山手通りを少し歩く

 山手通りというのは品川、五反田から山手線の外側を北に進み、目黒、恵比寿、渋谷とゆくが、新宿付近では山手線というよりも西新宿から中央線の東中野あたりを通り、池袋も地下鉄要町駅のところを走っていて、ついに山手線とは出会わない。
 わたしは車で新宿あたりから北上して中山道方面に行くことが多かったから、そちら方面には詳しかったけれども、南のほうはというとそんなに車では走ることは少なかった。歩いていくことはもっと数少ないが、初台から代々木八幡までの区間は、一時期歩いて通っていたことがある。時間にして片道20分くらいだったろうか。それを1ヶ月ほど、毎日通っていた。
 そのころは別になんとも思っていなかったのだが、片足が不自由になってしまった現在では、おそらくあの道を二度と歩くこともままならぬかと考えるとちょっぴり残念に思うようになった。まったく勝手な話であるが、しばらくわたしのわがままにおつきあい願えれば幸いである。
 
 道を歩く、というと、どんなシチュエーションを想像するだろうか? 1人2人がすれ違うのが精一杯の道もあれば、銀座通りのような広い道もあって、どちらにもそれぞれよいところがある。山手通りを歩く、と書くと、「もっと細かい裏道のほうにいいところがあるのに」といわれるかたもおられると思うが、意外や意外、大きな「山手通り」もそれなりに味わいのある道なのである。
 そんなにあちこち歩いたわけではないが、目黒通りとの交差点である大鳥神社から中目黒にかけてのあたりもすきだし、中野坂上周辺にも気に入ったところがある。だが山手通りに接して50年近くも通った中で、この初台―代々木八幡間を上まわるところを見つけることはわたしにはできなかった。
 代々木八幡駅は小田急線の、各駅停車しかとまらない小さな駅である。昔は線路をはさんで上下線のホームが向かい合っていた。それが、1本のホームを線路がはさむ形に改造されたのだが、その工事の一環として、それまでは無関係だった山手通りのほうにも出入り口ができ、ずいぶん便利になったのである。以前、山手通りをくぐって外回り線の歩道まではるばる階段をのぼっていたことを思い出すと、なつかしいなどという言葉ではいい尽くせない。
 このあたりは住所でいうと渋谷区富ヶ谷になるだろうか。わたしがここから北へ向かう時は通りの外周を、北からここへ向かう時は内周を歩くのがなんとなく自然な流れになっていた。もちろんそうでないこともあったが、片手の数ほどにも満たなかったと思う。したがって駅を出たら早めに横断歩道を渡るようにしていた。
 この道路には高速道路の地下トンネルがあって、そのために大きな煙突みたいなもの(通気口?)ができていたが、歩行者(少なくともわたし)にはその存在は無縁のものだったし、ハンパではないクルマの通行量も、これまたまったく気にしていなかった。ひたすら歩くことに専念していたのだろう。また、歩いて通うようになると、どれくらいで半分、とか、4分の3くらいだという目安がなんとなくできてくるのは別に気にしていなかったつもりだけれども、「きょうはちょっと遅いな」とか「早いな」などと自分勝手に納得していたところをみると、少しはあてにはしていたのだと思う。
 この行程は富ヶ谷から元代々木町を通って初台に至る、と書くと「それだけですか」といわれそうだが、歩くとけっこう距離がある。元代々木町付近はいかにも、という感じの住宅街であり、自分ではとてもこのあたりには住めないが、住んでみたいという気持ちにはなるものである。レストランとか洋菓子の店などにも、知る人ぞ知る名店が点在しているらしい。
 そのうち住居表示は初台になるが、京王線(京王新線)の初台駅まではまだまだ先である。というよりも、徒歩で通っていると上り坂がいささかきつくなってくる。山手通りのこの区間(代々木八幡駅―初台駅)の坂はそれでもかわいいほうで、参宮橋駅から初台駅までの近道を歩けば5分以上早いかわりに、上り坂も下り坂もかなり厳しい道になる。わたしはずいぶん前からこの参宮橋ルートも歩くことがあったが、山手通りを歩いてみると、こちらのほうがいくらかでも気分がよく歩けるように感じたものだ。
 延々と上り坂を越えるとようやく初台の交差点が近づく。このまま行くとわたしが入院していた病院のあたりのはずだが、病院にいたころはそれがこのへんのことだとは認識できていなかったので、知識と経験が結びつかないのが残念なような、どうでもいいようなふしぎな気分になる。しかしながらもしまた歩けるようになるならば、このあたりはぜひもう一度、ゆっくりとでも歩いてみたい、夢かもしれないが、そう願っている次第である。
 
 
 

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