ。」
「またまた、なあに?びっくりすること?」
「とうさんとかあさんの名義で、証券会社の口座を作ったんだ。でね、両方とも毎月20万円ほどの配当金が入るようにしておいたんだ。」
「おまえ、それって。」
「うん、これからはとうさんもかあさんも配当金生活できるようにね。これで、老後のことなんか気にする必要もないよ。」
「なんと・・・」
しばらく、黙っていたが、とうさんが話はじめた。
「あんまり、楽チンになると怠惰な生活をしてしまいそうで、怖いな。でも、今まで通り、働くよ。とうさんもかあさんも今まで通りだ。たまに、贅沢はさせてもらうよ。おまえのおかげで、この家のローンもなくなったし、生活は格段に楽になった。本当にありがとう。」
「それに、なんか知らないけど、家中ハイテクになってるしね。」
「ははは、気づいた?」
「何だ、それ?とうさんは初めて聞くぞ。」
「だって、見てよ、冷蔵庫に大きな画面が付いているのよ。こんなことするのは、サトシしかいないじゃない。」
「これね、冷蔵庫の中身から、最適な晩御飯を提案してくれるんだ。」
「どう使ったらいいの?」
「冷蔵庫の前で言うだけだよ。」
「どういうふうに?」
「今日は何つくったらいい?」
「今日はマーボー丼です。材料は豆腐と・・・・をお使い下さい。」
「えっ、こんなことも言ってくれるの?」
「なかなかでしょ?」
「すごいな、これ特許にすれば売れるよ。」
「あとは、電気もカーテンも雨戸も、言葉で言えばやってくれるから。」
「サトシは天才だな。」
「ははは、趣味が転じて、こうなっただけだから。」
「いい趣味だ。」
ボクはそれから、トムにやってもらうだけでなく、自分でもできるようになりたかったので、いろんなことを教えてもらった。とてもヤバイこともね。最近はネットを使った犯罪や誹謗中傷も増えている。そんなことで命を落とす人もいる。ボクはそんなヤカラを退治したいと思った。
ボクは自らを「ホワイトマウス」と名乗って、そんな連中を成敗することにした。ネット中を見て回っていると、いじめられている人がすぐに見つかる。トムのおかげでボクでもそんなことができるようになった。だけど、このような件数は少なくはない。とても一人では対応しきれない。だから、トムにも手伝ってもらった。
「トム、とにかく誹謗中傷している人は、全部、本名をさらしてやってくれ。で、ホワイトマウスがやったと残しておいてね。」
「分かりました。ホワイトマウスの名前以外は、わからないようにしておきます。」
「ありがとう、頼むよ。」
トムは、日本中のサイトやSNSを確認して、あまりにひどい投稿者を、実名に置き換えている。しかし、実名になるというのに、なぜ、未だに人の悪口を載せるかな?ボクにはその心理がわからない。勝手に実名にされた人物が、告訴する!と騒いでいたが、どんな言動が実名になったのかを問われると、恐らく答えられないんだろうな。
それがだんだん広まって、テレビのニュースでも、ホワイトマウスの名前が出てくるようになった。
「悪口を匿名で書いても、勝手に自分の名前が変換されるんだって。」
「誹謗中傷以外は匿名のままらしいよ。」
「悪口なんか、ネットで流せないじゃん。」
「ホワイトマウスって誰なんだろう?」
「なんか、現代版のねずみ小僧って感じじゃん。」
「ホワイトマウスって、正義の味方よね。」
う~ん、ホワイトハッカーのつもりだったんだけどな。まあ、いいか。まあ、大半はトムがやってくれている。まあ、これだけ有名になったんだから、ボクはテレビ局にメールを送った。
「誹謗中傷についての発信がなされたときは、名前だけでなく、住所も載せることにする。ホワイトマウス」
どのテレビ局もハチの巣を突いたようになった。当然、放送された。今まで、匿名だから分からないと思っていた連中だって、名前だけじゃ特定できないと思っていただろうし、それが住所も表示されるとなると、かなりビビってしまっているだろう。悪いことは悪い。ちゃんと、道徳の時間に習ったはずだ。それでも、やる連中がいる。ボクは容赦せずに、名前と住所も表示した。
テレビでは、本当にそんなことができるんだって、大変な騒ぎになっている。個人情報保護の観点から、問題だって言っている人もいる。だけど、そんなこと言っていたら、犯罪者をかばうことになってしまうだけだろ。
トムとボクで、闇サイトも、すべて表に引っ張り出した。だいたい闇サイトなんて、その存在自体が問題だ。だから、すべての人からアクセス可能にした。日の目を浴びないなんて、そんなサイトは、かわいそうだ。だから、誰でもアスセスできるようにしたのだ。オレオレ詐欺の受け子募集も、その募集をしている人の名前も、みんな実名にした。どんなに闇サイトを作ろうとも、ボクたちで、表に引っ張り出して、実名にする。だから、ネットの世界では、そういうことはできなくなった。もしかしたら、サイバー警察がこっそり探っていたのも、もうできなくなったから、怒っているかも知れないな。
「サトシ、警察のサイバー捜査が動きだしました。」
「多分、そうだろうって思ってた。」
「痕跡はないので、わかりません。」
「だよね。」
そのうち、ネットでのいじめが減ってきたとの報告もでてきた。ボク自身は、良かったと思っている。
「ねえ、最近話題になっているホワイトマウスっていうの、知ってる?」
「加藤さんも興味あるの?」
「だって、誹謗中傷する連中だけ、名前とか住所を明らかにしちゃうんでしょ?」
「みたいだね。」
「怖くない?」
「なんで?」
「だって、普通の人かて、個人情報見られてるやろ?」
「それは無理と違うかな?そんなたくさんの情報、見れるんかな?」
「確かにそうやな。みんなに公開してへんしな。」
「警察でできないことやってくれているんだから、悪いことじゃないと思うよ。」
「せやな。そこは私もそう思うわ。」
「だけど、足跡一つも残さないっていうから、すごいで。」
「確かにね。」
「私らでも、ここまでできひんわ。」
「だね。」
こっそりと言えば、一般に販売しているスマホやインターネット機器から、こっそり情報を集めている企業も実名で公開した。中には、国家がらみでやっている国もあった。でも、そんなことはお構いなしに、その企業、国も公開した。お陰で、該当するアプリなんかの利用者は、激減したみたいだ。
ここまでやると、ボクたちのことを、徹底的に探している連中が現れた。それも国家がらみでだ。でも、トムが、絶対に探し出せないようにしてくれているので、何も問題なかった。何回確認しても、今の技術では無理なんだそうだ。ボクもそのやり方を知っている。だから、ボクが、やっても誰からも見つからないのだ。
ボクからは、テレビ局へメールを送り付けることで、公開しているが、誰からもそのボクに返信することができない。そのメールの差出人は「ホワイトマウス」とだけしか、書いてないからだ。ドメイン名もついていない。
やはり、これだけやりまくると、ホワイトマウスの正体を世間は知りたがる。日本だけではなく、世界各国もだ。それも、マル秘を公開された国は、血眼みたいだ。まあ、そんなずるいことをしなければ、こちらも公開なんてことはしなかったのに。自業自得ってことだ。
ボクは今、どうするか迷っていた。ホワイトマウスはここまでにするのがいいのか、もっと突っ込んで正義を貫いていくのがいいのか。
「トムはどう思う?」
「ここまでにしておいた方がいいかと思います。」
「やっぱ、そうだよね。」
見ようと思えば、T国やK国の情報だって見れてしまう。日本にとって良くないことなら、公開してやろうかとも思ったが、見ること自体やめといた方がいいかもしれない。
悪い連中が、トムの技術を持ったら、ほんと大変なことになる。誰もその正体を突き止められないからだ。一番怖いのは、軍事システムを簡単に乗っ取って、操作できてしまうことだ。そうなれば、戦争させることなんか、思いのままになる。また、標的国のシステムを、思いのままに操れば、その国の政治や経済は無茶苦茶になる。トムに出会えたのが、ボクでよかったんじゃないかな。ボクはそんなことはしない。決して、ブラックハッカーになったりしないからだ。ちゃんと、社会の仕組みに則って、小遣い稼ぎをしてるだけだし(額はすごいことになってしまったが)、悪い連中を野放しにしないようにしているだけだ。
(つづく)