ボクのライフワーク 第5話
「大手企業の内部ネットワークに侵入して、誹謗中傷を暴くこともできますが、いかがしますか?」
それは・・・まずいだろ。でも、その企業のいじめを受けている社員はかわいそうだよな。
「ちょっと、考えさせて。」
「わかりました。」
痕跡は残らないようにできる。さて、どうするかな。ボクは、誰もが知っている大企業の内部ネットワークを見てみた。フィルタをかけてみると、この会社もひどいものだ。多分、上層部は知らんのだろうな。下手すると、上層部が隠し立てしている恐れもある。それなら、知っておかないといけない人たちに、メールしてしまおう。いや待て、またテレビ局を使うのがいいかも知れない。
ボクはテレビ局各社へ、ホワイトマウスの名で、メールを送った。
「各企業内で誹謗中傷・パワハラ・セクハラなどを繰り返している人へ警告します。今すぐやめないと、その内容をテレビ局へ提供します。」
これで、さすがにやめるだろうと思っていたが、まさかそこまでは分からんだろうと、高をくくっているヤカラが多かったみたいだ。はやり、見せしめにやるしかないな。
ボクはターゲットの企業を決めた。A社に侵入して、メール等のコミニュケーションツールから、特にひどいパワハラ、セクハラ等、を抜き出し、各テレビ局へ送ってやった。そうなると、事実関係を確認するため、A社へテレビ局の取材が殺到したのだ。当然、その様子はテレビ中継された。A社は大打撃を受けたのだった。まあ、想定通りだった。
ボクは、それでもやめない企業を狙い撃ちにすることにした。2社目、3社目とハラスメント情報を公開してやった。だけど、世間の連中は、やりすぎのバッシングをする。それはそれで、名前を公開してやる。そうなると、少しは静かになるようだ。こういうことは慎重にやる必要があるから、ボクはトムに、もっと警戒厳重なネットワークへの入り方等を教わった。当然、痕跡の消し方も、しっかり習った。
複数社のハラスメント暴露から、テレビ局では、あれだけ厳重なセキュリティを突破するホワイトマウスは、どんな人物なのか、議論されていた。ボクはそれを楽しく拝見させてもらっていた。中にはボクを苛立たせる内容もあったが、それは挑発だと割り切って、相手にしなかった。だけど、ボクの人物像を好きなように分析している。それを見てるのは、とっても面白かった。ホワイトマウスは、男なのか、女なのか、年齢は?どこに住んでいるのか?なかなか、楽しい推理を展開している。そのうち、ホワイトマウスを崇拝するようなサイトが立ち上がって、盛り上がっている。まあ、好きなようにやってよ。
ボクはしばらく、この件については休むことにした。トムには相変わらず、誹謗中傷の実名化をしてもらっている。
ある日の晩、両親と食卓を囲んでいると、父親がこう言った。
「サトシ、そろそろやめといた方がいいんじゃないか?」
「えっ、何のこと?」
「ホワイトマウスだよ。」
えっ、とうさんは知ってるのか?
「おまえの性格やコンピュータの技術力を見てると、どう見ても、ホワイトマウスはサトシだろ?」
「違うよ。」
「そうか?」
さすが、とうさんだ。しっかり、わかってる。
「ボクはハード専門だよ。それに、どう見ても、たった一人でやっているとは思えないでしょ。あれだけ、たくさんの内容を一度にやるなんて、一人じゃ無理だよ。」
「ふむ、それもそうだな。私の考え過ぎか。」
案外、簡単に引き下がってくれた?
「もっと、息子を信用してよ。」
「あなた、そうですよ、サトシを信用してあげて下さいな。」
「そうか、悪かったな。」
「まあ、いいよ。気にしてないから。」
危ないところだった。トムにもやらせていてよかったよ。
院では、相変わらず、加藤さんといろんな機械の組み立て実験を繰り返していた。
「なんか、いつも最後はあんたに頼ってしもうて、申し訳ないな。」
「いや、気にしなくていいですよ。」
「そやかて、ほんま、あんたにはかなわんわ。」
「いえいえ、加藤さんもすごいですよ。」
「まあ、おかげで楽しく勉強させてもらってるから、ええけどな。」
いつも、こんな調子で割と楽しくやっている。
「けど、あんた、彼女おらんのやな。」
「そう言う加藤さんも彼氏いないでしょ。」
「まあ、せやな。同じや。」
といっても、この加藤さんを彼女にはできないな。結構、男勝りだし。
「あんたと私は、なんか腐れ縁って感じやな。」
「いや、それは違うでしょ。研究仲間でしょ。」
「そっか、せやね。」
だけど、加藤さんはこの院を卒業したら、どうするんだろう。卒業してまでも、仕事仲間でそばにいられるというのも、ちょっとな。
「サトシ、衛星の扱い方を教えておきます。」
トムは相変わらず、ボクにいろんなことを教えてくれる。
「衛星か、さすがにそれぞれの国に影響がでるんじゃないの?」
「誤動作したとの情報を送って、その間自由に使わせてもらいます。」
「誤動作?どれくらいの時間、自由になるの?」
「どれくらいでも、大丈夫です。」
「この時代の衛星でも、精度が高いです。歩いている人の顔を認識できます。」
「そんなに?」
「はい。」
ボクは誤動作情報を送っている間、自由に使う方法も習得した。
だが、ボクがおもしろいと思ったのは、空気充電の仕組みだ。この原理をトムに教えてもらってから、家庭で使う電力は、全部空気電力から利用することにした。だから、電力会社とは、基本料金なしの従量制の契約に変えた。オール電化することで、すべてが無料で使えるし、万が一の時は、通常の電力会社からの供給も受けれる。
「ねえ、サトシ、最近、電気代どうなってるの?」
「ボクが空気中の電力を集めてるから、無料だよ。」
「そんなことができるの?」
「うん、地球に優しいでしょ。」
「まあ、どうやって?なんて聞いてもわからないからいいけど、すごいこと思い付いたのね。」
「院で勉強してるからかな。」
「そういえば、ガス代は?」
「オール電化にしたでしょ。だから、ないよ。」
「そうなのね。」
「でも、これは内緒だからね。」
「はいはい。」
かあさんは目をぱちくりしている。でも、これをくるまに応用したら、燃料なんかいらないやん。
「トム、この空気電力は、いつ頃の技術なん?」
「36年後になります。」
「ということは、ボクがこの家にやったことがバレるとまずいね。」
「はい、内密にお願いします。」
ボクはくるまの免許をとることにした。院に通いながらだし、3ヵ月もかかってしまった。それから、すぐに電気自動車の中古を購入した。これを改造して、空気電力を取り入れられるようにした。原理を知ってしまうと、改造は簡単だった。これで、このくるまは無料で、どこまでも走れる。いちいち充電する手間もいらない。両親を乗せて、旅行にでも行こうかな。
だけど、この空気電力の利用は、へたをすると電力会社の破綻につながる。くるまや燃料が必要な企業がこぞって利用すれば、石油や石炭、天然ガスなんかが破綻する。これは超極秘事項だ。多分、世界中がその利権を争うことになるだろう。
「あの、またまた、この家族だけの秘密にしておいてほしいことがあるんだけど・・・」
「どうしたんだ?」
「とうさん、かあさんには言ったけど、この家の電力は、空気電力を利用しているんだ。」
「なんだ?それは?」
「詳しい原理は難しいんで、話するのが大変なんだけど、空気中にある電気、例えば、かみなりとかの電気を取り込んで、この家の家電すべてを動かしているんだ。」
「サトシ、それすごい発明じゃないか。」
「実はボクのくるまも、その原理を応用しているから、充電器で充電することなしに、どこまでも走り続けられるんだ。」
「大変な発明だな。」
「で、これは誰にも言わないでほしいんだ。」
「地球規模の発明だからだな。」
「おとうさん、どういうことなの?」
「へたをすれば、戦争が起こる。」
「ええっ、なんでそうなるの?」
「つまり、このエネルギーの利権争いが起こるということだよ。」
「利権争いって?」
「サトシが作ったこの原理は、石油や石炭、天然ガス、原子力もいらなくなる。つまり、電力会社は軒並み倒産だし、くるま産業も大きく変わる。石油産出国はいきなり貧乏国になる。そうならないために、この原理を隠そうとするだろう。つまり、これを知っている我が家は、抹殺されてしまうかも知れない。」
「そんな大袈裟な。」
「全然大袈裟じゃないよ。ほんとうに起こりうるんだよ。だから、絶対内緒だ。」
「ああ、わかった。」
「うちだけがこっそり使う、いいね。」
「すごいことなのね。」
これで、両親にもわかってもらった。実は、両親のスマホはすでにその原理を利用しているんだけどね。それにSIMカードなしに通話出来てしまっているしね。まあ、これはまだ話さなくてもいいか。
企業内ハラスメントは、相変わらず続いているけど、ボクが次々とターゲット企業を決めて公開しているんで、だんだん減ってきている。
また、おもしろいことにブラックハッカーの連中が、ホワイトマウスが誰なのか、調べようとしている。でも、誰も見つけられないでいる。トム、曰く、当たり前だそうだ。この世界にトムの存在を発見するなんて、できやしない。警察のサイバーチームだってそうだ。
ボクは、院を卒業して、とりあえず博士号を頂いた。まあ、名ばかりの博士だけどね。そのまま、大学に残り、研究を続けることにした。週に何回か、授業も担当するようになった。加藤さんはというと、地元の大阪へ帰って、彼女の技術力を発揮できる企業に入社した。
「なんか、びっくりね。サトシが博士だなんて。」
「まあ、名ばかりだよ。」
「だって、パソコンの機械いじりばっかりやっていると思ったら、それが仕事になっているんだなんて、よかったね。」
「ははは、ボクもこれ以外の仕事はできないよ。」
「好きこそものの上手なれってことよね。あとは早く結婚して、孫の顔を見せてね。」
そうきたか。
「まだ、早いでしょ。28だよ。」
「そんなことないわよ。加藤さんは?」
「彼女は大阪へ帰ったよ。」
「じゃ、新たに見つけなくっちゃね。」
だから、こんな職場に女の子なんて、いないし。
今のボクは、ほぼトムの知識を教えてもらっていたので、大学の仕事なんか、あまりにたいしたことなくて、面白くなくなってきた。さて、どうしたもんかな。ボクの資産から考えたら、特に大学に縛られて仕事をする必要もないのだ。トムのお世話にならなくても、毎月、それなりの金額が振り込まれてくる。それだけで全然普通に生活できるんだ。これを経済的自由というのだろう。そうなると、給料は気にせず、なんらかの仕事をしていないと、社会から孤立する。となると、やっぱり、大学の研究室で仕事をしているしかないだろうな。それに週に何回かの授業もあるしね。学生との交流もできるし、いいとするか。
(つづく)