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ほっといてくれ! 第3話

 結局、男女3人づつ6名のゼミになった。はじめからこのくらいの人数がいいと思っていたし、その通りになったのだ。だが、何を勘違いしたのか、ついていけなかった連中の一人が、ボクらのせいだと思い込んでいた。

(ゼミをやめたあの人、気をつけた方がいいわ。)
(んっ?なんで?)
(私たちのせいだと思ってる。)
(そうなのか?困ったやつだな。)

ボクは他人の気持ちをほとんど読めないから、そんなことわからないけど、彼女は自分になだれ込んできる気持ちをどうしようもないので、わかってしまうのだ。

(とにかく、気をつけてね。)
(わかった。)

とは言うものの、いつでも気にしているわけにはいかない。だが、久しぶりにいじめに合った。学食でお昼を食べている時だった。不意に頭から水をかぶった。

「ごめん、つまずいた。悪かったな。」
わざとのくせに。
「ああ、いいよ。そのうち乾くから。」
「へえ~、寛大なんだな。」
「じゃ、これは?」
そう言うと、うどんの汁を頭にかけてきた。さすがに熱くなかったけど、これはシミになる。ボクはカチンときた。
「ボク、何かしたかな?」
「おまえのせいで、ゼミを落としたんだ。」
「ボクのせい?自分がさぼっていたからだろ?」
「いや、おまえのせいだ。」
こいつは完全にボクのせいだと思い込んでいる。
「覚悟しろ!」

この上に何をするつもりなんだ。と思ったら、うどんの器をボクに投げつけてきた。よけたつもりだったが、額に当たった。さすがに限界だ。もう、自分を止められない。ボクの感情が爆発した・・・だが、不意に彼女の優しい声が聞こえた。

(大丈夫、大丈夫・・・)
 ボクは我に返った。あぶね~、またやってしまうところだった。
(ありがとう、止めてくれて。)
(よかった。)

周りを見ると、彼女がいた。でも、ボクの額は大きなたんこぶができていた。この光景を学食のみんなが見ていたから、ボクは被害者で医務室へ連れていってもらった。

 アイツは、その事態を目撃した教務員の証言により、結局、退学になった。
(よく我慢したね。)
(というか、君に止めてもらったんだぜ。)
(それでも、我に返らないケースもあると思うの。)
(そうなのか?)
(うん、だから、あなたが自分で、自分を収めたのよ。)
(そっか。)
本当にそうなのかはわからないけど、やっちゃうよりよかったな。

 それからは、ゼミの中で、ボクらふたりは一目置かれる存在になった。教授もボクらには優しい感じがした。元より、顔は優しそうな感じだしね。

 4年になって、就職の時期になると、ゼミの教授の紹介もあり、ボクら共に同じ企業に推薦されることになった。その企業は流通関係の企業で、ゼミでやっていた勉強が活かせる企業だった。ボクは彼女がそばにいてくれることで、感情爆発せずに済むので、最近安心感が増していた。だけど、そうはうまくいかないもんだ。その企業はボクだけを内定して、彼女を落としたのだ。仕方ないので、ゼミの教授は、彼女に別の企業を紹介した。彼女はそこに内定できた。

(せっかく、ふたりでやっていけると思ったのに、別々になっちゃったね。)
(まあ、すべてうまくいくことはないもんだよ。)
(そうね。でも、大丈夫?)
(まあ、会社なんだから、学生みたいなことはないだろうと思うよ。)
(そうかしら、案外、きついかもしれないわよ。)
(多少は我慢できるから大丈夫だと思うんだけどね。)
(でも、どうしても無理そうなら、呼んでね。)
(ありがとう。)

 いよいよ、社会人だ。ボクは何を担当することになるのか、多少の不安と期待を感じていた。ボクの配属された部署は、なんと肉体労働の部署、つまり倉庫管理だった。早速、フォークリフトの免許を取りに行かされた。1週間で取得。くるまと取り回しが逆なので、最初は戸惑ったが、慣れると問題なく操れる。だが、周りに人がいないか、十分注意しないと、事故しそうで怖い。

 出荷や入荷の作業に、倉庫整理、管理等の仕事になった。これじゃ、あんまり大学で勉強した知識はいらないやん。フォークリフトだけの作業なら、汗もかかないけれど、実際の段ボールの箱はかなり重くて、1ケース20キロくらいある。それを手作業でパレットの上に積み降ろしする場合は、全身汗まみれだ。しっかり水分を補給しないと、絶対ひっくり返ると思う。また、わからないことが多いのでモタモタしてると、先輩社員にどやされる。

「何、悠長にやってんだよ。」
「それじゃ、定時になっても終わらんぞ。」
「もっと、腰入れて持たんか!」

 結構厳しい。こういう肉体労働の方々はタバコを吸う人も多い。ボクはいままで吸うことはなかったので、隣にいるとかなりむせる。食事や休憩のときに彼らが吸い出した時は、遠慮するようにした。でもまあ、感情爆発することはない。こういう仕事も楽しいもんだ。はじめは全身筋肉痛で大変だったけれど、今はかなり楽に荷物を運べるようになった。

 彼女からの連絡が何度かあった。

(そっちはどう?)
(肉体労働だけど、精神的には問題ないよ。)
(そう、よかったね。)
(心配かけてすまないね。)
(いいのよ、私が勝手にしていることだもん。)
(で、そっちはどうなん?)
(私の方は、まだ、新人たちと研修中よ。)
(そっか。みんなとうまくやれてる?)
(うん、大丈夫。)
(ほんまに大丈夫か?)
(大丈夫だって。)
とは言うものの、ボクらはその日の晩に食事をする約束をした。

懐かしの焼き鳥屋で、待ち合わせした。
(よう、久しぶり・・・って、3週間ほどか!)
(元気そうね。なんか筋骨隆々って感じに見える。)
(だろう、だって、肉体労働だからね。)
(いつまでもそういうわけじゃないでしょ?)
(わかんない。)
(大変ね。)
(筋肉痛はあったけど、今は大丈夫さ。)
(よかった、そっちの会社でなくって。)
(だな、女性もやってるからね。)
(さて、そっちはどうなん?)
(こっちも大丈夫よ。)
(そんなわけないだろ?ちょっと、声の色が変だったもん。)
(やっぱり、わかった?)
(声に色があるって、ほんとだよな。その時の感情で色が変わるもんな。)
(確かにそうね。)
(で、話、聞くよ。)
(ごめんね、心配させちゃって。)
(いいってことよ。)

 ボクの思っていた通り、彼女のスローモーなしゃべりをからかう連中がいる。同じ新人同士でだ。先輩社員は、割と気遣ってくれるらしいが、同僚がやってくる。
(困ったもんだね。)
(ほんと、やんなっちゃう。)

「君たちさ、さっきから無言だけど、雰囲気は話し合っているような感じだね。」
いきなり、隣のおじさんが話かけてきた。

(まずいな。)

「なんか変なんだよね。」
「何がですか?」
「傍から見てると、違和感を感じるんだ。」

(ほっとけばいいのに。)

「以心伝心って感じかな。」

(この人、ボクたちと同じかな?)
(違うわ、普通の人。)

「そんなに変な感じですか?」

「ああ、興味深いね。」
(この人、マスコミの人よ。)
(あんまり、深入りしないほうがいいね。)
(でも、結構、私たちに興味を持ってる。)
(困ったもんだね。)

「ただ単に黙々と食事をしてるだけですけどね。」
「本当にそうかな?」
「もういいでしょ。ほっておいて下さい。」
「まあ、いいだろう。私はこういうもんだ。」
そう言うと、名刺を渡してきた。やはり、そうだ。マスコミの人だった。
「君たちは?」
「名乗るほどではありませんよ。」
「社会人だろ?恋人同士かな?」
「いえ。」
「名刺はあるの?」
「今、もってないです。」
「そうか?」

(名前くらい言っとこか?)
(それくらいなら。)

「名刺はないですが、竹内って言います。」
「わかった、また、会うことになるかもね、竹内クン。」
彼はそう言うと、店から出て行った。

(あの人は面白そうなネタを探しているみたい。)
(ボクたちのことを取り上げるのかな?)
(今のところ、大丈夫っぽいわ。)

「ちょっと気をつけないといけないね。」
「そうね。」

 ボクたちはゆっくり言葉にして、話をした。やはり、こういうことろでは、あんまり、心で会話し過ぎると、おかしく思う人がいるということだ。まあ、TPOをわきまえる必要があるってことなんだろう。

(つづく)

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