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1989年11月9日 ベルリンの壁崩れる

学校の授業が始まり、約一か月が過ぎた頃、西と東のドイツが再統一をした。

ドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)の間にある壁のかけらを、数少ない日本人の同級生が、取りに出かける。 
彼は日本で、報道に携わっていたという。

数か月前までは、日本でドイツ資本の会社で働いていた私にとって、この歴史的変化.
私はヨーロッパに居て、その情報をイタリア語の新聞では、なかなか理解できないけれども、テレビの画像からは、とても身近に感じた。

日本にいる私の上司たちは、祖国の政治的変化に、どのような思いを抱いているのだろう。。

もう、西ドイツ、東ドイツとは、分けて呼ばない。

突然、分断された国が、長い時を経て再統一するまでに、どれほどの人々の生活の変化と犠牲があったのか、数字を見ても、実感はなかなか湧かないほどの悲劇的な、大多数の人々の犠牲者の数。 
他の分断された国の事情を知ってもしかり、戦争のもたらす、多大な多様な犠牲は否めない。

サルヴァトーレも、他のイタリア人学生達も、それぞれに様々な意見を持って、このベルリンの壁崩壊、ドイツ再統一について語り合っている。
どの内容についても、個々に個人の意見を持ち、話す。

日本で、自分の意見をちゃんと言えていただろうか、、私の意見は、時として、あまりにも個性的らしく、受け入れてもらえない時があった。
ここでは、いいんだ。
 
同意してくれようが、反論されようが、悪意のない、自分が考えていることを話すことは、より深い思考を促す。

第一、彼らが黙っている時は、相手の話を聞いているのかな、、それとも次に、自分が話す内容を考えているように思える時もある。

これって、私には好ましい環境なのではないのか、、、
イタリア語がちゃんと話せるようになったら、私はもっと自由になれる。





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