推し、参上!
※今回はフィクションです。
推し、参上!
おれはあいつの分身さ。
あいつがあまりにも君に思われ過ぎたから、
あいつから離れておれが、君に逢いに来たんだ。
信じられる? そんなこと!
普通ならそう思うはずだけど、
そう言った彼の声とかしゃべり方、
何よりもともとの顔が本当に推しにそっくりで、
なんなら合同? 同一人物? そんな感じで、
そうかも。
って思ってしまった。
夏の宵。
高架線沿いの駐車場。
囲ってる塀の上に、身軽に彼がいた。
若者とはいえ大人だし、
ミュージシャンとはいえ人だ。
それにしては登場からして人っぽくなく、
だから逆に彼の言うことを疑う間が無かったって感じかも。
よくよく考えれば推しがしゃべるとこなんてライブ映像でしか見たことないし、それってほぼ叫んでるし、
よってしゃべり方が似てるかなんて分からない。
顔に至っては、街灯に照らされてはいるけど影だらけ。
どうしてそんなにそっくりという自信があったのか謎だ。
声は、毎日のように聴いてるけど歌声だ。
しゃべる声と歌う声が違う人って多いよね。
ゆえに、中学の数学みたいな説明じゃ
推しと目の前の彼は全然、合同証明にならない。
だからといって、だったら彼が声をかけて来た理由がない。
それに、彼がニカッと笑って、
時間あんまり無いっしょ? おれもあんまり無くて。
でも海に行こうよ。その前にコンビニ寄ろう!
塀から舞い降りると手を取って
夜の街に駆けだしたんだ。
ふたりで!
夜のコンビニは楽しい!
夜の波止場は磯臭い!
覚えてるのはコンクリートの岸壁を波が打つ音。
なんだかね。海は海だけど。
砂浜がいいよね。時間ある?
時間。なんとしてでも作りたい。
一瞬、作る気満々だったのだけれど、
あ、けど、言い出しといてごめん。
おれそろそろ戻らないと。
家まで送るよ。
戻るって、本体に? 合体てきな?
まぁそんな感じ。ピコンピコンってウルトラマンみたいな。
いいね。地球を守ってくれる。
私のことも守ってくれてるよ。
何度も。歌に救われた。何度も。
それは良かった。
でも、おれじゃなくてあいつだよ。
あいつすごいよな。おれも思うよ。
そうなん。いい関係ね。
今日はありがとう。もっと好きになったよ。
ずっとファンでいる。一生。
何だったんだろう、あれは。
特別な夏の一夜の、特別な夢だったのか。
帰ったら、パパが息子を抱っこしてTV見てた。
あの頃も今も、ずっと幸せだった。
夢の正体
その人のほうが先に、おれのことじっと見たんだ。
先に目をそらすのは失礼とおれは思っているから、相手のことを見てた。
近づくにつれ、見てたのはおれじゃないみたいだった。
目が合わないんだ。
じっと見てるようだったのに。
おれは顔が、まだそれほど売れてないバンドで歌ってる人に、かなり似てる。
声も似てる。年も近い。
血縁どころか知り合いですらない。他人の空似ってやつ。
ちょっと前の彼女が、それで興味もってアプローチかけてきたぐらいには似てる。
彼女との交際中に歌もめっちゃ聴いて一緒に歌って、おれも大好きになった。
彼女と別れても、そのバンドの歌は好きなまま。
だからその人も、おれの顔を見てきたのは、似てるからと思った。
分からないけど、何かが蘇るかのように、疑いも無く。
その人はなんだか急いでる感じで、
駅前から高架に沿って歩きだす。
先回りして駐車場の塀に上って観察してた。
やっぱり少し急いでる感じ。
おれはバンドの歌を鼻歌した。
その人が、おれを、見上げた。
よくもとっさにあんな、出まかせれたもんだよ。
なんか特別な夜だったな。
一生に一度だけの。
全て、うまくはまった。
それが夢の正体さ。